武田徹『デジタル社会論』共同通信社、の危なっかしい立脚点

 

 『ポスト・ジェンダーの社会理論』を読んでいると引き込まれすぎて危険なので、ほかに年末に購入して積ん読状態になっていた本の一冊を読み始めたらこれが止まらない。半日で読み了えてしまったその本は『デジタル社会論』。インターネット社会を従来のジャーナリズムの手法で読み解こうとするノンフィクションである*1。フリーのジャーナリスト・評論家である著者のこの試みというか姿勢には引きつけられるが、如何せん姿勢が題材に追いついていない感がある。もっとも原稿が書かれ、校正が終わり、印刷・製本がされている間も変化・更新し続けるハイパー・テキストが対象では相手が悪いとも言えるが。

 著者はこの変化し続けるハイパー・テキストに独特の「儚さ」を感じるという。そしてその「儚さ」を纏った「デジタルの早い動きを捕獲し、普遍的な文脈に位置づけ」「儚い幻のように明滅する情報にリアリティを与える」もくろみの最初の結実が『デジタル社会論』という一冊であるという。しかしわたしはこの本を一読後、著者こそ「デジタルの早い動き」に呑まれ、「明滅する情報」に惑わされてしまったのではないかと感じている。ひとつには著者がデジタル社会をその外の社会と十分に関連づけて論じることが出来ていないという印象がある。

 本書の六章は「世紀末のデジタル宗教改革」という項目であるが、わたしはこの章を読んで楽観的すぎるという感想を持った。この章で語られる眼目は、日本における宗教関係者のインターネット利用の増加であるが、その視点はHPを開設している宗教関係者寄りで、明るい面が意識的にか無意識的にか打ち出されているように感じられる*2

 しかし、宗教によるメディア利用の危険性が一気に拡大する可能性が、「宗教関係者のインターネット利用」には潜んでいるとわたしは思う。たとえば、アメリカのキリスト教右派教会は従来、W.A.S.P.の急進的タカ派の精神の養成・補強にケーブルTVを利用して中高年層の支持を得てきたが、近年、安い電話料金と番組制作料金の安さから場をインターネットにも移し、若年層をも取り込みはじめている(過日、アメリカが日本の電話料金の引き下げを要請したことからも判るように、アメリカの電話料金は日本と比べモノにならないほど安い)。こうした流れがインターネットの日本語ハイパーテキストにおいて起こる可能性について、本書はまったく触れていない。

 デジタルの社会で起きていることに自覚的に向かい合うのであれば、同時にその社会での出来事に対応する現実社会での出来事に、もっと向かい合う必要があるのではないだろうか。新世界での出来事を論じる際には、それを生み出すに至った旧世界での出来事をしっかり踏まえておかないと、いつのまにか足が宙に浮いているということにもなりかねない。そういう意味では本書はデジタル社会を採り上げた軽い読み物としては成功していると思うが、ジャーナリスティックな読み物として成立しているとは言い難い。同類の書を、もっと肩までデジタル社会に漬かっている(たとえばSFCの生みの親と言われる村井順氏のような)人物の筆で書かれたものを読んでみたいと思わせる一冊である。


*1:「今、デジタル化を遂げつつある社会で本当に何が起きているのか。それが分かるようで分からない。豊富な情報量で報じられているようで、核心の部分に手が届いていない、もどかしい感じがするのだ。なぜだろう。これは−、そういってしまうと元も子もないと思われ兼ねないが−、やはりデジタル化の動きが前代未聞のものだったということに尽きる。(略)しかし、そのままではジャーナリズムは、いつまでたってもデジタルの社会で起きていることをまっとうに扱えない。もっと自覚的に、その速さ、儚さを相手取る必要があるのではないか−。」

武田徹『デジタル社会論』共同通信社、1999年、p.6-10

 

*2:「なぜ、今になって古い宗教の枠組みが意味を持つのか−。(略)たとえばプロテスタントは近代的な社会生活を律する文化装置としての役割を強く担うことで、合理主義の時代にあっても生きながらえた。こうした伝統宗教の臨機応変さは今も発揮される。個人化の果てにあらゆる社会的規制力が無力化して生じた欠落にぴったりはまる倫理の枠組みを呈示し、情報化の趨勢の中で傷ついた魂に憩いの場を提供できるのは、まさに歴史に鍛えられて伝統宗教が獲得した懐の広さのたまものなのだ。(略)幸いインターネットには宗教関係情報が増え始めており、判断材料には事欠かない。多角的に検討され、相対化されてなお信ずるに値するとみなされる宗教こそ、インターネット時代の宗教の名に相応しいのだろう。その意味ではインターネットは宗教に試練を与えるものでもあるのだ。」 前掲書、p.110-111


月刊アトランダム107/3月号初出・一部改稿

Mme chevre

関連書籍・URLなど

著者本人による武田徹『デジタル社会論』紹介URL
http://member.nifty.ne.jp/t-takeda/special3.html

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