─────────────────────────────── ミクロコスモス総合版2004年4月3日思想の部品「唯」
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シリーズ 「思想の部品」 その 1
【始めに】
ネジ、ボルト、ワッシャー、コイル、バネ、ベルト、プーリー・・・機械はそんな「部品」から組み立てられます。「思想」という、人々の心を刻み、社会を動かす「機械」は、どんな部品から組み立てられているのでしょう。
機械の種類は限りなくありますが、部品の種類はそれほど多くはありません。少数の部品を組み合わせて、多くの機械を作り上げるのです。ホームセンターの部品棚から、パーツを購入して来て、人々は様々な住居を、機械を、家具を、そして自分だけの暮らしを組み立てます。このシリーズは、そんな思想のパーツ(部品)を並べた、ホームセンターの部品棚です。
ホームセンターには、部品や材料と共に、道具や工具、さらに完成品も売られています。この思想のホームセンターでも、部品とともに、道具や、時々完成品もお届けする事にします。
切り込む事を主眼としています。多少の極論や誤解もあるかもしれません。興味をもらたれたら、各自きちんと専門書で勉強してくださいる。では、はじめましょう。
【唯】
唯心論 唯物論 唯言論 ・・ などと使います。「この世には「○○」しかない。」「すべては○○なのだ。」と断定する言い方の総称。用例を列挙しましょう。
この世はすべて心のありかただ・・・唯心論
物質としての人間のありかたがすべてを規定する・・・唯物論
神がすべてで、存在とは神そのものである・・・唯神論
だいたい、人は何かとてつもなく強烈な体験をすると、その経験が世界のすべてだと思い込んでしまう浅はかな性質があります。ちょっと恋人ふられたるすると、「女はすべてきまぐれだ。」とか、「男はみんな嘘つきよ。」とか思ったりします。金銭で困り果てると、「この世はすべて金次第」とか信じ込むのが人の常です。 何かにショックを受けると、人間というのは視野が狭まって、「すべては○○」ときめつけてしまうものです。「唯○○論」と言うのは、こうして生まれたんでしょうか。
くせ者なのはこの「すべては・・」という言葉。すべては心、すべては金、すべては命・・と思い込んでも、それを証明する事は極めて困難です。 すべてであると証明するには無限の時と労力が必要だからです。「すべて」は証明できず、「信じる」しかないのです。「唯○論」の多くは、宗教的な色合いを含み、究極的には「信じる」事を強制される事になるのです。
「唯」という部品の使い方は簡単です。人が熱中しそうなものの頭に「唯」とつけてやれぱ良いのです。「唯脳論」「唯美主義」「唯言論」・・・ 愛がすべてと思い込んだら、「唯愛論」をすれば良いし、「金」がすべてと考えれば、「唯金論」とかつければ良し、「友情」がすべてと思えば、「唯友論」。
「唯」を使うと、このように簡単に合成語が生産できます。ちょつとした、エッセイの題やら、単行本の題にはなるでしょう。ものごと「要約」して、単純化するには便利な部品です。
こういう風に「要約」をしようとしない傾向の哲学もります。「実存主義」「経験論」などは、あまり要約をしない哲学です。実存主義などは「カラスが黒いとはカラスの勝手でしょ。」みたいな考え方をする哲学です。経験論などは「その場、その場で、考えればいいんじゃない。」と言っている哲学とも言えます。
まあ、「唯○○」というのは、煮詰まった精神状態時には、魅力ある言葉となります。少し冷静に扱う必要のある部品です。ただ、人を魅する思想の部品なので、うまく利用すると、いつぱしの「唯○○論」の哲学の出来上がり。 唯○論は、「馬鹿のひとつ覚え」、「一言でなんでも切り抜ける万能ツール」ともなります。
信者 「最近家族がうまくいかないのです。」
教祖 「すべては神におまかせなさい。」
信者 「宇宙の果てはどうなっているのでしょう。」
教祖 「唯、神あるのみ」
信者 「戦争のない平和な社会を作るには、どうしたら良いのでしょう。」
教祖 「唯、神に祈るのみです。」
信者 「お腹がすいたのですが。」
教祖 「唯、神のみ、すべてを満たす。」
てな、具合に、「すべて○○に帰す」、「唯○○主義」とかは、思想としては手抜き、らくちん手法です。こんなんでも、ちょっと複雑化して、多少の技巧をこらせば、ちょいと教祖様、あるいは思想家として食べていける程度の思想は繰り出せるかも知れません。 まあ、そんなんで、分かったような気にされて、心満たされてしまったりする人も多いって事でしょうか。
思想の部品として、「唯」は、ナットとボルト、ネジ、釘、接着剤のように、物事を「くっつける」、「統合する」たぐいのものです。こればかり使うと、くっつきすぎて、すべてが一塊りになってしまい、なにやら動きのとれない機械ができてしまいます。
「唯○○論」と名のつくものは沢山ありますが、本質的には、たったひとつしか無いとも言えます。どんとん、くっつけてしまえば、どこから繋ぎはじめても、最後にはひとつの塊になってしまうからです。 それで昔から哲学では、最後につながってしまう塊を取り扱う分野が作られていて、「存在論」と言います。
一神教というのも「唯○論」の代表ですから、浄土教や、キリスト教やイスラム教などは、存在論に懸命に取り組まざるを得ないのです。
似た部品として、「一切○○」「汎○○論」など色々ありますが、「接着系」の部品とまとめて起きましょう。「切断系」のノコギリ、ナイフ、剃刀にあたる道具と一緒に用いないと、危険なので注意してください。次回は、切断系の部品を紹介しましょう。
s/y
【編集長の蛇足】
編集長は、東急ハンズとか、ビーバートザンとか、部品と道具が並んでいる所が大好きです。何か作る目的で行く事も多いけど、用もなく、部品棚をみていると、「これで何が出来るかな。」とか「こんな道具振り回してみたいな。」とか、うきうきしてきます。
ものを作るのが好きな人は、材料や道具が大好きなものです。あんまり完成品には興味がなかったりします。みんな人にあげてしまったり。 絵の具を練ってると(?)絵が描きたくなったりするものです。みさなんは、切れるノコギリ握っていると、何か作りたくなりませんか。
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今日はここまで ではまた。
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【編集長より】
1日に近くの市立の植物園にいったら、研修とおぼしき市の職員が、ぞろぞろと連れられて、見学していました。町にはダークスーツの「研修生」達も目立ちました。新入社員になった人、転勤になった人、色々と慣れない環境で、文字通り「大変」だと思います。 ミクロコスモスは、相変わらずですが、変わらない所か、良い所だと思って、ご愛読よろしく。
人生の節目を迎えた方は、どうぞ抱負などもお伝えください。いろいろ、変化がありましたら、簡単なお便りでもお寄せください。編集長は、ひとり、編集室で暇してますから。 編集長 森谷
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ミクロコスモス出版 ミクロコスモス編集部
編集長 森谷 昭一
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