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ブルコメのアルバム『クリスマスをエレキ・ギターで』は65年11月に発売されました。この65年という年を考えてみますと、ベンチャーズの来日公演が大変な反響を呼び、日本中にエレキ・ブームが吹き荒れた年でした。ブルー・コメッツがレコードに初めて単独クレジットされたのは、この65年の9月に出た『グランド・ヒット・パレード第3集』というLPですが、この時点では片面のみの収録(B面はシャープ・ファイブ)でした。このアルバムにしても、エレキ・ブームなくしては作られなかった可能性が高いのですが、クリスマスアルバムのタイトルに至っては、正にエレキ・ブームの真っ只中であったことを実感させられます。
しかし、これがブルコメにとって、初の単独フルアルバムになったのですから、当時はエレキ・ブーム様様だったに違いありません。何故ならば、ブルコメはエレキ・バンドではなかったからです。エレキ・バンドでないというのは、所謂寺内タケシ的な意味でのエレキ・インスト・バンドではないという事です。今改めてこの音源を聴いてみても、エレキ・インストという印象を持つ人は少ないと思います。つまりこのアルバムは、それこそ猫も杓子もといったエレキ・ブームの中で、偶然作るチャンスを与えられた1枚だった訳です。
もちろんバックバンドとしてはその実力を認められていたとはいえ、(レコードを出す)単独グループとしてはまだ実績ゼロに等しいですから、このクリスマスアルバムにしたところで、十分な時間を与えられて作ったものであるはずがありません。ただ、企画ものとはいっても、彼らにとっては初のフルアルバムです。これをチャンスに、少しでもグループとしてのポジションを上げたいという気持ちがあったでしょうから、全力で作ったであろうことは容易に推測されます。
また、結果的に彼らの唯一のフル・インスト・アルバムとなったのも、この'65年ならではのことです。GSとして売れた後ならば、インストではなく歌入りのレコードを作ることになったでしょうから。もしかすると、オーケストラ入りのもっとお金をかけたものになったかもしれません。それよりも、季節ものの企画アルバムを作る時間などなくなってしまったかもしれません。つまりこのアルバムは、'64年なら制作のチャンスがもらえない、'66年であれば歌入りにさせられた可能性のある、結局'65年にしか生まれ得なかったブルコメのフル・インスト・アルバムなのです。以前近田春夫氏が、グループサウンズ(GS)という言葉について、それまで寺内タケシが支配していた「エレキ」というものの世界を、「歌」というものがあるブルコメが、意味として越え始めた時期に生まれたものだった、という事を書いていましたが、正にその過渡期に作られたレコードだった訳です。
インストのクリスマスアルバムというと、ベンチャーズを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、ベンチャーズのクリスマスアルバムも'65年の発売です。当時の情報量からいっても、ベンチャーズのレコード制作情報をもとに、このアルバムが企画されたとは考えられませんから、彼らの後追いレコードではありません。ただ、寺内タケシとブルー・ジーンズが'64年にクリスマスもののEPを出していましたので、「エレキ」というタイトルから考えても、まずブルコメのメンバーの頭にあったのは、寺内タケシ的なエレキものとは一線を画すレコードにしたいということだったと思われます。これは寺内タケシが悪いというのではなく、それだけエレキ=寺内という図式が、当時の日本では強力だったということです。結果的に出来たアルバムは、タイトルからすればやや偽りありで、'66年に再発された際のタイトル『ブルー・コメッツのクリスマス』の方こそ相応しい内容となりました。
では改めて、このアルバムの選曲を見てみましょう。
01. ジングル・ベル
02. ブルー・クリスマス
03. きよしこの夜
04. クリスマスの鐘が
05. ホワイト・クリスマス
06. もろびとこぞりて
07. サンタ・クロースがやって来る
08. ママがサンタにキッスした
09. 赤鼻のトナカイ
10. メレ・カリキマカ
11. サンタ・クロースが町に来る
12. クリスマス・ウイッシュ
エレキブームに乗って、急遽立ち上がった企画だとすると、時間をかけてじっくりと作られるはずはありません。当然曲目にしたところで、綿密に計画されたものだったとは思えません。上記の曲は殆どクリスマス・スタンダードといってよいですが、何曲か不思議な選曲があります。[10]の「メレ・カリキマカ」はビング・クロスビーで有名な曲ですが、他のアーティストといわれると、それがすぐに思い浮かぶ曲ではありません。では、このアルバムの選曲はクロスビーのレコードを参考にしたのでしょうか?
この当時に出ていたクロスビーのクリスマスLPの曲目を見ますと、60年代前半に出ていた25センチLPのモノラル日本盤では、
01.ホワイト・クリスマス
02.アデステ・フィデレス
03.シルバー・ベルズ
04.アベ・マリア
05.クリスマスがやって来た
06.ジングル・ベルズ
07サンタ・クローズが町に来る
08.赤鼻の馴鹿
09.聖しこの夜
10.クリスマスおめでとう
(デッカ/テイチク JDL-2025)
しかし、「メレ・カリキマカ」は30センチLPにする際、追加された曲ですから、この60年代半ばに流通していた盤の曲目を見ると、
01.ホワイト・クリスマス
02.きよしこの夜
03.アデステ・フィデレス
04.よろこべクリスマス
05.フェイス・オブ・アワー・ファーザーズ
06.クリスマスは家庭で
07.ジングル・ベルズ
08サンタ・クローズが町に来る
09.シルバー・ベルズ
10.クリスマスらしくなって来た
11.キラニーのクリスマス
12.メレ・カリキマカ
(デッカ/テイチク SDL-10062)
JDL-2025の[5]とSDL-10062の[10]、JDL-2025の[10]とSDL-10062の[4]は同じ曲です。ブルコメのクリスマスアルバムとダブる曲は色を変えてみましたが、参考にしたとするには、あまりにも取り上げた曲が少なすぎます。したがって、基本的な選曲は別に行い、その他の曲について何枚かのLPを参考にした、その中の1枚がクロスビーだったと考えた方が自然です。
では、基本選曲を考えるときに参考にしたLPはあるのでしょうか?少なくとも、いくらブルコメのメンバーが音楽に精通してたとはいえ、あの時代にそうそうクリスマスのポピュラーソングに関する知識が豊富だったとは思えません。ですから、あの当時誰でも知っていたと思われる「ジングル・ベル」や「ホワイト・クリスマス」「きよしこの夜」等以外には、何か既存のアルバムを参考にしたと考えてもよいかと思います。
そうなると「クリスマスの鐘が」と「クリスマス・ウィッシュ」の2曲が問題になります。まず「クリスマスの鐘が」ですが、私はてっきりビング・クロスビーがDECCAで録音している曲('56年のシングルで、上記のアルバムには収録されていません)だと思っていたのですが、これが全く違うメロディーでした。この音源のライナーを書く際、私はてっきりクロスビーが歌った曲だと思っていたので、改めてブルコメのレコードを聴いて愕然としました。
そして更にまいったのが「クリスマス・ウィッシュ」。てっきり「We
wish you a merry christmas」のカヴァーだとばかり思っていたのです。しかし、これは聴いた覚えのない曲でした。しばらくぶりに聴いたので、忘れていたのかもしれませんが、原稿を書いていた夜中にこの事が発覚し、パニック状態になりました。レーベルに書いてあるのは“R.Sparks”という名前のみ。まず「クリスマス・ウィッシュ」という曲名でJASRACの検索にかけると、何曲か同名のものに混じって、権利者Randy
Sparksという楽曲が、そして歌手名に出てきたのがアン・マレーでした。急ぎアン・マレーのレコードを探して聴いてみると確かに同じ曲。次にRandy
Sparksの名を検索してアメリカのYahooで出てきたのが、この人のVerve盤レコードや、ニュー・クリスティ・ミンストレルズでの活動が・・・といった記述。これだあっ!と思いました。何故ならブルコメは日本ローカルのCBSレーベル所属、つまりニュー・クリスティ・ミンストレルズと同じレーベルだったからです。
で、ニュー・クリスティのレコードを探すと、これがありません。あんまり良く見るレコードだったのでいつでも買えると思い、まだ買っていなかったのです。ふと日本コロムビアで60年代に出した、洋楽のクリスマスのオムニバス盤LPがあったと思い、探してみるとこの曲が入ってました。確かにランディ・スパークスのことも書いてあり、実際聴いてみると、ブルコメのヴァージョン同様にハーモニカがフィーチャーされ、逆にブルコメ・ヴァージョンがオリジナル・アレンジをほぼなぞった形になっていることが初めて分った訳です。
※注以下11/22追記 こんな事を書いていながら、先ほどこのHPのクリスマスレコードリストを見ると、ニュー・クリスティのLPがちゃんと載っているではありませんか。確か自分で買ったものではなく、もらったものだったので記憶に薄かったのだと思いますが・・・。ジャケットも思い出しました。つまり、どこかにはあるはずなんです、部屋のどこかには。
実際手持ちのレコードをいろいろ探してみましたが、この曲のカヴァーが殆どなく、先に挙げたアン・マレーの'81年のものと、森山良子が'69年に出したクリスマスアルバムでカヴァーしていた位です。森山が取り上げたのは、当時のフォーク歌手としての活動の流れからだと思いますが、ブルコメとニュー・クリスティの音楽的接点というのは、同レーベルであったという位しかありません。ですから、このアルバムの選曲に当っては、CBSのアーティストのアルバム、またはオムニバス盤を参考にした可能性が高いのです。
ではCBSのアーティストで「クリスマスの鐘が」を演っているのは・・・、ジョニー・キャッシュ!レコードを探して聴きました。この曲でした。しかし歌詞はクロスビーのものと同じ。改めて調べてみると、この曲の歌詞は有名なワーズワースの詩であり、これに付けたメロディーが何種類か存在するとのこと。クロスビーの方の作曲は、「赤鼻のトナカイ」でもおなじみのジョニー・マークスでした。
ハッと思ってニュー・クリスティが入っていたオムニバス盤を見ると、ジョニー・キャッシュのこの曲も入ってました。ブルコメのヴァージョンもサックスがメロディーをとるしっとりとしたアレンジで、先の「クリスマス・ウィッシュ」と共に、この2曲がロックっぽいアレンジではないことも、おそらく知名度の低いメロディーをロック・アレンジにしても、面白さが伝わりにくいという配慮だったのではないかという気がします。
ニュー・クリスティと同様に、ジョニー・キャッシュもまたブルコメと音楽的接点の多いアーティストとは言えません。ですから、ブルコメのクリスマスアルバムの選曲というのは、多分にCBSのクリスマス・コンピレーションを参考にした可能性が高いのではないかと考えました。生憎と手元にあるCBSレーベルの日本盤クリスマス・コンピレーションLPは'63年や'64年のものではなく、'65年のものでした。同年のLPとなると、これを丸ごと参考にしたとは考えにくくなりますが、とにかくこのLPの曲をみると、
『オールスター・クリスマス』
01. ジングル・ベル/ミッチ・ミラー合唱団
02. ホワイト・クリスマス/アンディ・ウィリアムス
03. ウィンター・ワンダーランド/ドリス・ディ
04. 神のみ子はこよいしも/フランク・シナトラ
05. クリスマス・ウィッシュ/ニュー・クリスティ・ミンストレルス
06. クリスマス・ソング/アンドレ・コステラネッツ管弦楽団
07. きよしこの夜/パーシー・フェイス
08. 赤鼻のトナカイ/レイ・コニフ合唱団
09. ああベツレヘムよ/マヘリア・ジャクソン
10. サンタ・クロースが町に来る/S・ローレンス&E・ゴーメ
11. クリスマスの鐘が/ ジョニ―・キャッシュ
12. 蛍の光/ミッチ・ミラー合唱団
(CBS/コロムビア YS-520-C)
と、さっきのクロスビーのLPよりは、まだこっちの方が合致する曲が多くなります。クロスビーのアルバムでダブった曲で、こちらに入っていないのは「メレ・カリキマカ」だけですから、上記の7曲と合わせて8曲。では、その他の曲を挙げてみると
「ブルー・クリスマス」「もろびとこぞりて」「サンタクロースがやって来る」「ママがサンタにキッスした」の4曲です。
棚からCBSではなくコロムビアの'64年のLPで、『踊るクリスマス』というのが出てきましたが、これには12曲中、先の『オールスター〜』の7曲から「クリスマス・ウィッシュ」「クリスマスの鐘が」を除いた5曲に、上記のダブっていなかった4曲が入り、計9曲がブルコメのLPとダブります。CBSといえばフランク・シナトラを忘れてはいけませんが、シナトラのクリスマスLPでは逆に「Have
Yourself A Merry Little Christmas」や「Let
It Snow!」を何故外すのかが説明出来ません。ですから、シナトラのLPは特に選曲時には使用しなかったと、私は推測するのですが。
逆にこれはどうしても参考にせざるを得なかったはずのLPが1枚あります。エルヴィス・プレスリーのクリスマスアルバムです。エルヴィスのアルバムの1曲目、「サンタが町に来る」。このイントロの部分、ジョーダネアーズのコーラスパートも含めて、ブルコメは「ホワイト・クリスマス」のイントロに使用しています。
ブルコメのLPで使用されたいろいろな曲のリフ、例えばビートルズ「ア・ハード・デイズ・ナイト」(「ブルー・クリスマス」)、ストーンズの「テル・ミー」(「きよしこの夜」)、DC5「シンキング・オブ・ユー・ベイビー」(「サンタクロースがやって来る」)、トーネイド―ス「テルスター」(「ママがサンタに〜」)、キンクス「ユー・リアリー・ガット・ミー」(「赤鼻のトナカイ」)のように、ジャズ喫茶で演奏したであろう曲と違って、このエルヴィスのクリスマスブルースは、普段彼らが演奏したとは思えません。
ですから、アレンジの参考にしたという意味では、このエルヴィスのLPが誰かの手元にあったか、それとも選曲にあたって資料として取り寄せられたかの何れかと思われます。そうやってこのLPを見ると、A面で「サンタが町に〜」の後、「ホワイト・クリスマス」、そして「サンタクロースがやって来る」と続きます。当然「ブルー・クリスマス」も収録されていますし。
これらのことをまとめると、ブルコメのクリスマスアルバムの選曲については、自社のCBSレーベルの'63年か'64年のクリスマス・コンピレーションLP、それに定番的なレコードとしてビング・クロスビーとエルヴィス・プレスリー、この2枚を加えて行われた、ということになります。加えて「ママがサンタに〜」「ブルー・クリスマス」の2曲は、エミー・ジャクソンが出したシングルのバッキングがブルコメだったことも関係しているはずです。
まあ、だからどうしたと言われると、そこで終わってしまう話ですが、ブルコメのメンバーやディレクターの泉氏が、ああだこうだとその当時手元にあったクリスマスLPを見ながら(聴きながら)曲を決めていったんだろうと考えると、三十数年後にこうしてボックスセットのライナーを書くなんて夢にも思わなかった私としては、今こうやって自分のクリスマスアルバムのコレクションを見ながら、その時の現場を妄想的に考えている事が、何とも可笑しく思えてきてしょうがないのであります。
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