ある日の夕刻、お母さんが自室でなにやらごそごそやっています。
母: |
「これで良しっと...準ちゃんが帰ってくるのが楽しみだわ。」 |
お、お母さん、また良からぬ事でもしようって言うのでしょうか?
母: |
「人聞きの悪いこと言わないで!今回は真面目なんですからね。」 |
...それは失礼しました。(強調しなくてもいいでしょうに)
おや、準くんが遊びから帰ってきました。え?珍しいって? とんでもない!普段は大人しい準くんも、
友達と一緒に外で思いっきり遊ぶんですよ。
よほど楽しかったのでしょうか、彼の顔はニコニコと笑顔でいっぱい。窓越しに射した真っ赤な夕焼けに照らされた彼の頬は、笑顔と一緒に光っています。
パタパタとスリッパの音を響かせながら、お母さんが出迎えました。
いつもと違う雰囲気を出している準くんを見て、お母さんも思わずニッコリ。しかし、彼の姿を見てすぐにビックリ!
いったい何処で 何して遊んでいたのでしょうか、ズボンは泥だらけ、
おまけに右膝には擦り傷があります。
しかし、準くんはへっちゃらの様子です。きっと、いつもおもらしで
汚れるから、泥くらい平気になったのかもしれません。そんな事を知ってか知らずか、お母さんは優しく言います。
母: |
「まぁまぁ、いっぱい遊んできたのね。でもケガしてるじゃないの。ダイニングで待ってなさい。すぐに手当てしましょうね。その前に、このままじゃ家が泥だらけになっちゃうから、ここでズボンを脱ぎなさい。」 |
準: |
「は〜い。」 |
準: |
「イチチチ...イテッ!」 |
母: |
「我慢我慢!男の子でしょ?」 |
準: |
「う...うん...」 |
準くんは思わず、うっすらと涙を浮かべました。消毒液がしみて
痛いのです。慣れればなんでもないのですが、準くんは普段から大人しい分、ケガをする事もないので、痛さに対する免疫があまりないようです。
母: |
「絆創膏を貼ってっと。終わったわよ。」 |
準: |
「あ、ありがとう。それじゃ、着替え...」 |
母: |
「そうそう、着替えなんだけど。」 |
準: |
「なななな何!?」(ヤな予感...) |
母: |
「ちょっと穿いてほしいものがあるの。」 |
準: |
「いっ!? お姉ちゃんのスカートは勘弁してよぉ。」 |
母: |
「それとも、お母さんのスカート穿く?。んもう冗談よ!新しいズボンが出来たから穿いてみてちょうだい。」 |
準: |
「なあんだぁ。」 |
母: |
「何だって事はないでしょ。自信作なのよ♪」 |
準: |
「いっつもいっつも自信作だよね。まぁ、別に良いんだけど。」 |
母: |
「あっはっはっは。それじゃ、こっちにいらっしゃい。」 |
お母さんの趣味は「洋裁」。準くんの着てる服は、たいていお母さんの手作りです。なかなかの腕なので、市販品にも引けを取りません。
お母さんが手にしているのは、半ズボンに紐がぶら下がっていて...いや、そりゃ逆さまだから、ぶら下がっているのが半ズボンだよね。
準: |
「あ、それってもしかして。ボクが小さい頃よく穿いてた。」 |
母: |
「そう、吊りズボン。」 |
準: |
「え〜!子供っぽいよ〜」 |
とか文句を言いながらも穿いてみる準くんは、まんざらでもない様子です。やっぱり、お母さんの手作りが嬉しいんですね。何気なく後ろに振り向き、背中のクロス部分の金具を引っ張って手を離し、パチンとかやってたりして...
準: |
「懐かしいなぁ。」 |
母: |
「でしょう。小学校に上がってからは穿かなくなったもんね。でもね、準ちゃんがサスペンダーすると結構似合うのよ。
この前、お姉ちゃんのスカートを穿いたときに気づいたの。
だから、吊りズボンがいいかなって思って作ってみたわけ。簡単にできちゃうし。」 |
準: |
「でも、これって縫いつけてあるでしょう?もし、ちょっと背が伸びたら、サイズが合わなくなるよ。」 |
母: |
「そこで、お母さん工夫したのよ。縫いつけてあるから取り外しは出来ないけど、ウェストには余裕を持たせたし、お父さんのサスペンダーを切って作ったから、ちょっとくらい背が伸びてもちゃんと調節できるのよ。お母さん、ちゃんと考えてるんだから」 |
なるほど、確かに背中の三角形のクロスは明らかに市販品の物です。
そして準くんには見えませんが、お母さんの後ろには切られた吊り紐とズボンに挟む金属のクリップが無惨にも転がっています。哀れ。
母: |
「それにしてもよく似合っているわ。まるでやんちゃ
小僧ね。」 |
準: |
「やんちゃって、子供じゃあるまいし。」 |
母: |
「なに言ってるのよ、まだまだ子供じゃないの...あのね、お母さんはね、準ちゃんがずっと子供のままでいてほしいって思うときがあるの。」 |
準: |
「え、お母さん?」 |
母: |
「それを穿いてるときは、『ママ』って呼んでくれる? あの頃の準ちゃんは、いつも『ママ』って呼んでくれたから。」 |
準: |
「マ..マ..?」 |
マ:
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「そうよ、いい子ね。」 |
準: |
「エヘヘ...」 |
ママはニッコリ。準くんも頬を赤らめながらニッコリ。
仕事から帰ってきたお父さんが、息子にいきなり『パパ』と呼ばれ困惑したのと、無惨な姿になった自分のサスペンダーを前に、滝のごとく涙を流していたのは言うまでもありません。
父: |
「はぁ...」 |
準: |
「パパぁ、どうしたの?」 |
パ:
|
「これ、買ったばかりで使ってないのに...」 |
おしまい
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