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  2003年2月19日NDCの999冊「不思議の国のトムキンス」
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                 発行 ミクロコスモス編集部

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  NDCの999冊 「不思議の国のトムキンス」
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  不思議の国のトムキンス ジョージガモフ全集1
  ジョウージガモフ著 伏見浩治 訳 白揚社

  NDC420 物理学一般 401科学理論 科学哲学

 自然科学の解説書から一冊を選べと言われたら、このガモフの書物を選ぶ。お勧めの名著である。ポピュラーサイエンスと言う分野がある。専門家と素人のとの距離の空きがちな科学には「解説書」は非常に多い。数式の苦手な読者に例えや絵でやさしく解説しようと試みている、科学普及を専門とする著者による多い。

 それらを手にしてみると、どうも決して分かりやすいとは言えない。「難解なものは、どう料理しても難しいのだ。」と思いたくなる。だが、ガモフの書物はそうではない。難解な事をきわめて分かりやすく理解させてくれる。

 内容は、アインシュタインの相対性理論から始まり、膨張宇宙論、量子力学まで、現代物理の中心的な内容である。

 科学の解説書のは、たとえが的を外していたり、要約が過ぎて、理論の核心部分に届かなかったりする。肝心な理論の中心テーマに触れられずに、周辺をうろついてお茶を濁しがちである。

しかし、ガモフの本は、見事に相対性理論から宇宙論などの本質的な部分をついている。しかも素人にも、それなりの深い理解を与えてくれる。科学理論の本質を知り抜いた者でないと書けない解説書なのだ。

この本は科学の本質に迫真している。そのはずである。著書のガモフは、一流中の一流、超一流の科学者である。ガモフの名前を聞いた事のない人でも、「ビッグバン理論の提唱者」と言えば、その偉大さが分かっていただけるだろう。現代物理学、天文学の偉大な発見を次々と行ったロシア生まれの科学者である。

アインシュタインやボーアといった科学の偉人達の一群に入れられるべき学者である。その死期のせいで、ノーベル賞を受ける事はなかったが、もう少し長生きしていたら、当然受賞していただろうと言われている。

「トムキンスシリーズ」は超一流科学者の筆になる、科学の一級の解説書である。そして、単なる解説書ではない。小説仕立てなのだ。気の良い銀行員と言う設定のトムキンスという主人公をガモフは登場させ、さまざまな冒険旅行をさせている。その物語が、同時に素晴らしい科学の解説書にもなっているのだ。

そして、一流の才能には、多くの能力が集中するようで、彼は絵も上手い。トムキンスの肖像の描かれた、見事な挿絵は、ガモフ本人の手になるものである。トムキンスの原型を初期に描いたのは専門の画家だが、彼はそれを引き継ぎ描いている。

次の挿絵は、トムキンスが旅した不思議な町でのひとこまである。特殊相対性理論では、高速に近く運動する物体は、その進行方向に収縮する事が知られているが、ガモフ描く不思議の国では、これが日常の経験でおきる仕立てになっている。光速やら定数を変えてみた思考実験の中の国が、トムキンスが冒険する国なのだ。こんな想定が出来るのは、一流の科学者ならではある。
          
この本が書かれたのは、今から50年ほど前である。今見ると、少し古風な雰囲気が漂うかもしれない。次の絵は、宇宙ロケットの中での、重力につ いての解説をしたものである。            

  

ここで解説される一般相対性理論の解説は、今も色褪せない見事な説明なのだが、絵の方はどうも古風なSFのようだ。でも、それも味わいと言えば、味わいだが。

さて、不思議の国のトムキンスは、12冊ある全集のうちの一冊である。このうちトムキンスが登場する小説仕立てになっているのは

1  不思議の国のトムキンス
4  原子の国のトムキンス
8  生命の国のトムキンス
12 トムキンス最後の冒険

の四冊である。その他の巻は普通の文体の科学の解説書である。それらもまた見事な解説書であり、後続のさまざな科学の解説書のスタイルを作った書物と言っても良い。

この本は多くの青少年にも人に読まれ、この書物の魅力から物理学の世界に入って、一流の研究者になっている人も少なくない。

ただ、科学の解説書は、どんなに素晴らしいものでも、悲しいことに時がたつと古くなってしまう。そこが文学とは違う点だろう。素晴らしい解説に間違いはないのだが、その後の新発見を取り入れる事は、天国のガモフといえども適わぬ事だ。

しかし、最近、ガモフの文体を活かして、現代科学の進歩を取り入れた、リニューアル版が、ラッセルスタナードによって書かれた。青木薫の訳で、同じ白揚社から発行されている。

分冊になった旧版も古書としてみかけるが、入手しにくいかもしれない。旧著では分冊だったものが、最新版は合本となっている。トムキンスの登場する先の四冊の合本が

  トムキンスの冒険 G・ガモフコレクション 1

として発行されているから、始めて手にするならこれが良いと想う。

 解説者は旧版を若き日(高校時代)に読んだ。いま大分、赤茶けて書棚に並んでいるが、今読み返しても、味わいのある書物である。このような解説のしかた、本質をダイジェストする文体や思考は、科学を教える立場としても、いつまでも見習いたいものである。

さて、この書物には挿絵だけでなく、詩と音楽も差し込まれている。詩と音楽は、ガモフ婦人のバーバラの作品である。その一部を紹介しよう。

  神かけて、宇宙は
  昔のある時に生まれたのではない。
  ボンディ、ゴールド、それに私のいうように
  過去、現在、未来を通じて存在する。
  おお宇宙よ、常に同じであれ!
  われらの唱える定常状態に!

  年とった銀河は分散し、燃えつきて
  舞台から消え去っていくが、
  それにもかかわらず、この宇宙は
  過去、現在、未来を通じて存在する。
  おお宇宙よ、常に同じであれ!
  われらの唱える定常宇宙に      以下略
   
 トムキンスは相対性理論の国を探検した後、量子力学の国を冒険する。量子力学は、たとえ話をしようとしても非常に困難で、映像化しにくい理論である。ガモフは量子力学の原理をビリヤードの玉として解説している。そして、量子力学の不確定性の概念を、何匹にも広がる虎に例えて視覚化している。
         
トラが走り回りつつ、何匹にも広がるのは、もちろん量子力学の粒子の性質を解説しようとしているのだが、文学的な描写になっている。ガモフは、単なる科学解説者ではなく、文学者としても一流であると評価できるだろう。

同じように科学者と文学者をの中間にいた人間として、宮澤賢治が思い出される。賢治も相対性理論を良く勉強していた。そして、その理論の中心概念を文学的幻想の中に広げていき、数々の名作の場面が作られている。この本に書かれているガモフの発想も、文学的世界に夢を広げて行くきっかけになると思う。

一流の人間は科学と文学の世界を自由に行き来できるものだ。文学や心の世界により近かった科学者が宮澤賢治だとすれば、ガモフは科学の側にいた一流の文学者と言えるだろう。

トムキンスシリーズには「原子の国のトムキンス」「生命の国のトムキンス」などがある事からも分かるように、ガモフの興味の範囲は物理学と天文学だけではない。科学一般、いや実証的に得られる世界像のを描こうとした宇宙論的作家なのだ。

事実、4文字のDNAの配列がどのように、20種のアミノ酸に対応するかのアイデアを提唱したのもガモフである。ガモフは決して偏狭な科学者ではなく、広範な世界への探求心をもった偉大な知の巨人だった。

さらに、このシリーズには「1 2 3 4 無限大」という本がある事から分かるように数理の世界も解説しようとしている。

本来、自然の世界には物理、天文、化学、生物・・・という分野が実在するものとしてある訳でない。単なる人間の側の分業の問題にすぎないのだ。自然は本来一体として存在して、知識としても一体として存在する。

このように本来ひとつの存在である自然についての知識である宇宙観を、常にひとつのものとして構築し続ける努力を、人類は怠ってはならないのである。それは、とても困難な作業である。広い世界を一体化して体得できる知性の持ち主は、希にしか地上に現れないようだからである。

ガモフの本は今でも愛好され、またリニューアルされているのは、逆にガモフを超える素晴らしい科学解説書を書く者が、未だに現れていないという事にもなる。

ガモフのような、知の偉人が現れて、科学一般、自然観一般、そして文学や芸術の世界をも含む、世界そのものを、やさしく楽しく我々の前に、書物として差し出してくれることを願ってやまない。
 
図書の分類として、NDC400 科学一般 は、自然科学の描いた宇宙観を記載した書物がくるべきだと思うが、この分類にはいるべき適切な書物は見あたらない。科学の描き出した世界像を一冊にしたものは、ないと言って良い。この地位に一番近いのが、ガモフの本なのだが、現代において科学全般を網羅するかと言えば難しいので、401に分類した。限りなく400 近い書物ではある。

 科学の世界に興味はあるが、近づきがたいと言う人、もう一度科学の意味を確かめてみたい科学者、科学を解説する精神を学びたい理科教師、自分の進むべき道を探している若い人などに是非読んでもらいたい名著として紹介したい。

【本日紹介した図書】

● トムキンスの冒険 G・ガモフコレクション 1 ジョージ・ガモフ/著 伏見康治/〔ほか〕訳 白揚社 (ISBN:4-8269-1051-7) 3780円
 書店で一番手に入りやすい。ガモフの原著からの和訳。仮名遣いなどは、最新のものである。

● ジョージ・ガモフ/著 ラッセル・スタナード/著 青木薫/訳 白揚社 (ISBN:4-8269-0103-8 1995円
 最新の科学の成果をとりいれた、リニューアル版。もちろんガモフの著作ではないが、それにならっている。

● ガモフ全集 1〜12 ジョージ・ガモフ/著、白揚社、1977年発行 
 これは絶版となって古書店でしか手に入らないが、分冊の読み物として味わいたいなら良いかもしれない。
               O/E

【編集長より】

 ミクロコスモス出版は、科学と哲学と詩と芸術が一体となった、「知識そのもの」を描く書物を出版するのが、大きな望みです。ガモフの本は、大切な指針としています。

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      今日はここまで ではまた。
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【お知らせ】
 発行がとびとびになって申し訳ありません。3月に向けて、毎日発行のペースになるように、だんだんと調子を上げるようにいたします。御意見、おたより、話題提供など、よろしくお願いします。

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ミクロコスモス出版  ミクロコスモス編集部
   編集長  森谷 昭一   

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