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 ミクロコスモス総合版2004年5月21日短編「十年蕎麦」
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               発行 ミクロコスモス出版

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    短編 十年蕎麦
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 玄関のチャイムがなった。小窓ごしに覗くと、おかもちを持った、いかにも出前という白衣の青年が立っていた。

 「おかしいな、出前なんか頼んでいないのに。」

ドアを開けて、私は言った。

 「おい、うちはソバなんか頼んでないぞ。間違いでないの?」

すると、出前の青年はいった。

「ええ・・、ホソマさんですよね。確かに注文いただいてます。ざるそば上、4人前。」

うちの名前を語って、誰かいたずら注文したのではないか。どんでもないやつだと思った。おかもちの青年は言った。

 「だって、4チョウメ ホソマ様。ザルソバジョウ4 チュウモンビ20××年5月23日・・となってますよ。」

青年は、小さな伝票を取り出して読みながら言った。

 「おい、今、何て言った。注文日が20××年だと。10年前じゃないか。」

注文日に驚いて、大声で聞き返してしまった。すると青年は平然として言った。

 「ええ、10年ですよ。うちの看板みなかったんですか。『十年蕎麦』ですよ。」

青年が差し出した、蕎麦の箸袋の文字を見た。店の名前とともに確かに「十年蕎麦」と書いてある。

私は言葉に詰まって、じっと考えこんだ。そして必死に記憶をたどった。

 「そう言えば・・・10年前のこんな小雨の日、・・・」

結婚したての新居に、いきなり友人ふたりが冷やかしに来て、出す物もなくて、チラシを見てソバを頼んだ。でも、いくら待っても来ないので、別のピザ屋に注文した覚えがある。

 「想い出しましたか。忘れる人多いんですよ。うちのは。のびないうちにどうぞ。お代は、明日ザルとりに来る時に。」

そう言って、出前の青年はソバを置いていった。年期の入った職人技が感じられる手打ちのしっかりしたのソバではあった。

「10年ソバか。普通は10分ソバとか、1時間天丼とか、せいぜい半日うなぎだからな。長くても。・・・」

平成時代のある時期、スローフードとか称して、「ゆっくり健康に」とか「のんびりライフ」と言う、うたい文句で、食い物に時間をかけるのが流行った。店で注文してから、やけに時間がかかる店が増えて、気の短いやつや、忙しい時には困る場合も多くて、トラブルもおきた。

そこで、国だか業界だか知らないが、食堂表示ガイドラインとか出来て、店の看板に調理の標準時間を表示する事になった。忙しいやつは30秒牛丼とか、3分ラーメンとかの店に行けば良く、のんびりしたいやつは、半日ウナギとか、一日懐石とかにすれば良い。

自分で魚を釣ってきたり、野菜を収穫したりする参加型の「三泊田舎料理」なんてのも流行った。種まきからはじめて1年かかるのもあったりした。

その後、習慣も定着してわざわざ断らなくても、なんとなく分かるようになった。それでも表示義務だけは、残っていたから、飲食店はみんな小さく「○○分なんとか」と看板に表示していた。

しかし、10年ソバと言うのは聞いた事がなかった。どう言うつもりの蕎麦屋なのだろう。酒とか漬け物は十年したらそれなりの味にはなるけど、蕎麦はどうかと思った。
私は家族みんなに聞こえるように言った。

 「おい、十年ソバがきたぞ。みんな昼にしよう。」

台所で聞いていた女房と息子、娘も出てきてソバを見つめていた。あれから10年もたって、家族は4人に増えていた。まあ10年の感慨は蕎麦から香ってはいた。

 「おいしいわ。」
 「うまい。」

と、女房と子供ははしゃいでいた。私は食べながら思った。

 「確かに美味いけど、・・少し黴くさい気がする。」

                  Y/K

【講評】 10年後にね。・・・・   編集長


【編集長より】

うちも「十年出版社」とまではいかないけど、「スロー記事」ですからね。連続物の間が平気で一年以上あいたりしますし、お返事が2年後なんてのも・・・・・いえ、・・出来るだけ急ぎます。

【本日のBGM】

 ちょっとBGMに軽い曲を。佐藤正美 TALGO ざる蕎麦でも食べてください。ラテン系だけど。

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   今日はここまで ではまた。
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      編集長 
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ミクロコスモス出版  ミクロコスモス編集部
   編集長  森谷 昭一   

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