初夏の雑読日記

 

『大人失格』松尾スズキ/光文社文庫

ガキのころ、「30歳」といえば大人、だと思っていた。が、27歳になり28歳になり、とうとう30歳を過ぎても、さっぱり大人になったという気がしない。そんなわたしが仕事の帰りに電車のなかで笑いをこらえて読んだのがこの本だ。とくに週明けから仕事でやさぐれてやけっぱちになっていたところに、「初級親切入門」の項は辛かった。某居酒屋チェーンでの無差別的に連発、記号化されてやけっぱちに繰り出される従業員の挨拶について、「サービスとしての意味すらホロコースト状態」となるさまが詳細に語られている。「大人」らしくそのような事象に無関心のふりができないわたしは、満員電車のなかで歯をむき出しつつもかろうじて笑い声を漏らすのをこらえたのだ。そしてこの苦行の結果をもってしても、「合格」な大人というものがどんなものかは相変わらず不明だ。明らかなのは大人ということはなにかを考えられる松尾スズキが、大人だということだ。でなければ、この本がこんなにもおもしろいわけがない。

雑誌「ダ・ヴィンチ」2001・5月号投稿掲載分に加筆訂正

 

『いつまでもとれない免許』井田真木子・しりあがり寿/集英社

自動車免許も原動機付き自転車免許も取るつもりがない。だって東京に住んでるとあんまり必要ないし、かえって置き場所に困りそうなんだもん。そんなわたしがこの本を買ってしまったのは、ひとえにしりあがり寿の迫力ある表紙のせい。それは免許を取った友人から切れ切れに聞いた、教習所というものの恐怖をあますところなく表現していた。本文はその迫力とは反対に、なんというか巻き込まれ型トラブルというか、本人が真剣になればなるほど周囲の笑いを誘ってしまうシチュエーション・コメディのような、静かなおかしさ。おかげで途中から読み終わるのが惜しくなってしまった。ところで著者の文章部分担当の井田真木子氏は、ノンフィクションでなにか賞を取られているようなのだが、その受賞作を読んで彼女の作品世界のイメージが壊れるのが、なんだかもったいないような気がして、氏のほかの著作を読むのを迷っている。わたしはこの本のペーソスあふれる語り口に、それほどまでに魅せられてしまったのだ。

2001/04/05 投稿原稿

 

『それいぬ 正しい乙女になるために』嶽本野ばら/文春文庫plus

友人の間では全集を揃えていることまで知られているほど澁澤龍彦が好きで、さらにライブヴィデオを買うほど及川光博が好きなわたし。に、友人がすすめたのが嶽本野ばら。だがしかし、わたしは澁澤とミッチーのほかに、美輪明宏も好きなんである。なんか、そこに野ばらちゃんって、キャラかぶっちゃわない? つまりは読書としては無駄撃ちなんじゃないかと接近遭遇を避けてきた。が、ふと気づいてみれば処女作の『それいぬ』が文庫になっているではありませんか。これだったらたとえ無駄撃ちでも、おあしというお財布の中の弾数にも、それほど打撃もあるまいと買ってみる。結果、いやみったらしくておもしろい。なんというか、おそ松くんのイヤミと及川光博を足して煮詰めた感じかな。関西在住の野ばらちゃんが、関東在住のマンガ家の手になるキャラと、関東在住のアイドルに感じが似ているというのも不思議だけど。野ばらちゃんご推奨の「乙女心」は全国共通っていうことでしょうか?

2001/04/27 投稿原稿

Mme chevre

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