真夜中図書館・所蔵図書試用版


  不案内道標紀譚外伝

      クレセントナイト
      三 日 月 夜 の フ ァ ー ナ

水木しのぶ

 

真っ暗な森の中、フクロウが鳴いていた。時折吹く風が木々の葉をゆらし、サワサワと音をたてている。虫の音も聞こえてくる。

 彼は、ふと目を覚まし、寝返りをうった。少し前まで見ていた夢を思い出したのか、しばらくモゾモゾとしていたが、いつしか、いつものようにまた深い眠りに落ちていった。そして夢を見る。
 見る夢はいつも同じような内容であった。彼を創り出した黒呪術師との旅である。人々は、彼の主であったその黒呪術師を恐れた。いや、彼の主だけでなく、黒呪術師すべてを忌み嫌っていたのだ。しかしそれでも彼は主が好きだったし、主との旅は楽しいものだった。
 彼は悪霊と呼ばれる者(エヴィルスピリット )の一種であり、生命にとり憑くことを生業としていた。主は旅の行く先々で、頼まれると彼を解き放った。彼は主のいいつけ通り、様々な人に憑依し、体力を奪い、またあるときは精神を奪った。人に憑依していない間、彼は卵の中に封され、主はよく、卵の中の彼に語りかけた。そして、用事ができると、彼を解き放った。
 しかしそんな主ももうすでに死に、彼は一人取り残されてしまった。主を失った彼は自由の身となったわけだが、しかし彼は悪さをすることもなく、とある平和な森で眠りにつくことにした。
 彼はそれ以来ずっと眠り続けてきた。時折目を覚ますが、すぐ、夢の中へと戻っていった。

 ある日、いつものように彼は目を覚まし、また眠りにつこうとした。しかしその日だけは夢の世界に帰ることはなかった。彼の耳が、とても綺麗な歌声をとらえたからだ。彼は寝床を抜け出し、しばらく外の陽光のまぶしさに目をしばたかせていたが、じきに草むらを掻き分け、声の主を捜しだした。

 その娘はすぐに見付けることができた。みごとなシルバーブロンドに、吸い込まれそうなブルーアイを持った可愛らしい娘である。
 彼が草むらから出てくると同時に、娘も彼のことを見付けた。娘は不思議そうなまなざしで彼を見つめていたが、にっこりと微笑み、しゃがんで彼のほうに手を差し出した。彼の事を、小動物か妖精とでも勘違いしているのだろうか。
 彼は自分の姿が人間にどう映るか知らなかったし、今まで気にとめたこともなかった。彼にとって親しい人間は主である黒呪術師しかいなかったし、自分は主によって作られたのだから外見を気にする必要が無かったのだ。
 彼が戸惑っていると、娘はチュチュチュッと舌を鳴らし、さらに彼のほうに手を伸ばしてきた。彼はそれにつられるかのように、娘のほうにトコトコと歩いていった。

つづく



作品本棚2番に戻る


作者の本棚へ


本文をダウンロードする