原子力による水素エネルギー 2003〜2004

2004.12.27
堀 雅夫

原子力による水素エネルギー供給に関する2002年頃までの技術開発状況・将来展望などは、原子力水素研究会編・著の「原子力による水素エネルギー」(2002年6月発行、180ページ)に詳述されている。

その後の状況も含めて解説したものとしては、2004年5月の水素エネルギー協会の総会で堀が行った特別講演のテキスト(HoriHESS04.05.pdf)などがある。

以下は、「原子力による水素エネルギー」に関わる2003年〜2004年の技術・政策の動向をウオッチしたもので、原子力関係月刊誌に年4回寄稿したものに参考サイトへのリンクの追加などの編集をした。なお、本稿を含むその後の進展は随時、Synthesistのサイトに掲載している。

1、原子力水素供給 -- 日米・各界で討論、政策化

■日本:原子力水素のシンポジウム開催

02年12月に開催されたシンポジウム「クリーン&クリーン:水素エネルギー社会と原子力」は、政界、学会、水素エネルギー業界、原子力業界を代表する人たちが集まって、水素エネルギー社会と原子力について総合的に展望・討論した画期的な企画であった。この概要は、原子力eye誌の03年3月号に「"水素エネルギー社会と原子力"シンポジウムの要点」として掲載されている。

■日本:「エネルギー基本計画」での原子力水素供給の位置づけ

02年に成立したエネルギー政策基本法に基づいて、経済産業省は総合資源エネルギー調査会基本計画部会における審議を踏まえてエネルギー基本計画案の策定作業を進めている。その審議において、委員から原子力は発電面だけでなく、水素を創り出すという意味でも重要であると言う意見が出され、パブリックコメントにかける基本計画案では、「水素エネルギー社会の実現に向けた取組」の節に水素供給における原子力の位置づけについて以下の記述が入った。

「・・・燃料電池本体の開発に全力をあげて取り組むとともに、水素を供給するためのハード面でのインフラ整備や、水素の製造・貯蔵・利用に係る規制の見直しを含めたソフト面でのインフラ整備のあり方を探求する。また、併行して、化石燃料の改質による水素製造技術の改善を進める。

 さらに、将来的には、例えば、原子力や太陽光、バイオマスを活用した水素の製造等、化石燃料に依存しない水素の製造が実用化することが期待される。」

■米国:「新型炉水素コジェネプロジェクト」上院エネルギー法案で審議

米国エネルギー省(DOE)は02年11月に「原子力水素イニシャチブ」を開始し、2015年に原子力起源の水素の商用規模生産実証の目標を示した。03年3月下旬には、Craig上院議員が「新型炉水素コジェネプロジェクト」を提案し、DOEの予定をさらに短縮するものとして、注目された。これは、上院のエネルギー包括法案に含まれて審議がなされたが、法案自体が03年7月末に上院で審議未了となり、今後の上下両院の協議会でこの先の議論が行われることになった。

このCraig提案は、電力・水素のコジェネプラントを2010年までに開発・設計・建設・運転するもので、2010年時点では、電力または水素のどちらかを生産することとしている。プロジェクトの運営はDOE、実施の中心はINEEL(アイダホ国立工学環境研究所)、サイトの準備もINEEL、プロジェクトの産業界のリードは米国ベースの会社としている。予算規模は04年度の35M$,05年から08年までのR&D費として600M$(08年以降のR&D費は必要額)、プラント建設費として500M$、合計1135M$+必要額としている。

進め方は、原子力水素生産の選択対象となる複数の方法について、技術、環境、経済性を探究・設計するもので、2チーム以内・1年以内に提案を作成させ、評価して一つを選択する。もし、2010年までに水素/電力生産が不可能ならば、DOEは議会にその理由を報告することとしている。国際的な協力・参加、第4世代原子炉国際フォーラムとの協調・結合、国内的・国際的なコスト・シェアのパートナーシップ、などの探求の方針も示している。

■学会:米国原子力学会が声明「水素生産のための原子力」を発表

03年6月に米国原子力学会は声明「水素生産のための原子力」を発表し、水素生産における原子力の役割の重要性を認識し、新しい水素生産用原子力プラント設計のための研究開発への支持を表明した。内容的には、原子力利用の水素生産方法として、原子力加熱天然ガス水蒸気改質法を、将来の水分解による本格生産に至る中間段階に位置づけ、その化石燃料資源節減・二酸化炭素排出低減の特長を示している点が注目される。

(03年8月執筆・原子力関係誌に掲載)

2、幅広く研究開発が進む原子力利用のプロセス

03年9月中旬京都で開催された地球環境と新型原子力プラントの国際会議 と03年10月上旬米国アルゴンヌ国立研究所で開催されたOECD主催の第2回原子力水素生産情報交換会議 では、合わせて36件の原子力水素関係の発表があった。以下、トピックスを紹介する。

■低温熱化学プロセス 

1970年代に水素エネルギー利用のための製造方法の研究が盛んに行われ始めてから、これまでに100以上の熱化学プロセスが発表されている。その内でIS法とUT-3法の二つのプロセスが原子力熱利用においては最も有望とされており、日・米・仏などで実用化への研究が進行している。

これらのプロセスは800〜900℃の熱を利用するので、高温ガス炉などの高温原子炉が必要である。これに対して、より低い温度での熱化学プロセスの研究も進められており、今回は米・アルゴンヌ研とサイクル機構から基礎実験結果の発表があった。

両方とも、高速増殖炉との組み合わせを考えており、ナトリウム冷却材の温度(500〜600℃)でのプロセスで、アルゴンヌ研は銅と塩素による3種類の反応プロセス、サイクル機構は硫酸の合成・分解反応と電気分解を組み合わせたハイブリッド・プロセスの実験を進めている。

■水の熱分解

水を水素と酸素に分解するには、高温による水の直接熱分解では2500〜4000℃の温度が必要と言われており、実用的な方法としては熱化学法や電気分解法が考えられてきた。

今回、アルゴンヌ研から発表された方法は900℃程度の温度で水中に少量解離して存在する水素と酸素から混合伝導膜を用いて酸素を透過分離する方法である。基礎的な実験データが示された。

■原子力によるオイルサンドから石油の回収

CANDU炉の水蒸気と電気分解水素を用いて、カナダのアサバスカのオイルサンドから石油分を回収・精製する方法が発表された。現在商用に用いられている方法は露天掘りで、地中の深いところの石油は水蒸気重量抽出・層内回収法によらざるを得ないが、このための水蒸気と石油分を軽質化・精製する水素を原子炉でつくる構想である。

検討結果では、従来の天然ガスによる方法との比較で、水蒸気コストでは10%、炭酸ガス排出権では18%有利となっている。なお、ここのオイルサンドにはサウジアラビアの埋蔵量に匹敵する石油分がある。

■化石燃料・原子力のシナジー水素

シナジー(協働作用)とは、1+1=3のような効果が期待できるものである。化石燃料と原子力の両方を用いるシナジー水素生産は、両エネルギーの併用が続く当分の間、その資源・環境の保全効果から有用な方法と考えられる。

天然ガス水蒸気改質法では、原子力熱を供給することによって、本来は吸熱反応熱供給のために燃焼・消費される約30%の天然ガスを節減できる。原研は、高温工学試験炉を用いてこの方法による原子力水素製造の実証を2008年に行うと発表している。

この原子力熱利用・水蒸気改質の原料には、天然ガスのほかに石油・石炭の利用も可能であり、同様の資源節約・炭酸ガス排出抑制の効果が期待できる。

原子力利用・水分解による水素供給が実用化するまでの当分の間、このような原子力熱利用・化石燃料水蒸気改質によるシナジー水素は、技術レベルと製造コストから見ても、化石燃料水素と競合可能な有望な方法と考えられる。

(2003年11月執筆・原子力関係誌に掲載)

3、水素エネルギーへの転換は大きなチャンスだがハードルも高い

米国科学アカデミー・工学アカデミー傘下の米国学術研究会議(National Research Council)から、04年2月に「水素経済:機会・コスト・障害・R&D必要性」報告書(全394ページ)が発表された。   

これは、米国エネルギー省(DOE)の委託で同会議が石油・化学・自動車などの産業界、大学・研究機関などのエネルギー問題の権威者を集めて、02年秋から調査・検討してきたものである。原子力界からはMITのKazimi教授が委員として参加している。

技術の現状と将来についての広範な検討と定量評価をベースに、今後の水素エネルギー関連のR&Dについて多くの提言をしている。全体概要と原子力関係の要点を紹介する。

■水素経済のビジョンとインパクト

報告の構成は、水素の利用から始まり、配送・貯蔵、供給コスト、そして炭酸ガスの回収・固定、水素の生産と、需要側からのニーズ・プルの形で組まれている。

「水素経済」のビジョンを、次の2つの期待−@水素は米国国内の資源から経済性・環境適合性を持って生産される、A燃料電池車などでの水素利用は他の燃料との競合下で市場シェアを確保できる−のもとに描き、これを現実化するための技術的、社会的、政策的なステップを検討して、今後の方向を提示している。

この委員会が想定した水素導入の上限は、燃料電池車(乗用車級)が競争市場に2015年から投入され、2027年に25%、2050年に100%シェアとS字型に成長するケース。この場合輸入石油と炭酸ガス放出の減少効果は25年後では小さいが、水素と燃料電池車のR&Dが成功して大型投資が行われれば、その後の米国エネルギー全体へのインパクトは大きいとしている。

■バランスの取れたR&Dの維持

環境とエネルギー・セキュリティの目標の達成は、水素以外でも、例えば画期的な電池が出来れば可能であり、DOEはバランスの取れたR&Dのポートフォリオを維持して、他の方策の探求も継続することを提言している。

■DOEの原子力水素R&Dへの勧告

水素は当面は天然ガスから製造するが、長期的には米国の国内資源の石炭(炭酸ガスの回収・固定とセット)、再生可能エネルギー、原子力から製造することを考えている。

原子力に関するR&Dの優先順位として、@熱化学法の効率の研究、A高温水蒸気電解法の開発、B原子力プラントと化学プラントのカップリングの安全ガイドラインの確立、を挙げている。

DOEの研究計画への勧告としては、水分解による水素製造方法を幅広く探り、有望な方法を選んでプロセス実証する、例えば放射線分解のような革新的プロセスも探究する、短期目標と長期目標のR&Dポートフォリオを維持し、これら研究の予算額を増額する、各種製造方法の経済性の評価には産業界の参加を促進する、など。

■原子力による水素のコスト評価

この報告で算出している原子力水素の製造コストは1.6 $/kg、配送・給油設備などを含む供給コストは2.4 $/kg。これは、化石燃料水素(製造0.7~1 $/kg、供給1.7~1.9 $/kg)と再生可能水素(供給3.6~4.3 $/kg)の間の値になる。なお、ガソリン車の燃料費用相当は2.1 $/kgの供給コストなので、原子力水素も競合範囲に入っている。

この原子力水素の製造コストは、高温ガス炉・熱化学SIプロセス(建設費800 $/KWt)を想定して算出したもの。

(04年2月執筆・原子力関係誌に掲載)

4、21世紀中葉のエネルギー供給--核燃料→水素→電力のハブ・スポーク構想

■対極的な二つの構想

21世紀中葉のエネルギー供給には、現在の化石燃料の供給構造に代わる原子力に最適化した供給構造を考える必要がある。この原子力によるエネルギー供給構造については、二つの対極的な構想が出されている。

一つはIIASAのMarchettiが1970年代から提唱している「エネルギーアイランド」構想である。太平洋上の小さな島を想定し、ここに高温ガス炉と増殖炉を組み合わせた全出力1TWtの原子力施設を設置し、熱化学法により水素を製造して、この水素を液化して周りの消費地に海上輸送する。1TWtは現在の全世界の原子力設備容量に近く、これによる水素エネルギーは中東の産油量に匹敵する。原子力の規模のメリットを生かした集中生産方式である。

これに対して、米国ANLのWadeは03年、分散生産方式の「階層的ハブ・スポーク」構造を提唱している。

■階層的ハブ・スポーク構造

エネルギーキャリアーとして、核燃料、水素、電力を考えた時に、これらを、船、パイプライン、送電線などにより輸送する時の現実的なエネルギー量から、運べる距離と量の大きい方から順に、核燃料→水素→電力となる。

ハブ・スポーク構造とは、エネルギーキャリアを変換・発送するセンターをハブとし、各方向に配送するルートをスポークに見立てたもので、各エネルギーキャリアーが階層的なネットワークを通して変換・配送される構造を示す。

核燃料の再処理などバックエンドとフロントエンドを担う燃料サイクルセンターが第1のハブでここから核燃料を各所に長距離輸送する。この核燃料を使用して水素を作る原子力プラントが第2のハブ、ここで原子炉の熱で水を分解して水素を生産し、この水素を消費地にある第3のハブにパイプラインなどで数百マイル程度の中距離輸送する。この運ばれた水素の1/3は燃料電池などの輸送用に、1/3は家庭用や業務用の熱需要に、1/3は燃料電池やマイクロタービンなどによる発電用に、使用される。この最後のハブから末端需要まで、水素はパイプラインなどにより、電力は現存の送電線により運ばれる。

■頑強で効率的なエネルギー供給

ハブ・スポーク構造におけるクロス連結のネットワークと核燃料および水素のエネルギー貯蔵バッファー効果は、頑強な安定供給と独占的価格の防止に役立つ。水素と電力のほかに、原子力プラントでは必要に応じて海水脱塩で上水を作ることもでき、またその戻りの下水の処理には水素生産の際の副産物の酸素が利用できる。

原子炉熱→水素→電力の変換効率は36%程度で軽水炉による発電効率より良い。これに温水供給も含めると45%、さらに上水供給を行わせると85%の総合効率になる。

■燃料リサイクルと長寿命炉心

第1のハブの燃料サイクルセンターは、その燃料の使用者(国)のコンソーシアムが所有・管理し、TRU全量のリサイクルを行うので、エネルギーセキュリティの保証と燃料・施設の軍事転用防止が図られる。世界の核燃料の供給処理は10余のセンターで可能で、これが現在の油田に代わるエネルギー供給源になる。

第2のハブの水素生産原子炉の燃料は全炉心をカセット式で交換して20年の寿命を持つ。このような長寿命燃料ならば、21世紀中葉の世界の全エネルギー需要50TWtの半分を原子力で供給するとして25隻の核燃料輸送船で足りる。

(04年5月執筆・原子力関係誌に掲載)

5、エネルギーシステムの方向と原子力水素供給

この1,2年のこの分野の動向をウオッチすると、水素エネルギーへの期待・関心の高まりとともに、研究開発の活発化、政策面での動きなどから、原子力による水素供給がそれなりに認知されてきたことを感じる。

■世界水素エネルギー会議

04年6月末に横浜で開催された世界水素エネルギー会議は、参加者約1800人、発表約500件と、これまでの15回開催の中で最も盛会であった。水素の製造から利用に至る広い分野の発表の中に原子力関係は約20件含まれていた。

この会議の基調講演で、茅陽一・地球環境産業技術研究所長が、エネルギーの脱炭素化(Decarbonization)の方向は不可避で、電力・水素供給のための一次エネルギーとして原子力の重要性を指摘していた。

■水素社会か、電化社会か、…

水素社会によって達成したいことは、エネルギー利用端での排出が水のみというクリーン性、燃料電池による動力への変換の高効率性、などの特長である。これと同じ目的のことが、例えば、高密度・軽量の電池などの電力貯蔵方法がもしも開発できたら、オール電化の社会によって達成できる。また、水素エネルギーの実用化までに、製造、輸送・貯蔵、利用の各段階でさらに多くの技術改良が必要であり、このような障壁から水素社会の実現に懐疑的な意見も出ている。

■一次エネルギーは原子力

エネルギーキャリアーが電力と化石燃料製品(ガソリン、灯油、ガスなど)からなる現在の社会から、将来は電力と水素を使う'Hydricity'社会になるか、あるいは電力を主とした電化社会になるか、あるいは電力と別の合成燃料を使う社会になるか? 

いづれの方向にしても、これらのエネルギーキャリアーを生産する一次エネルギーとして、持続的大量供給、炭酸ガス排出なし、高密度エネルギーの特長を持つ原子力の重要性は変わらない。ただ、将来のエネルギー・システムのいろいろなオプションの中では、水素エネルギーを用いる方法はより確実と言えよう。

■原子力水素供給への方策

では、原子力による水素供給の技術開発・導入は今後どのように進めたら良いか? わが国の場合には次のような方策が考えられる。

ISプロセスでリーダーシップ 高温ガス炉利用による水の熱化学分解法ISプロセスは、今や原子力水素供給の本命と考えられている。この開発で先頭を行く原研のプロジェクトをさらに推進し、米・仏・韓など後続の各国プロジェクトや第4世代原子力システム国際共同研究などとの関係において、リーダーシップを執っていく。

探査的研究開発の推進 熱化学法のみを見てもこれまで100以上のプロセスが研究されており、その他の方法も含めて新しい水素製造プロセスが次々と発表されている。市場が要求する水素供給の規模・時期・コストや資源制約に応え得る原子力利用の方式を幅広く探査的に研究開発していく。

電気分解水素供給の実現 水の電気分解による水素製造は実用技術であり、余剰・深夜電力の利用の水素ステーションにおける電解水素は、化石燃料水素とコスト的に競合可能性がある。現在、トヨタ、ホンダの燃料電池車が中央官庁で使用されており、この燃料補給は経産省の中庭に水素を運んできて行っている。官庁街の一角に深夜電力(その過半は原子力発電)利用の電解水素供給ステーションを設ければ、原子力による水素供給が実現する。

(04年8月執筆・原子力関係誌に掲載)

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