真夜中図書館・所蔵図書試用版


日溜まりの駅

 

沙風吟

 

 もしもこの世に、楽園と呼ぶに値する地があるならば。
 目の前にあるこの風景がそれだ。
 そう思わずにはいられなかった。そこは園ではなかったけれど。
 車輪がきしみ、慣性が働き、それから揺り返しがあって。
 鉄の扉が開く。

 

 小さな駅のプラットホーム。木曜の午後。
 コンクリートで出来た柵の向こうは、幾つかの看板と小さな本屋とゲームセンターと自動販売機。
 そして、そんな風景を背に、佇む三人の少女。まるで一枚の絵のように。
 栗色の髪の女の子は、ミニスカートを気にもせず、柵の上に腰掛けて。
 ポニーテールの娘が、その隣で両肘を柵にあずけて天を仰ぎ。
 少し離れた階段の、下から二段目に、ショートカットの少女が座っていた。
 それから。
 どんな音楽も必要としないような完成されたその構図のほぼ全域にわたって、柔らかな陽の光が降りそそいでいた。包み込むような、それは、日溜まりだった。
 決して強すぎない、けれど確かに重ささえ感じさせる、光。
 それは少女たちの形の良い脚や、剥き出しの肘や、きめ細かな肌の頬に、スカートや指や睫毛の影をはっきりと映し出す。まるで暴力的に、けれど静かに。
 微笑の代わりに安堵があり、言葉の代わりを溜め息が務めるような。
 そこは完璧な空間だった。日差しの支配する、完全に穏やかで平和な世界だった。
 車両の窓から外を見た人なら、誰もがその景観の暖かさに目を奪われただろう。そして少女たちが心から幸せである事を確信しただろう。
 そう、彼女らがほんの二日前に友人や兄弟や恋人を亡くしたばかりだなんて、想像だって出来る訳がないのだ。

 

「やあ」
 そんな風に声をかけると、少女たちは思い思いのタイミングで僕の方を見た。

つづく



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