熱水系生物

A)生命誕生

 光合成と共生のところでも述べましたが、生命の誕生は以前考えられていた、浅海ではなく、熱水の噴出する深海がその舞台という考えが有力になってきました。潜水調査船「しんかい6500」は現在も続く熱水の噴出と、それに生命の基礎をおく生物群集の姿を映像で伝えてくれています。

 海底熱水噴出孔では高温と低温が近接して共存し、高温で作られた高分子が低温部で保存され易いという性質があります。また、鉄やマンガン、亜鉛、銅といった重金属を多量に含んだ熱海水は無生物的にアミノ酸を合成できます。古代の熱水噴出孔は生命誕生の条件をこのようにして整えてくれました。現在の熱水環境でも110〜115℃で生存できる超高熱細菌が見つかっています。リボゾームRNAの解析でこの超高熱細菌が最も原始生命体に近いのではないかと推測されています。

 一般の細菌とは幾分性格の異なる細菌群に古細菌というグループがあります。最初、細胞壁がなかったり、高熱の場所で発見されたりしたので、より原始的な細菌という意味で古細菌と名付けられたのですが、この古細菌こそ、現在の有核生物の祖先に近いのではないかと目されています。私達を含む真核生物のDNAは真正細菌より古細菌に共通部分が多く、DNAが真正細菌のように裸ではなく、タンパク質の周りにヌクレオソームというビーズ状の形態をとることも似ています。高熱環境の原始生物から原始古細菌と真正細菌が分かれ原始古細菌は現在の古細菌と有核生物の祖先を生み、この有核生物の祖先が真正細菌である好気性細菌やシアノバクテリアと共生関係を作って、現在の有核生物の誕生となったという筋書きが、今、最も確からしい真正細菌、古細菌、有核生物の歩みと考えられています。熱水噴出口に生存する超高熱細菌とメタン生成細菌はこの古細菌に属します。

 原始生命→真正細菌(好気性細菌、シアノバクテリア、現生細菌)
   ↓             ↓共生    ↓共生 
 原始古細菌→真核生物(ミトコンドリア、葉緑体)
   ↓
 古細菌 

 

B)現在の熱水プルーム

 マグマだまりの上に海底から熱水を吹き上げる熱水プルームという湧き出し口があります。海底にしみこんだ海水は地殻中をマグマの熱に暖められながら、熱水プルームの煙突:チムニーから湧き出ます。全ての海水は数千万年の周期で、この熱循環を通ります。この間に、マグネシウムや硫酸イオンは取り除かれ、マンガン、鉄などの重金属と硫化水素などが海水に付け加えられます。海底に沈殿したデトリタスは0.05パーセントと微量ですが有機物を含み、これはメタンなどになって噴出海水の有機質成分となります。

 硫化水素は最も大事な熱水系生物のエネルギー源でありイオウ酸化細菌が利用します。海で行われる光合成全量と比較すると千分の1にしかなりませんが、深海における有機物供給の10パーセントに相当します。また、メタンはメタン酸化細菌が海水中の硫酸イオンと反応させて、エネルギーを取り出し、その生成物の硫化水素はイオウ酸化細菌が利用します。このメタン細菌の硫化水素産生のおかげで、硫化水素が無くても海底に有機物が供給されればイオウ酸化細菌を中心とした生態系が営まれます。

 イオウ酸化細菌の作る有機物を出発点として、多細胞生物も熱水プルームに存在します。「しんかい6500」には環形動物である、チューブワーム、軟体動物であるシロウリガイなどが密集して棲んでいる映像が捉えられていますが、これらは体内にイオウ酸化細菌を住み着かせ、その産生する有機物で生きています。シロウリガイでは、この共生細菌はミトコンドリアのように母系遺伝するようです。また、厚く形成されたイオウ酸化細菌のバクテリアマットにはそれを食べる甲殻類のユノハナガニが群がっています。

 海洋底には鯨類の骨が点々と沈んでいます。その巨大な骨の中には大量の脂肪が含まれています。この脂肪が嫌気性細菌に利用され海水中の硫酸イオンから硫化水素が作り出されます。この結果、鯨の骨の周りに小さい硫化水素生態系が誕生することがあります。これは硫化水素利用生物にとっていわば「オアシス」でしょう。
 水槽でも、嫌気部に有機物が持ち込まれると硫化水素の発生を見るのは、上で述べた細菌の働きによるものです。生物誕生の初期に生まれた化学合成細菌は、今でも熱水プルームや水槽にさえ存在して大きな役張りを果たしています。

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