破壊者

 「紅海」は元々は「藻の海」と呼ばれていたそうです。音が似ていて誤訳されたとも、赤い藻の海が縮まったとも言われています。この「藻の海」はさらに古くは「マングローブの海」の意味だったそうで、古代文明が誕生した頃は、紅海はマングローブが生い茂る緑豊かな海辺だったようです。
 人類が自然に対して大規模なインパクト:破壊を与え始めたのは、農耕・牧畜の誕生からなのは良く知られています。チグリス・ユーフラテス、ナイル流域に農業を下敷きにした文明が起こると、その文明はレバノン杉を切り倒し、それで船、神殿を造り、その跡地で農業を拡大しました。マングローブは燃料として使われ紅海から消滅してしまいました。
 「ギルガメッシュ叙事詩」は農耕・牧畜で強力になった中近東の覇者、ギルガメッシュが狩猟採集・森林生活の象徴:フンババを殺し森を滅ぼす物語です。この森林破壊は北上を続け、紀元後にはブリテンの鬱蒼としたブナ林も消滅させました。

 東で起こった文明も大きな自然破壊をもたらしました。黄河上流の黄土高原も元々ブナ科植物が生い茂る緑の山だったのが、数千年の森林伐採・表土流出でほとんど黄色い禿げ山です。「黄河」は昔、長江(揚子江)のように透明な水だったのが、洪水期以外にも常時起こる土砂の流入で濁り、黄色い河:「黄河」になったのです。最近は長江も「黄河化」してきているようです。

 日本では、奈良・平安の頃より、「自然景観」として松林が好まれるようになりましたが、これは当時の先進国中国、朝鮮が土地の酷使により、貧栄養土壌で育つ「松」しか生えなくさせてしまった風景を「先進文明国の自然景観」として憧れたためです。程なく、特に西日本の山は「松だらけの山」になり、その「憧れ」はかないました。
 現在、松枯れ病が流行っています。これは第一にはアメリカから進入した、マツノザイセンチュウが原因ですが、元々尾根などにぽつんぽつんと離れて生えていて、やせた土地には強いが病害虫には弱い松を密植し、戦後の山利用の変化で下草を繁らせ富栄養状態に置いたのですから、病気が流行らない方が不思議です。
 薬剤散布までして、不健全な松山を残す意味は私は無いような気がします。アメリカに別種の木ですが線虫で大被害が広がったとき、途中で防除を止めたら、個体密度が下がってかつ、病気に強い個体が生き残り、線虫による枯れは自然消退していきました。

 1万年前に農業が誕生してから、人類は自然破壊者となり、その範囲も広げてきましたが、1千年ほど前、その農業に東西両文明で持続的土地利用の完成がありました。
 ヨーロッパでは三圃式農業といい、小麦栽培、放牧、窒素固定を行うマメ科植物を生やしての休耕、この3形態を輪番させて土地の疲弊を防ぐ方法です。
 日本では里山と水田の組み合わせです。山の広葉樹を枝打ちして薪とし(根、株は残してヒコバエとして再生させる、これの代表がオオクワガタの発生木:台場クヌギです)、葉は緑肥とし、山から蛇行させた水路を水田に引き、これにゴミ・排泄物のリサイクルを加えるという方法です。これで1千年以上も土地を痛めずに水田として利用できるようになりました。なお、水を山から引き、川に戻すことは土地のリフレッシュになるばかりでなく、水没すると生きていられない植物の除草、除虫にも大きな効果があります。

 この安定を破ったのは産業革命です。イギリスに於いて動力による紡績が発明されると、羊毛を取るため羊が農地から人を追い出し、食料は新大陸を耕地化して手に入れるようになりました。窒素も空中窒素固定で化学肥料が作られるようになると、地球上で最大の窒素固定者は人類となり、地球全体の不富栄養化に歯止めがかからなくなりました。そして、化学合成した難分解産物の最終蓄積場所は海です。

 ところでDivingやMarineAquariumの意義とはなんでしょう? 陸と異なり、今まで人類の力が及ばなかったため、歴史時代になっても原初の形態を変えずにいた海も人の環境改変作用を受けるようになったのが現代です。しかし、陸上生物たる人類は陸上の変化は眼に見えても、海中はつい最近まで未知の世界でした。
 Divingが行われず、MarineAquariumが無かったら、人類は原初の海の美しさを知らず、海の生物がなにが苦しいのか理解できず、それが壊れていくのに気づかず(存在すら知られず)、海の自然を失ってしまったでしょう。
 海中環境をも変えてしまう存在となった今、人類は海のルールの理解とその生態系について責任を担わざるを得なくなったと思います。

 なお、私の個人的感想ですが観察者としても狩猟採集をしていた人と初めから観察のみの人とではものの見え方、感じ方に多少違いがある気がします。漠然と見るより、自分の注意を惹いて止まない生き物を中心に据え、その変化と周りの環境を観察することで、今まであるのに見えていなかったものが見えてくるようになると思います。MarineAquaristがDivingをする意味がここにあります。
 一般に、狩猟採集者に比べて、土地を改変して使う人は自然破壊に疎いところがあります。(ブルドーザーで山を崩し、海を窒息させた人が、昆虫採集、海産物採集を非難する事はよくあります。)アフリカでは狩猟採集者は数百の生物を食料のリストに挙げ、その何倍もの生物を知っていますが、アフリカ、ヨーロッパ、中近東の農耕者は利用生物が十分の1以下なので一般の人の生物に対する知識は貧弱になります。アジアの農耕者は最近まで採集という自然利用を残していたので西洋より里山の生き物に詳しい存在です。

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