光合成と共生

 Cyanobacteria(藍藻類)という原核生物が真核生物に取り込まれて、共生関係になり、葉緑体になったということは、多くの皆さんがご存じのことだと思います。この結果、単系統と考えられていた植物分類やその植物界観が、だいぶ変わっていったので、アクアリスト向けに、その概論を書いておきたいと思います。

 

A)Cyanobacteriaの成立まで

 先ず、前論として初めての酸素発生光合成生物であるCyanobacteria(藍藻類)の成立までを述べます。

 最近の考えとして、生命は以前考えられてたような浅い海辺で誕生したのではなく、深海の熱水の元でその化学生産物を利用して生まれたという意見が主流になってきました。
 無機物から有機物を作る独立栄養生物もそのエネルギー源として、イオウ、硫化水素、鉄、マンガン、水素、メタン、などさまざまの物質を利用する多様な細菌の化学進化が、長い年月をかけて深い海の底で進んでいきました。
 基質の酸化によって分子の励起状態を得、これをRuBisCOという酵素によって二酸化炭素を有機物合成に取り組むいわば光合成の暗反応にあたる過程はここで完成されました。

 化学合成細菌の中でもイオウ、硫化水素は得られるエネルギーが大きく、分子の励起が光によって行われる条件にもっとも合っていました。硫黄細菌はやがて、光の射すところに進出していき、エネルギー源として、光もイオウも両方取り扱える生物となりました。
 この中で、光エネルギーでプラストキノンまでを還元する「光化学系K」(第一電子供与体としてP680を使用)の反応は、今の紅色細菌や緑色糸状細菌に受け継がれています。また、第一電子供与体としてP700をを使用する「光化学系J」は現在緑色イオウ細菌やヘリオバクテリアが使用しています。(これらイオウ細菌は私達の水槽にもいます)
 光化学系Jと光化学系Kは嫌気的条件でそれぞれ非酸素発生型光合成として完成されてゆきました。その後、光化学系Jと光化学系Kとがシトクロームbf複合体で連結された形で行われる光合成が誕生しました。この新しい光合成は好気的環境で水から酸素発生を伴う光合成です。この光合成は、それまで、別々に進化してきた二つの光合成回路を持つ細菌の共生、合体あるいは遺伝子の導入によって可能になったと推察されています。ここにおいて、その後に全ての葉緑体の元となった、また、現在においても独立して水と二酸化炭素から光エネルギーを使って酸素と有機物を作り上げるCyanobacteriaの誕生となったのです。
 より効率的なエネルギー固定を行うCyanobacteria(藍藻)の誕生によって世界は酸素に満ちた好気的世界へと変わっていきました。

B)真核生物との共生

 真核生物は先ず従属栄養生物として誕生しました。光合成細菌をはじめ各種細菌類を貪食していました。(細胞膜のくびれから内部に取り込み、ライソゾームと癒合させて消化する)
 そのうち、取り込みはしたもののすぐには消化せず、細菌が出す有機物をしばらく利用してからその後に消化するという方法を採るものが現れました。細菌を利用する時間が増え、やがて、真核生物が次世代を残すときにも親から子へ有用細菌を伝えるところまで共生が進んだとき、両者は運命共同体となったのです。この取り込まれた細菌のうち酸素呼吸に長けた好気性細菌はミトコンドリアとなり共同体のエネルギー産生を一手に担い、Cyanobacteriaは葉緑体へと変わっていったのです。葉緑体を持った共同体は「植物」と呼ばれるようになりました。真核藻類の誕生です。
 この共生成立は何回も独立して起こったようです。現代においても、共生が進行中の組み合わせもあります。このため、植物は単起源ではなく、共生をはじめた数だけ、多起源なのです。

 ミトコンドリと葉緑体は一部自前の遺伝子を残していますが、光合成色素など今では光合成に必須の物質まで、真核生物に作ってもらうようになりました。このため、光合成色素の違いにより、「藻類」の分類ができます。また、光合成産物をどのような有機物として保存するかも重要な分類点です。
 なお、遺伝子まで真核生物に譲り渡したミトコンドリアと葉緑体ですが、細胞膜だけは自分のものを持っています。細胞内に自前の膜を持った細胞内小器官は昔は独立した別の生命だったのです。

 

C)分類

1)クロロフィルa、bを持つもの。(葉緑体は2枚の膜を持つ)

 a)緑藻植物門(α-1,4グルカン:デンプンとして有機物を保存)
  :緑藻類と陸上植物
 
 b)ミドリムシ植物門(β-1,3グルカン:パラミロン)

 c)クロララクニオン植物門(β-1,3グルカン:ラミナリンまたはクリソラミナリン)

 d)原核緑藻門(ただし、この門は原核生物)

2)クロロフィルaとフィコビリン(rまたはbフィコエリトリン、rまたはbフィコシアニン)を持つもの。(葉緑体は2枚の膜)

 a)紅色植物門(α-1,4グルカン:紅藻デンプン)
 :サンゴ藻のなどの石灰藻やノリなどはここに入ります。

 b)クリプト植物門(α-1,4グルカン:クリプトデンプン)

 c)灰色植物門(α-1,4グルカン:藍藻デンプン)

 d)藍藻植物門(α-1,4グルカン:藍藻デンプン)(ただし、この門は原核生物)

3)クロロフィルa、cとフコキサンチンを持つもの。

 a)不等植物門(β-1,3グルカン:ラミナリンまたはクリソラミナリン)。(葉緑体は4枚の膜を持つ)
  :黄金色藻類綱、褐藻綱(コンブ、ホンダワラ、など)、珪藻綱などをを含む

 b)ハプト植物門(β-1,3グルカン:ラミナリンまたはクリソラミナリン)。(葉緑体は4枚の膜を持つ)

 c)渦鞭毛植物門(α-1,4グルカン:デンプン)
  :褐虫藻(Symbiodinium属など)や夜光虫(Noctiluca scintillans)を含む
  このグループは半分の種は補食生物で葉緑体を持たず、残りの種も葉緑体は様々な藻類を取り込んで作り上げています。

4)クロロフィルa,cとフィコビリンを持つ
 a)クリプト植物門

 

D)多重共生(クロミスタ界)

 3)のa)不等植物門とb)ハプト植物門は葉緑体が4枚の膜を持つことより、一度原生動物とCyanobacteriaが共生関係を成し植物となった後、又別の動物と二重共生をして成立した生物群です。このため、この生物群を植物界に入れず、クロミスタ界と呼んで区別する人もいます。すると、コンブはクロミスタ界の住人で、植物ではないことになります。また、起源にかかわらず、葉緑体が細胞質遺伝するする生物を「植物」と考える考え方もあります。
 好日性サンゴにおいても褐虫藻と共生しているので、多重共生となります。もし、褐虫藻がサンゴ誕生の時、親から受け渡されるようになれば、(一部そのような報告がある)「葉緑体が細胞質遺伝をするものが植物」という定義に従うと、好日性サンゴは「動物」ではなく、「植物」に分類されてしまうかも知れません。
 細胞内器官の共生説がほぼ真実の仮説と考えられる今、従来の「動物界」・「植物界」という概念も変わって来つつあります。

 なお、シャコガイ類では褐虫藻は細胞内になく、カナル(運河)で繁殖し、シャコガイの栄養摂取も褐虫藻から有機物をもらうというのではなく、増えた褐虫藻を直接食べるので、今のところ、シャコガイは「植物」ではありません。

 また、渦鞭毛植物とクリプト植物は今もさらなる多重共生が進行している種を含んでいます。