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   ミクロコスモス総合版2002年10月2日へちがら「スライス」
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               発行 ミクロコスモス編集部
   
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     恐怖の出来事  スライス
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 もう何年になるだろうか。その恐怖の出来事から、その後しばらく、編集長の心理の中に深く沈着し、思い出すと全身が震えるほどの・・・・・

その出来事は平凡な台所でおこった。・・何というのか、あの大根とかニンジンのスライスつくる道具。まあ、「かんな」の原理を適応した、調理器具のニューウェーブ。包丁名人の玄人調理人は今でも使わないそうだが、素人には極めて便利な「剃刀系」調理器具。

 編集長は包丁使いなんか下手だから、大根のかつら剥きなんて、出来るわけがない。そんで、野菜を美味しく食べようと言うことで、この剃刀調理器具を購入した。面白がって、キュウリだ、タマネギだ、ピーマンだと、あらゆる野菜をサラダにしてみた。さすが、トマトには無用であったが、手軽な大根スライスのサラダなんかが食生活に定着した頃、その恐怖の出来事は起こった。

 ある日、手慣れた調子で、大根サラダを作った。スパスパ切れる快感につられて、調子に乗って、大根はどんどん短くなっていった。そして、ふと指先に冷たい感触が感じられた。人差し指を見た。

「ぎぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ。・・・」

 我が右手人差し指の先がまあるく「削げて」血が滲み始めている。親指で、必死に傷口を押さえて血を止めた。そして、お皿上を見ると、なんと、わが指の先が見事に、まあるくスライスされ、大根の上にのっていた。左手で、それをつまみ上げている自分の姿は永遠に記憶から消えない。いくら小さいと言えども、自分の身体の一部を自らの手に持つという恐怖は、言葉に出来ない。

 事故で、その片手を切断して、それを拾い上げ、つないでもらう可能性を信じて、我が片手を持って病院に向かう怪我人がいたとすれば、その恐怖と、そして強靱な精神力と勇気に敬服する。それに近い経験だったのだ。我が心の内では。一瞬傷口にそれを張り付けたい希望が湧いたが、止めた。戻る訳ない。だいたい大根の汁まみれだ。

 親指で傷口を押したまま、このあと何時間も血が止まるまで、ただ呆然としていた。だんだん痛みが増してきた。人の身体で人差し指の先ほど神経が集中している所はない。ほとんど完成間近だった夕食を前にして、食欲などなくした編集長は、ウサギを大量に殺した天罰か、日頃の神を恐れぬ行為の数々のせいかと、痛む指先と共に、複雑な内面的葛藤を続けていたのだった。

 次ぎの日、大袈裟に包帯をした右手を上げたまま、その恐怖の調理器具は、流しの奥隅に放り込まれ、当分の間、使用される事はなかった。完全にトラウマ(心的外傷)状態で、大根をはじめとして薄くスライスされたものを見るたびに、身体のどこかに戦慄が走るのであった。

 読者には、医療関係者や、調理によるあらゆる傷害を乗り越えた熟練主婦がおられて、
「な〜にが、馬鹿じゃないの、指の先切ったくらいで。」
と仰る事は分かるのですが、・・・しかし、なんと言っても、その「実存的」恐怖感は、当の本人以外には分からない〜。

 心的傷害が癒えるのまで、半年もかかったか。「このままでは、いけない、心の傷害は乗り越えるべきだ。」とか言って、流しの奥から、その調理器具をとりだして、使ってみた。最初は、恐ろしくて、大根の尻尾を持って数センチもスライスすると、やめてしまう状態だった。今でも、最後まで完全に野菜をスライスする勇気はない。

 しかし、剃刀のような刃が取り付けられた、調理器具というのは恐ろしい。これもニューウェーブの調理器具、「皮むき器」も、ニンジンの皮むきなどに実に便利だか、あれが勢いあまって手の皮を剥いてしまったらどうなる。ニンジンの皮が「ピルル〜っ」と剥けるごとく、手の皮がツルル〜っと剥けたら、考えただけで恐ろしい。

 そば裁断機というのがあるが、あれに手をはさまれたら、人肉そーめんみたいなのが出来るのだろうか。・・・・だいたい、調理器具というのは、本質的に恐ろしいものが多い。どんな調理具も、残虐な為政者に渡れば、拷問の器具として成立するものが多いのだ。心的外傷から派生する思考は、なにやら「いびつ」な方向に行く。

 編集長の名誉のために、述べておくが、電気工事の仕事では、太さ10センチもある電線を一瞬で切断する機械やら、人間など数分でバラバラに出来そうな電動工具を、平然と用いている勇気ある技術労働者でもあるのだ。

 しかし、それとは別にして、挽肉器やら、調理器具というのは、どことなく恐怖をたたえている。調理される動物達の霊がただようせいか・・・

今日は、本当に怖い話であった。笑っているのは、調理になれた主婦だけだと思うが・・・

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   今日はここまで   ではまた。
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【編集長より】

 颱風が過ぎて静かになりました。直撃した頃に海岸に見物にいったら、大波が何段にも重なり、見事でした。やっぱり花火なんかより、颱風の方が見応えがある。どうして、こんな凄いもの、見物に来る人がいないんだろう。・・・

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ミクロコスモス出版  ミクロコスモス編集部
   編集長  森谷 昭一  
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