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ミクロコスモス研究学園2004年8月1日環境講座「生物多様性」
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発行 ミクロコスモス出版
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環境生物学講座 生物多様性
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いきなり、核心的な用語の説明から始めましょう。
生物多様性と言う言葉が新聞や行政の場面でも良く使われます。これはbiological Diversityの訳語で、むしろ生物学的変異性とでも訳せるかもしれません。
国際条約により、日本政府でも「生物多様性国家戦略」を閣議決定して、環境・農林水産などの基本的な指針のひとつとなりつつあります。少し耳慣れない言葉かも知れませんが、大切な言葉ですので、少し解説をします。
【生物多様性】
簡単に言えば、多くの生き物の種類が多く豊かなことです。砂をが撒かれて、数える程の雑草しか生えていない運動場と、高山植物が生い茂る原生林を比較すれば、原生林の方が生物多様性は高いことは確かです。世界で一番生物多様性の高い地域は熱帯雨林だと言われています。
生物多様性は、極めて価値のある守られるべきものとの合意がなされてきていますが、どうして生き物の種類が多い事は価値ある事なのでしょうか。
まず、より多くの種が存在する事は人間にとって「利用価値」が高いのです。抗ガン剤を始め、複雑化する人間の病気に対する治療薬を求めるために、遺伝子組み換えなどにより新しい微生物や植物などを作ろうという研究もあります。でも、そんな事をするより豊富に現存する自然の生物資源の中から探す方が速くて好ましいと考える学者もいます。
そのような意味で、我々はまだ自然のすべての生物について、何も知らない状況だと言ってもいいでしょう。過去より数多くの植物や動物が「生薬」として、用いられてきました。
エイズを超える危険なウィルスが、地上のどこかに潜んでいるかもしれない一方で、それに対抗する薬効をもつ物質を作れる生物も、熱帯雨林の奥に隠れているかもしれないのです。何が有用で、何か危険な生物か、まだ何も分かっていないのです。あらゆる可能性を秘めた貴重な生物が、今日、日々絶滅していっているのです。
また、生物の種類が少なく均一である事は、絶滅の危険性をはらんでいるのです。同じ品種のイネを見渡す限り栽培する水田は、生産能率は極めて高いのですが、ひとたび病気が発生すると、たちまち蔓延して広大な量が危機に瀕するのです。
そのため、少しでも病気や虫害をみつければ、薬剤で絶滅しないといけないのです。それに対して、多様な品種を組み合わせたり、また他の作物や動植物などと組み合わせた栽培をすると、抵抗性が高まります。また病気も一定の範囲で収束します。
自然の森にいけば、一本一本の樹木は、虫に食われたりキノコにやられたり、虫害や病気のない生物なんて発見できない程です。それでも、全体は良い具合に育っていきます。多様性は、環境に対して強い力をもつのです。
森全体での、生態システムとして防御機構を発揮して、より多くの生き物が継続的に生き延びていくのです。栽培してるイネを蛾の幼虫が食えば被害だといいますが、自然のサイクルでとしては食物連鎖の一環です。そのような多様な生物の営みの連鎖の中で、生き物は存続可能なのです。
ある熱帯の島で、ある鳥が絶滅しました。人間にとってあまり縁のないもので、誰も気にはしなかったのですが、数十年してその島では、ある樹木が更新(種が芽を出して世代交代すること)をしなくなってしまいした。これはその樹木の種は、その鳥に食べられて外皮が消化されてはじめて発芽する仕組みをもっていたのです。樹木は鳥の糞に混じって種を散布してもらう生存作戦をもっていたのです。長い期間をかけて鳥と樹木の間に成立していた生きるための戦略だったのです。鳥が絶滅して、共同パートナーの樹木も絶滅したのです。
このように、ひとつの生物が生きるためには、より多様な生物の連鎖の中で位置づけられる必要があるのです。そして、その連鎖は、まだほんの一部しか解き明かされてはいないのです。人も生物の一種に過ぎませんから、無関係と思える種が、どれほど人間の生存に関わっているか、分からないのです。
【3つの多様性】
さて、生物の多様性には、3つの多様性があるとされています。[個体の多様性][種の多様性][生態の多様性]です。
[個体の多様性]
この多様性は、同種の生物の中での、それぞれの個体がもっている変異です。人で言えば、個体差や個性てす。ひとりひとりまったく同じ顔のいない人は、高い多様性をもっています。これがクローン生物のような均一な遺伝子の個体になると、ひとたび病気にかかれば、急激に絶滅しかねないのです。
個体の多様性があるため、抵抗性をもつ個体がいて危機を回避できるのです。温州蜜柑や、バナナなど農業生物ではクローン生物は非常に多いのです。(植物ではクローン生物はすでに常識的なものです)生産能率は高く工業的に利用しやすいので、多くの農業生物がそのような方向に向かってきましたが、将来的には疑問視もされています。
ナチスドイツが採用した優性思想のように、優秀な個体を選抜した均一な遺伝子個体群を揃える事が良い事であるとの思考も存在します。病的な遺伝子をも含めた、種の遺伝的生き残りについての知識は未解明の所ばかりですが、直感的には遺伝的に変異の多い種はいかにも頑丈であると思えるのです。
[種の多様性]
種の多様性は、まさに生物の種類が、いかに他種類生きているかです。地球上には、最大見積もりで3000万種の生物がいるのではと言われていますが、その5パーセントが、これからの30年間に絶滅するのではないかとも考えられています。
「その程度なら」とか「あまり人間に関係ない」とか思うのは、生物の仕組みを把握していないからで。数億年の生物の歴史の中では、この百年ほどの変化は、突出しています。急激な変化が、どれほどの危機なのか、手痛い打撃を受けないと人類は認識しないかもしれません。
連鎖関係にあるシステムは、そのほんの一部でも失う事により、全体に大きな危機をもたらす可能性があるのです。今のコンピューターには、数万のファィルがありますが、その一つでも壊れれば、ご存知のように「フリーズ」してしまいます。全体を考えれば、僅かな一部の種がなくなるだけ、と考える事が危険である事が分かります。
種の多様性を守るためには、どうしたら良いのでしょうか。絶滅危惧種を、危惧の程度毎に列挙した「レッドデーターブック」が作られていますが、普通の人では、それらは見分けもつかないでしょう。
林地や公園を開発したり手入れする時に、生物を見分けられなければ、一様に「雑草」として刈り払いしてしまいます。生物を分類して見分ける能力をもった人が増えなくては、それを保護する事もできません。自然を取り扱う業界や市民や行政分野の人材に、生物に対する緻密な知識が必要となるのです。
[生態系の多様性]
種が単位面積あたりの沢山いれば良いのなら、庭木や公園のように、沢山の樹木や植物を植えて、虫やら動物を捕まえて来て放ったらどうだろうと思うかもしまませんが、そう簡単にはいかないのです。むしろ、下手な事をすれば、生物多様性を破壊するのです。
それは種の多様性も個体の多様性も「生態系の多様性」に支えられているのです。食う食われる、病虫害原と受病生物の関係や、光や養分の取り合い、拒否関係にある生物種など、きわめて複雑な関係をもつ生物種ですから、それが適切に配列された生態系の中で、安定した多様性を保てるのです。
生物多様性の高い森林は、何千年のかかって出来た原生林です。そこにいくと、古い樹木が倒れて腐り、コケが生えて、そこに新しい樹木が芽生えて伸びています。倒れた木のおかげでより多様な樹種が生育できるのです。
原生林では、古い中空になった樹木を住処にして熊が冬眠したり、幹にキツツキ類が穴をあけて虫を食べたり、老木の根の下の穴にリス類やらネズミ類が営巣したり、そこらじゅうにキノコがにょきにょき生えたり、そのキノコに茸蠅がいたり、地面をほれば、気が遠くなるほどの種類の昆虫やら種子が観察されます。一日同じ所に座って、数えていても数え切れない種の生物が発見される場所です。
これは、高い木、中間の木、低木、下草、倒木、腐った木、様々な穴やら複雑な地形により、森全体が何層もの階層構造を成しているからです。このような、何百年もかけて出来た森林生態系の中で、生物多様性が維持されているのです。
それに対しても、植えてまだ、30年以下の杉の人工林のような所では、その場にいって植物を数えても、10種にも満たない時すらあります。土の中も未成熟です。天然林では、一カ所にいても、一日楽しめるような多様性があるのです。でも、人工林では、数分もすれば飽きてしまいます。
【文化の多様性】
多様性と言う言葉を、生物以外の分野に少し広げて考えてみましょう。人間の文化の多様性について考える事があります。生物多様性と同じように、最近は文化の多様性も減少しつつあります。文化の絶滅種、絶滅危惧種もあるのです。少数民族の言語や芸能などが失われています。画一化や均一化が進行して、貴重な文化遺産が失われつつある気がしてならないのです。
これも、科学として考察するには、きちんと実証データーを積み上げないといけませんが、20世紀は、数多く「言語」が絶滅しました。イヌイットの言葉やアイヌ語のように、絶滅危惧の言語がたくさんあります。伝統芸能や、伝統技術、民族慣習、組織形態、町並み、建築・・・数多くの文化が絶滅の危機に瀕して「遺産化」されてしまっています。
クローン生物にあたる「均一なクローン文化」が広がっているからです。自然の世界と、文化の世界を同列に論じる事は出来ませんが、人間も地球の一生物種とすれば、どこかで同列に考える場も必要です。伝統文化は、まさに生物多様性の中で育まれて来たものだからです。
日本のある地方です、朴葉味噌とか、食材から容器まで、その地の生態系で生育したものだけで、食文化を構成していました。近傍の自然を利用して生きる知恵が、多様な文化を生み出してきたのです。
地球という天体は、宇宙の中で特異な場所です。太陽や他の恒星のように、巨大なガスの乱流の世界から比べたら、地球、特にその表面は実に豊かな世界です。その特色を一言で言えば「多様性に富んでいる」としか言いようがないのです。森林生態系や、珊瑚礁のような多様で美しい場は、宇宙のどこにもあり得ないでしょう。
あの美しさ以上の天国など創造できるとは思えません。そこに、多様な文化を保持した人類が、暮らし、森に遊ぶ姿は、天国の情景そのものです。そこでは、「より多くの事がおこる」場所です。
森や海で遊ぶ人間が生み出した「より多くの事」とは、音楽や絵画、舞踏、詩・・芸術や学問の事です。多分、それは宇宙の中の、とある「頂点」なのです。そのような多様性を「あらゆる事がおこりうる、より多くの事が起こりうる美しい場」と呼んでみたいと思います。
「生物多様性」は生物学の用語ですが、人類の未来を考える上で、より大切な意味をもつ概念だと考えます。
さて、次回は、もう少し生物多様性について、具体的な事を紹介しましょう。こんな大切な「生物多様性」なのですが、いざそれを守る行動の段階になると・・「総論賛成・各論反対」という訳で、現実の生活行動は反対の行動を取らざるを得ない立場の人も出てくるのです。
人間と言う生物が豊かなな生活をするだけで、実はすでに生物多様性の保存には反しているのてず。それぞれの職業や生活の糧を考えると、実に困難な問題が続出して、論争がつきない概念でもあるのです。
【文献】
次は、ちょっと難しいのですが、環境省はじめ、政府レベルでの情報が以下にありますので、名かめて見てください。
○環境省生物多様性センター 環境省の施設です。
http://www.biodic.go.jp/
○ 生物多様性情報システム 関連のデーターが検索できます。
http://www.biodic.go.jp/J-IBIS.html
○ 生物多様性との用語で、分類学の知識を示す事があります。以下は、そのようなサイトです。
http://protist.i.hosei.ac.jp/GBIF/DB_list/
○ RDB図鑑 絶滅危惧種のデーターや写真があります。絶滅危惧種達を一度眺めて上げてください。
http://www.sizenken.biodic.go.jp/rdb/
も/あ
【編集長より】
本日は、編集長の執筆です。ええと、編集長は何やら、「いろんな事」してて、「何が専門なの ?」とか言われるのですが、専門中の専門は、本日の話題のような分野です。大学での専攻は「農学部農学科遺伝育種学コース」でして、変異だ、多様性だ、クローンだ、農地生態系だ、森林土壌だとか学んでいたのです。まあ、実験を除いてさぼり学生で、反省してますが。
で、専門の植物は「サボテン」Haworthia tesslata と言う植物を試験管内で培養して、新種を作る・・・・みたいな事をしてました。まあ、しかサボテンの事は良く知らないのですが。だいだいサボテンって「つるつるむっくり」していて、棘ばかりで好きではないです。単なる材料です。まあ高等植物ですから、花は綺麗ですけど。やっぱり森の樹木の方か好きです。
まあ、そんなわけで、専門の分野は、どんどん原稿は書けるのですが、でもそれ故、きっと読者の皆様には分かりにくいと思います。専門家の書物が難解だと、いつも文句を言ってますが、自分の専門になると、何が一般の人に理解されている事で、何が分かりにくい事なのがが、区別がつかなくなるものです。
また、良く考えて、より分かりやすいものにしたいと思います。WEB版にする時は、画像や図をたくさん入れたいと思います。あの豊かな森の写真とか、土壌中の生き物の顕微鏡写真とか、是非お見せしたいものです。
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長くてお疲れ様 今日はここまで
ではまた。
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ミクロコスモス出版 ミクロコスモス編集部
編集長 森谷 昭一
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