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  ミクロコスモス総合版2003年1月30日文章を書くために3
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             発行 同人 切断面の響き

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   文章を書くために 3
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   執筆者 D とにかく、書こう。想いのままに。
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次の文は あの天才画家 山下清 の文章です。

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 おじさんがしばらくの間絵をみていて おじさんが「ここは遠い所だから遠く にみえるように うすく色を塗って ほかの色をまぜて遠くにあるものは小さ く見えるから 遠い所は こまかくやっておけ、さあ雨が不降ってこないうち に外へ行って、絵に色をぬりなさい」と言われて 言われたとおり 外へいっ て 色をぬっていると 犬が2匹 あとからついて来て しばらくたってから  犬がむこうへ行ってしまった 昼から少しやすんで 絵の続きで色をぬって  夕方になったから絵の具をもって家の中に入ってゆうはんがすんでからしば らくたってぬてしまった
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これを国語の先生が読んだら、時制とか、切り方とかを、ただちに添削したくなるかもし れません。でも、これを

 絵の色塗りをしていたら、犬が2匹後をついてきた。
しばらく、僕が絵に色を塗っていると、その犬は向こうへいってしまった。・・・

とか正統に書き替えたら、多分、巨匠「山下清」は居なくなってしまいます。彼が絵を描 いている何とも言えない個性は、表現できません。

さらなる巨匠「宮澤賢治」の文章に対し、文法的な是非やら、文体論がどうこう言 われても、それは無用でしょう。人の個性というのは、根元的に「未熟」と同根だと 思います。

宮沢賢治の文章は、学校文法からすれば、さまざまな破格やズレがあり、それ が意図的なものか、単純ミスか、個性なのか判別できないまま、われわ れに残されています。でも、それが味わいとなって、読者には受け入れられて います。

そう、まず想いのままに書くことが大切です。他人にどう思われるとか、文の 規則にあっているとか、そういう事は度外視して、まず、呟いているように書 く、話しているように書く。それが出発だとおもいます。

商用の通信文や、学術論文なら、他人が読んで仕事を進めていくのが目的で すから、誤解を生まないように、規則を守り、また添削などもしてもらうのが 必要です。でも、私信、あるいは芸術に属する文は、そういう事は無用なば かりか、時に害すらあります。

私信で、病気の苦しさや、心の悩みを伝えるときに、格調高い美文で書いて は、本当は健康なのだと思われるだけです。病なら病のまま、未熟なら未熟の まま、異常なら異常のまま、書き起こせば良いのです。

そのような文に対し、唯一、添削者がいるとしたら、自分だけでしょう。そんな文 章を書いて、後から自分で読んでも意味不明という事が、しばしばあります。そういう時だけ、自ら修正すれば良いのです。

いや、それすら、過去の自分、未熟な自分、病んでいる自分との対話となりま す。そんな病んだ時に書いたとの事実が、価値ある事なのです。

書けば良いのです。書けない時、病の時、忙しすぎる時、何もする気がしない 時、怒りに溢れる時、悲嘆にくれる時、ぼっとしている時、とんでもない山の 中、とんでもない仕事中、とんでもない状況で、とにかく書けば良いのです。 立派な文だけで、描ける世界は、世界の何分の一しかないのです。

山下清の 文は次の書物から引用させていただきました。この書物も、私と同 じような主張があります。

  名文を書かない文章講座 村田喜代子 葦書房

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    執筆者 E 枠を定めて、練習しよう。
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 個性は、自由から生まれるのではなく、限定から生まれる。

と言います。絵の先生が生徒に、「自由に書きなさい」と言うと、以外とみん な決まり切った定型的なものしか描かずにがっかりします。しかし、「鉛筆で 直線だけ使う。」とか「春の犬」とかテーマに奇妙な限定をつけて試行する と、意外と不思議な個性が表れてきたりします。

「枠で縛ると個性が出る」と言うのは芸事を教える人達が良く口にする言葉です。

 文章もそんな気がします。短歌にしても俳句にしても、定型、あるい枠があ れほどの個性を生み出したと言えるし、人間が個性を発揮するには、言葉の世 界はあまりに無限に近いものです。

さて、どんな枠をつくったら良いか。テーマ作文とか、800字にまとめると か、昔からある「枠」なのでしょうが、もう少し奇妙な枠を課した試行を紹介 しましょう。

まずは、言葉を限定してしまうのです。例えば、

  ○ 漢字を使わないで書いてみる。
        (そういう歌人がいました)

  ○ ひとつの文が30文字を超えないようにして書く。
            (電報みたいになりますね。)

  ○ 1行だけで、文をかく。
         (1行の手紙コンテストなんてありましたね。)

  ○ 5分以内に書く。

  
さまざまな枠の設定は考えられ、そして大抵はすでに誰かがやっているようです。プロの小説家で、自らに限定枠を課して小説を書いた人を紹介しましょう。

筒井康隆です。あの断筆宣言の筒井康隆ですが、人をくった行動は別として、文章 技術と言う点においては、現代作家で彼を超える人は少ないでしょう。

彼の作品「残像に口紅を」では、世界から文字が消えていくという設定のもと に小説を書いています。
最初に「あ」が消え、そして「ば」が消え、「せ」が消えていくと言うように 順次文字が消えていきます。

その度に、筒井はその限定で小説を進行させていきます。前半は良いのです が、後半はだんだん苦しくなっていきます。途中でポルノになったり、不思議 な展開をしていきますが、かなりまで文字が消えても、筒井はなんとか物語を 進めて、それなりに面白い文章を書いていきます。そこらは、さすがです。

まあ、最後の方はさすがに意味不明です。例えば

「い」「か」「が」「た」「ん」しか残っていない状況では

  解体。がたがたんがた。がたん。堅い板が、がん。がん。いたたた、胃が肩が。

なんて具合ですが、でも確かに小説になってます。最後に「ん」が残って

  ん。

さらに「ん」を引けば

  世界には何も残らない

で終わりますが、なんとも傑作な小説です。でも、そんな小説家にとって断末 魔のような状態でも、それなりの文章を書こうとする意欲はも のすごさを感じます。もっとも、本人はいつもの文体を保持していますが。しかし、これを真似したら、だれでも相当に文章の技術は高まると思います。御一読の後、真似てみたら、どうでしょうか。

さて、筆者のやっている文章試作のための「枠」は、品詞を限定するというものです。

 ○ 名詞だけの、歌をつくってみる。
 
 ○ 動詞だけの、歌をつくってみる。

実例は、また文芸ミクロコスモスあたりで、紹介しますが、訓練になります。

特に、写生文、あるいはルポルタージュのような文章を目指す人は、「形容 詞」と「副詞」を禁じ手として文を作る訓練をされると良いと思います。

 美しい きれい おかしい 良くない 良い 大変 とても 超 

形容詞や副詞は、主観を示す事が多いので、主観を排して、物事を客観的にえ がく訓練になります。

  温室の月下美人の花は、美しかった。



  温室の月下美人の花は、私に熱帯の森林の雰囲気を与えた。

のように、形容詞のない文に書き替えるわけです。感動させる文でなく、納得させる文を書くには、 そのような訓練が好ましいでしょう。逆に 

    「形容詞と副詞と動詞だけで文を書いてみる。」

なども、かなり困難ですが、面白いでしょう。

また、論理を磨くには、名詞、動詞、接続詞だけを使い、主語 述語 接続詞  の繰り返しで文を書くなとも良いでしょう。

 私は 動いた。 しかし、彼は 話した。 それから、彼は ・・・・

のような文型で、すべての事をかけるか試行してみるのです。最初はなかなか 苦しいですが、そこで生まれた工夫は、書き手を偉大な技の持ち主にするはず です。

実例は、そのうち私の講座でやってみます。今日は、いきなりの原稿催促だっ たので、実例を示せない事をお詫びします。

 文献  残像に口紅を 筒井康隆 中央公論社 ISBN4-12-001787-7

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      今日はここまで ではまた。
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【編集長より】

いろいろ文章について書いてもらいましたが、実に異なる意見があるもので す。実は、ミクロコスモスの筆者達は、個性や思想は大分違うようで、一度に 集まったら大喧嘩になりそうな組み合わせです。まあ、メールだけ、文字だけ のつき合いは、喧嘩防止には
好ましいのでしょう。

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