真夜中図書館・所蔵図書試用版 


Salty Chocolate

 

武田樹

 

 

 まるでチョコレートの塊みたい。
 スカのこんがりと日焼けした体を見る度に、僕は心の中が甘い気分でいっぱいになる。でも、そのチョコレートは太陽に直接当たっても溶け出すことなんか全然なくって、逆にどんどん陽射しを吸収して強くなっていくんだ。
 彼が僕のコテージで寝泊まりするようになって、もう一週間が経とうとしているけど、彼はずっと前からそこで生活していたかのように振る舞う。
 僕より早く起きる彼は、まずシャワーを浴び、それからダブルベッドを独り占めしてシーツにくるまった僕を抱き抱えて言うのだ。サヌールの海が僕たちを待っているよって。でも僕はまだ半分寝ぼけ眼で行ってらっしゃいって呟く。そうするとスカはチェッて舌打ちして、ベッドを降りる。
 僕はそして、全裸のスカが出かける準備をするのをぼんやりと見ている。シャワーを浴びた時に取って来ればいいのに、彼はいつもバスルームの脇に干しておいたパンツを持って来るのを忘れる。何も身につけない体にサンダルを履いただけの姿で、一階のバスルームに行くスカの様子は何だか滑稽でいてセクシーだ。
 出かける準備といったって、大した時間はかからない。パンツを履いて、使い古して色が褪せてしまったTシャツを着るだけ。
 Tシャツを頭からかぶる時、彼の肩のあたりから背中にかけての筋肉が盛り上がる。そんな、僕の大好きなスカの体を見ていたら、眠気なんかすっかり吹き飛んでしまって、ベッドの上に起き上がる。
 おはよう、モニェ。僕に気づいて振り返ったスカは、まだ濡れている髪をタオルで拭きながら言う。どうせ、二十分後にはその茶色く変色した長い巻き毛を後ろで束ね、ボードにまたがるくせに。
 モニェ、これもひとつの身だしなみだよ。この島のサーファーは、海から上がった時しか髪を濡らしたままにしておかないんだよ。と勝手なことを言う。
 コロンを借して、と言って、彼がベッドサイドの窓枠に手を伸ばす度に、僕は思うのだ。今日こそ、免税店に行かなくちゃって。僕が持ってきたKENZOの『バンブー』は、この島の怠惰な空気には合わない。特に太陽に焼かれたバンブーの匂いなんて、腐ったピサン(バナナ)のようだ。だから、スカのために僕はラルフ・ローレンの『サファリ』でも買ってあげようといつも思うのだけれど。
 スカは僕のそんな思惑になど、これっぽっちも気づく様子もなくバタバタと音を立てて階段を下り、玄関のそばに立てかけてあった真っ赤なサーフボードに口づけをし、それを小脇に抱える。
 外のポーチに置かれた少し錆びた自転車のベルがチリリと情けない音を出す。ベッドの上に座ったまま僕は窓の外を見る。サーフボードを抱えたスカが、もう片方の手で自転車を押しているのが見える。そして、彼は決まって「スキヤキ」を口ずさみながら振り返る。僕に気づくとニヤッと笑って自転車にまたがり、少しバランスを崩しながらペダルをこぎ、その姿はすぐに椰子の木に隠れて見えなくなる。
 さてと、と僕は誰もいないのにそう言って、ベッドを降りる。素足に木の床がヒンヤリと気持ちよかった。スカがつけていったコロンの残り香が鼻孔をくすぐり、僕は思い切り深呼吸をする。

 

つづく

 

 
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