「蛍くん、泳げるようになった?」
準くんが、蛍くんに声をかけてきました。
「ううん、全然。準くんは?」
「息継ぎしようとしたら水飲んじゃった…」
ふたりは顔を見合わすと、はぁっとためいきをつきました。
蛍くんと準くんは、プールに泳ぎの練習に来たのです。9月に記録会があって、4年生はクロールで25メートル泳いだタイムを計測するのですが、運動が苦手なふたりは、速く泳ぐどころか、まずはちゃんと泳げるようにならないといけないのです。
「ぼくたち、だめだねえ、準くん」
「うん。25メートルなんて無理だよねえ」
「魚じゃあるまいし、泳げなくてもいいもんねー」
「そうだよねー」
「疲れたねえ。もう上がる?」
「うん。ぼくもくたびれちゃった」
蛍くんと準くんはプールから上がると、プールサイドに並んでしゃがみました。身体中が痛くて、鼻の奥がつんつんします。ふたりはもう帰るつもりで、風に吹かれて泳ぐほかの人たちを眺めています。
「あーっ」
そのとき蛍くんが、準くんを指さして言いました。
「準くん、おもらししてるー」
準くんが見ると、自分の水着から水が垂れています。
「ち、違うよー。これは水だってば」
準くんは、顔を赤らめました。
「…蛍くんこそ、おもらししたんじゃないのー?」
準くんが、蛍くんの足下を指さしました。蛍くんが見ると、大きな水たまりができています。
「や、やだなあ。してないよー」
蛍くんもほっぺを赤くしました。
「あはははは」
「あはははは」
相手のおしりから滴がしたたっているのと、恥ずかしそうにおもらし疑惑を否定しているのが面白く、蛍くんと準くんの笑い声が、プールサイドにこだましました。
「…やっぱり、もうちょっとがんばろうかな、ぼく」
蛍くんが言いました。
「ぼくも、あと少し泳いでみようかな」
準くんが言いました。ふたりはにこっと笑うと、元気にプールに飛び込みました。
見ると、25メートル先はずいぶん遠くです。そこまで足をつかずにたどり着くのは、ちょっと難しそう…。だけど、ふたりで励まし合えば、いつかはできるようになると思う、蛍くんと準くんなのでした。
蝉時雨、そして入道雲。夏はまだ始まったばかりです。
−おわり− |