地下生物圏

 最近、地下生物圏(Deep Biosphere)が話題を集めています。2つの科学雑誌でも相次いで紹介がありましたので、概略お伝えしようと思います。

参考文献
日経サイエンス1999年9月号
科学(岩波書店)Vol.69 No.9 Sep 1999

 今までは、地下は高温、高圧で生物棲息空間自体がほとんどないのではないかと考えられ、大量の生物がいるとは思われていませんでした。たまに地下掘削材料から細菌が出ても、地表付近での混入と見なされていました。

 この考えが変わったのは、深海底の熱水噴出口の生物研究の発展です。熱水中には硫化水素を食べる細菌が大量に含まれており、それを中心とした食物連鎖のピラミッドが形成されている事が深海探査で明らかになりました。この硫化水素食の細菌は熱水が海中に出てから取り付いたのではなく、地下深くから、熱水と共にやってきたことが分かりました。また、生命自体が海面近くで誕生したのではなく、深海の100℃以上の高温、嫌気環境で化学細菌として生まれたという考え方に変わってきました。最初の生命は地下深くからもたらされる硫化水素と、上の海水からもたらされる鉄を材料として、黄鉄鉱(FeS2)を作るときに得られるエネルギーを糧としていきる生物だったのではないか?というのが今最も有力な説です。

 また、地表の細菌混入を避けながら採取された、地下840mの深さの花崗岩の岩盤から細菌が見つかりました。この深さでも岩石には空隙があり、地下水がそこに存在し、細菌がその水にいたのです。その上、地表から、だんだんと細菌が少なくなるのではなく、各深さとも地下水1m当たり105〜106個の細菌がいたのです。鉄還元細菌や鉄酸化細菌、硫酸還元細菌がその地下環境に合わせ地下生物圏を形作っていました。

 現在、地下5000mまでは生物が存在し、そのバイオマスは1兆トン、多い見積もりでは200兆トンにも達するのではないか考えられています。陸上と海中のバイオマス総量が1兆トンですから、今地表や海中で見ている生物量と同じかその200倍もの地下生物が今まで人間に知られずに存在していたのです。

 太陽系形成時に宇宙の分子雲由来のガスが地球内部に閉じこめられ、これを利用する地下生物圏での生物代謝が石油や天然ガスのもとになっているかもしれません。水素源が非常に豊富な環境では嫌気性細菌によって二酸化炭素までが還元され、メタンが生じます。こうしてできたメタンが上昇し、深海底部にメタンハイドレートとして蓄えられています。(メタンハイドレート:メタン分子と水分子が250気圧10℃以下の深海環境で氷状の結晶を作り存在している)

 メタンハイドレートは膨大な炭素・水素源で、四国沖にある南海トラフのメタンハイドレートだけで我が国の天然ガス100年分に相当します。全世界では大気中の二酸化炭素の16倍の炭素がメタンハイドレートとして蓄えられていると推定されています。このメタンハイドレートは過去に地球気候に大きな影響を与え、また与えられてきました。メタンハイドレートが氷河期、間氷期の交代に大きな役割を果たしてきたことは容易に推察されます。

 現在ジョイデス・レゾリューション号が深海掘削を行っています。これに引き続き国際深海掘削計画(OD21:Ocean Drilling in the 21st Century)が進んでおり、この計画では直接マントルまで掘削し、資料を採取することも考えられています。
 また、液体の水と火山活動の存在が確実視されている木星の衛星エウロパ、数十億年前の火星にも同様な生物圏を成立させる条件が考えられ、地球外生命を考えるときに地下生物圏は重要なヒントを与えてくれる存在です。

もどる