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          真夜中図書館・所蔵図書試用版
         
           
         
          
         
         ALICES
         
           
         
         水木 しのぶ
         
           
         
         ―――ここに、一人の少女の物語を書くにあたり、その事実を見た男、Kの名はあえて伏せておこう。 
         
         〜1〜
         
          一人の少女が立っていた。 
          真っ黒な、そして青い目をした仔猫を抱いて、一人の少女が立っていた。 
          町外れの、のどかな丘陵地。子供達が楽しそうに遊んでいる。 
          丘の上に立つと、丁度町が一望にでき、さらには町へと続く道を行き来する旅人や行商人達がよく見える。 
          空を見上げると、透き通った青で、所々に浮かんだ雲がゆっくりと流れて行く。 
          丘を挟んで町とは反対側に深い森が続いている。Kはその森の途中にある太古の都に立ち寄り、それからこの町にやってきた。 
          廃墟は森の中央と町との中間くらいの位置にあり、昔は神殿を中心とした都だったらしく、自然の中に埋もれた石の彫刻には、かつての神々を描いているものが多かった。 
          神々のレリーフは、木々の根に、幹に、蔦がからみつき、緑に覆われ、ありとあらゆる自然の息吹と同化していた。 
          Kは木々の中に埋もれている数々の古代の足跡を調べるために、一度町に入り、荷物を冒険の装備から調査の為のそれに整え直す事にしたのだ。 
          丘は草に覆われ、所々に木が生えている。 
          丘は子供達の格好の遊び場となっているらしく、森を出る前からかすかに子供達のはしゃぐ声が聞こえていた。 
          しかし森から出たKが最初に見た子供は、はしゃいでなどおらず、ただ、木陰にたたずんでいるだけだった。 
          少女は森から少し離れて立つ木の根元で、丁度Kに背を向け、他の子供達が楽しそうに遊んでいる様を見ていた。いや、彼女が見ていたのが子供達だったのかは、Kの位置からはわからなかった。もしかすると、町を見ていたのかもしれないし、何も見ていなかったのかもしれない。 
          それはともかくKが町へ向かうと、必然的にKと町との間にいる少女に背後から近付くことになった。 
          Kは別に少女に興味があったわけでもないし、また、少女に用があるわけではなかったので、ごく普通にそのそばを通り抜けるつもりだった。おそらく、他の子供達にもそうするであるように。 
          その時、少女がKの足音に振り向いた。 
          少女は驚いたような顔をして振り返った。綺麗な金色に輝く髪に入れ替わり、とても可愛らしく、整った顔が現れる。しかしKを見る青い目は怯えた色を見せており、少女はおどおどとしながら、ぎゅっと、抱えている小さな黒猫をさらに強く抱き締めた。黒猫は少女とお揃いの青い目をキラキラさせながらニャアと鳴いた。 
          ふとKは不思議な感覚に捉われる。 
          モノクロの映像の中、彼女の目だけに色があるような。 
          少女の青い目の中に自分が居て、自分の存在が異質な物のように感じる。 
          そして自分以外の全てが別のもののようにすら、感じられた。 
          しかし次の瞬間、少女はクルリと向きを変え、走り去ってしまい、少し遅れてKは我にかえった。 
         
           
         
         つづく 
         
         
         
          
         
         
         
          
         
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