真夜中図書館・所蔵図書試用版


 

サラバンド

しじま

 

 母様へ
また恐ろしい夢をみてしまいました。いつも決まって同じ夢です。あの笛が、蛇みたいに母様の首に巻き付いて、窒息させようとするのです。僕は今でもよくわかりません。何故あれほどまでに母様があの笛を大切になさるのか……あれは邪悪な物です。僕は見た瞬間にわかりました。あんな物を母様の誕生日プレゼントとして贈りつけてくるなんて、隣国の大使もどうかしていると思います。
 こんなことを書くと、またお怒りになるかもしれませんね。でも母様が笛に心を奪われてしまわれてからというもの、僕は不安で仕方ないのです。隣国で何か暗い企てが起きているような気がして……。
 もうこの薄暗い牢に入ってから三日たちました。一日二回の食事も、地下にいる罪人たちと変わりありません。散歩にも出してもらえず、することといったら小さな窓を眺めるか、備え付けの書物(それも罪人用の説教本や懺悔文ばかり!)を読むか、こうやって手紙を書くぐらいです。
 ねぇ母様、僕はこんな罰を受けるほど悪いことをしたのでしょうか? 確かに黙って笛を持ち出したのは悪かったと思います。けど森の湖も僕と同じ考えでした。魔術士たちが恐れ崇めている、あの湖が言ったのです。母様や大臣たちは信じていないようだけど、彼女の言うことに間違いはありません。一刻も早く捨てたほうがいいと思い、僕は笛を湖に投げたのです。彼女も底深く飲み込んでくれました。けれど看守の話によると、どういう訳か最近になって、また笛が母様のお手元に戻っているというではありませんか。一体これはどういうことなのでしょう? もはや隣国の邪悪な魔法がかけられているとしか思えません。
 笛を手にしてからというもの、母様は変わられてしまいました。あんなにお優しかったのに、お顔つきまで……。来る日も笛を吹かれては、体に悪いというゴートの強いお酒ばかり飲まれるようになりました。おそばにいる者たちも、どこかおかしくなってきました。母様は気付かれなかったかも知れませんが、廷の雰囲気がいつもと違うのです。
 母様があまりにゴートの実ばかりに重きを置かれるので、他の作物の農民たちから暴動が起きています。ご存じでしたか?
 このままでは国全体がおかしくなってきてしまいます。僕は不安で仕方がありません。こうして牢に閉じ込められている間にも何か不吉な事が起こっているのではないかと。
 母様、お願いです。
 一刻も早くあの笛をお捨てになって、悪い魔法から目をお覚ましになって下さい。僕は母様の愛する唯一人の息子、ブルキト王子ではありませんか。僕の一生のお願いを、どうぞ聞き入れては頂けないでしょうか。

 

つづく



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