胃癌

 A)危険因子と前癌病変

 日本人の全死亡原因の第一位は悪性腫瘍です。肺癌がその第一位になりましたが、第2位の胃癌もまだまだ多い癌です。ただ、最近は早期胃癌で発見される例が増え、肺癌では癌患者数とその死亡者数は近い物がありますが、胃癌では患者より死亡者はぐっと少なくなります。これは早期胃癌患者はほとんどが助かるためです。

 その胃癌の危険因子として最も重要なのは年齢です。これは避けることの出来ない宿命ですが、ある年齢に達したらば、スクリーニング検査を受けるべきであるということを示しています。一般的に言って日本人では40歳を過ぎたら、検査の費用効果比が費用<効果となります。

 確かな胃癌の危険因子として、ピロリ菌(Helicobacter pylori)がWHOで認定されました。とはいっても、ピロリ菌は日本人では若年者には少ないものの、40歳以上の人では80%近くが感染しており、もちろんこの全ての人が胃癌になるわけではありません。また直接この菌が発癌させるわけでもありません。ピロリ菌感染は長い時間かかって、胃の粘膜を萎縮性胃炎という状態にしてしまいます。萎縮性胃炎とは胃が小さくなるわけではなく、粘膜が厚さを失うことで、紅白まだら状に薄くなった胃粘膜として内視鏡で観察されます。いわば胃の粘膜の老化とでもいうべき変化です。萎縮性胃炎自体は良性の変化ですが、これがより萎縮がすすみ、胃粘膜が腸の粘膜に似てくると腸上皮化性といって胃分化癌の発生母地になります。
 胃の消化酵素にペプシンがありますが、この前駆物質であるペプシノーゲンに、JとKがあり、萎縮性胃炎が進むとこのKが血中により増えてきます。胃検診として血中ペプシノーゲンを計り、ペプシノーゲン:PGJ/Kの低下は萎縮性胃炎、胃癌の高危険群として二次検査をするスクリーニングが最近登場しました。
 ピロリ菌は胃潰瘍の再発危険因子であり薬で除菌できますが(胃潰瘍、十二指腸潰瘍参照)、胃癌の危険因子として、除菌すべきかどうかはまだ結論が出ていません。

 次に疑わしいのは高塩分食です。食塩摂取の総量は高血圧に関係してきますが、胃の粘膜は総量より一部の食品でも非常にしょっぱいものでダメージを受けます。魚のヌメリ取り(粘膜はぎ)のイメージです。直接の証明はありませんが、過去アメリカでも胃癌が最も多い癌だったのですが、冷蔵庫が一般に普及し、塩蔵肉からステーキに食肉が変わってから胃癌は激減しました。日本でも塩分摂取量の多い地域は胃癌多発地域でもあります。この事からも、高塩分の食品を避けることは胃癌の防止に役立つと考えられます。

 次に上げなければならないのは喫煙でしょう。タバコは肺癌の危険因子として有名ですが、全癌の発癌原因として1/3を占めており、単独の原因としては最大です。喫煙率の低下が、最も費用効果比の良い癌対策です。

 なお、胃潰瘍は胃の前癌病変ではありません。胃癌との鑑別が時に問題となるだけで、生検で良性の胃潰瘍が癌化するとはありません。

 胃ポリープでは過形成性のポリープと腺腫がありますが、良性組織が盛り上がった、過形成性ポリープは癌化しません。胃の腺組織が増殖した腺腫性ポリープではその切除例中の15パーセントに組織内癌が認められ、また経過観察では悪性化率は5.2%あります。

B)早期癌

 粘膜内にとどまる、粘膜内癌(m癌)と粘膜下層までの癌(sm癌)を早期癌と言います。m癌は5年生存率94.5%、sm癌は93,2%と高い数字の治癒が望めます。
(sm癌は最近内視鏡治療のかねあいでsmを三等分し浅い順にsm、sm、smと細分類することもあります。)
 早期癌は以下の形に分類されます。これによって、治療法が異なることもあります。

 早期癌は特有な症状はありません。付随する胃炎などによって、胃もたれや、胃痛などがあることがあります。萎縮性胃炎は胃癌の発生母地ですので、胃炎症状で来て、早期胃癌が発見されることが良くあります。40歳以上で、胃の危険因子を持つ人は健診でも、消化器外来でも積極的に胃の検査を受けて下さい。

C)進行胃癌

 固有筋層以深まで癌が浸潤した胃癌を進行胃癌と言います。五年生存率は固有筋相までの癌(mp癌)が84.3%、漿膜下層に達した癌(ss癌)65.4%、漿膜を破った癌(se癌)が28.8%、直接多臓器に達した癌(si癌)が4.8%です。
 進行胃癌の分類は下に示すボールマン(Borrmann)の分類が用いられます。一般的に分化度の高い(正常組織に近い細胞組織構造の)癌は1,2型を取り、分化度の低い(悪性度の高い)癌は3,4型を取りやすいです。4型の癌はスキルス癌ともいい、若年者に多い進行癌で、非常に進行が早く癌細胞がばらまかれるように広がり、数カ月で胃全体や腹膜にまで浸潤することがあります。 

 進行胃癌の症状は多彩です。全く無症状の人から、心窩部不快感、、悪心や、胃の出口である噴門部(胃と食道の境界)付近の癌では嚥下傷害、出口である幽門部(胃と十二指腸の境界)では強い膨満感感や嘔吐が出現します。また、穿孔や、大血管浸潤では突然ショック状態となることもあります。

D)検査

 スクリーニングとしては集団検診があります。胃の造影検査が有名ですが、先に述べた、採血で分かるペプシノーゲンで萎縮性胃炎の人を二次検査に回す方法もだんだん一般化してきました。
 二次検査と有症状の人は胃内視鏡検査です。この検査では組織を直接採取して、良悪性を判断したり、C)D)で述べた肉眼分類を行います。
 細胞の良悪性はGroup1〜5までに分類されます。1は良性、2は炎症による変化で非悪性、3は良悪性の中間、4は悪性が疑われるもの、5は悪性の細胞です。4,5はこれから述べる何らかの手術療法の対象となります。3は良性に近い3a、4に近い変化がある3bに分けられることがありますが、低侵襲の治療(内視鏡による粘膜切除など)か頻回の胃内視鏡再検査が必要で、放置は出来ません。
 その他、癌が確定すれば他の臓器への浸潤を見るためのCTや超音波検査。癌の深さを調べる超音波内視鏡検査などが必要になります。

E)治療

1)内視鏡的胃粘膜切除術(EMR)
 内視鏡で、癌の存在する粘膜だけを取って胃を切除しない治療法です。粘膜切除後1,2ヶ月潰瘍治療に準じた服薬をするだけで、術後の生活は全く今まで通りです。もちろん手術痕も残りません。適用は20mm以下の隆起型、あるいは潰瘍を伴わない分化型のm癌(粘膜癌)です。粘膜切除の手技の進歩によって対象が、より広い癌にも適用されるようになってきましたが、あくまで、リンパ節転移がない、あるいは可能性が非常に少ないと考えられる早期胃癌に対して行われます。

2)腹腔鏡下胃局所切除術
 腹壁に小さい穴を3,4つほど開け、腹腔内で手術するための操作器具を挿入し、胃の局所切除を行う手術です。1)内視鏡的胃粘膜切除術:EMRと同じく、リンパ節転移がない症例で、EMRで取るには大きすぎる癌に対して行われます。基本的には粘膜癌(m癌)が対象です。

3)腹腔鏡補助下胃切除術
 腹腔鏡下に、胃の周囲の切除を行い、腹壁の5cm程の小切開から胃を体外に出し、胃切除と胃周囲のリンパ節郭清(郭清とは癌細胞が転移している可能性のあるリンパ節をその周囲ごと取り去る手技)を行う手術療法です。対象は粘膜下層までの早期癌(sm癌)で、癌発生場所によっては開腹手術が必要になることもあります。

4)縮小手術(以下開腹手術)
 やはり、胃周囲のみのリンパ節にしか癌細胞が及んでいないと考えられる早期胃癌が対象です。胃全摘手術、または部分切除に胃周囲のリンパ節郭清を行う手術です。

5)標準手術
 広範囲胃切除に加えて、2群リンパ節(胃の周囲ばかりでなく、その周りの転移しやすいリンパ節まで)郭清を行う手術です。他臓器に浸潤のない、かつ腹膜に転移がない進行癌に対して行われます。

6)拡大手術
 遠隔転移が無く、直接浸潤のみ(膵、脾、横行結腸、肝)の場合や腹膜播種のないスキルス胃癌(Borrmann4型進行癌)に対して行われる手術です。

7)姑息的治療手技
 姑息と書きましたが、姑息な方法という意味ではなく、癌を取り去ることは出来ないが、今苦しい状態を改善する方法です。例として、癌で消化管閉塞を起こしたら、癌を全て取り去ろうとはせず、閉塞部のみを切除したり、バイパスを作ったりする方法です。

8)化学療法
 消化管の癌は抗癌剤が効きにくいものが多いのですが、分化度の低い(悪性度の高い)癌は逆に抗癌剤に反応しやすい物が多いので、抗癌剤の組み合わせ療法が行われることがあります。