色覚

 よくアクアリストはサカナや、サンゴの色を話題にしますが、このページはその色を関知する人間側の要素についてです。みなさんも子供の頃、今見ている形や色が他の人も同じに見えているのか、あるいは自分とは全く違うものが話し相手の脳裏にあるのか疑問に思ったことはありませんか?
 昆虫類、特によく研究されたミツバチでは人間の「赤」は見えず、緑、青、紫外線色(人には関知できない)の三原色と紫外線の偏光という人間には認識できない視覚をもっています。ミツバチは曇っていても空を見ると太陽の方向が「空に書いてある」のです。
 偏光感知能力は別として、人とは違う三原色で成り立つ植物と昆虫の世界は人間の認識する色とはずいぶん違うようです。花を紫外線でうつる写真で撮ると、ハチのもっとも良い止まり場所、密の在処を示す矢印などが花びらに浮かんできます。人には白、黄色などのぼんやりした色にしかか見えなくても。
 ハチ以外にも訪花性昆虫の多くはこのタイプの(紫外線色の見える)色覚が多いので、野生の花の場合、そのほんとの美しさを人間は知らないかもしれません。
 チョウも紫外線が見えて、赤が見えないのが普通ですが、アゲハ類だけは人とよく似た赤、緑、青の三原色のようです。赤いネットでアゲハをねらうとチョウの方から近いてくることがあります。赤い色をした花はアゲハの仲間を送粉者としている場合が多くあります。また、椿も赤いのですが、これは昆虫の少ない冬にメジロなどの鳥で花粉を運んでもらうために赤いようです。
 色覚は体色にも影響します。シロチョウ科のチョウは白と黄色が主で、赤を持つものは体内に有毒成分を持つ種の警戒色以外にはありません。(そのかわり紫外線でしか認知できない「色」を持っていますが)
 また、サカナ、鳥やトカゲなどは様々な美しい体色を持っていますが、霊長類を除けば1,2色の色覚しか持っていない哺乳類の体色は白、茶、黒を基調としたとした地味な色合いで、赤や緑、青などの派手な体色はありません。
 (あと、あくまで憶測ですが、チョウチョウウオは赤が見えないのではないでしょうか?あの黄色と白、黒を主体とした色合いは昆虫のシロチョウ科に通じる配色のような気がしてしょうがないのです)。

 話を人を含めた脊椎動物の色覚に持っていきます。脊椎動物の色覚はその共通祖先の5億年前にいた原始脊椎動物でもう確立されていたようです。光の波長に応じて分子構造を変えるタンパク質を視物質といいますが、元は視物質には5グループあったようです。このうち第2グループの視物質は薄明で働くロドプシンで、薄暗いところで明暗のみを関知し、色覚には関与しません。
 残りの4つの視物質グループは短波長側(紫外線、青)から長波長(赤、赤外線)側の順で第3、第5、第4、第1グループと並びます。これで波長別に光を認識して、色覚とするのです。脊椎動物の色覚は三原色ではなくなんと四原色が基本だったのです。
 おそらく、進化上ずっと昼行性動物であった多くの魚類、鳥類、多くのハ虫類はこの4つの視物質を失うことなく、現在に至っています。しかし、ジュラ紀、白亜紀のハ虫類全盛時代を夜行性動物として過ごした哺乳類は第4、第5視物質を夜行性時代に失ってしまい、1色性または2色性の色覚しか持たなくなってしまいました。
 哺乳類のうち、森林に住み昼行性の行動様式となった霊長類は長波長を司る第1視物質を2つ重複させ、片方の構造を一部変えることで、緑と赤を弁別するようになりました。これにより人間を含んだ霊長類は赤(波長565nm)、緑(535nm)、青(425nm)の三原色色覚を手に入れました。これにより、緑の中から熟した果実の赤を見分けやすくなって事でしょう。ただし、これは狭鼻猿以上の進化段階の霊長類です。
 ただし、元は1つの遺伝子に由来するため、その遺伝子は95パーセントの相同性を持ち、共にX染色体の近傍に位置するため、受精生前に相同染色体が並んだとき、しばしばこの2つの遺伝子は交差を起こしてしまい、ハイブリット遺伝子を作ってしまいます。ハイブリットを作ると緑と赤への反応性の差が失われてれて赤緑色覚異常を生じます。これが人類に赤緑色覚異常が多い理由です。

 ところで、人類は他の生物のように四原色による世界は味わうことができないのでしょうか?実は一部の女性のみ、四原色を持っているらしいのです。
 青と緑の色覚色素はそれぞれ1種類しかありませんが、赤の色覚色素には2種あり極大吸収波長に5nmの違いがあるのです。赤と緑は30nmしか違いませんから、5nmは充分異なった色として認識されるはずです。
 ただし、赤色色素の遺伝子はX染色体に載っていますから、男性は片方の赤色色素しか持ち得ません。男性には38パーセントのやや短波長側の赤(朱色に近い赤)をもっとも鮮やかと感じる人達と、62パーセントの長波長側の赤(深紅)をもっとも赤らしい赤と感じる人々がいるはずです。サンゴの青、緑の美しさに関してはあまり異論が出ないのですが、赤の表現、赤に対する評価は結構個人差がある気がするのは、見えている赤が違うためかも知れません。
 女性では2本のX染色体の1本ずつにこの互いに吸収波長が異なる赤色色素の遺伝子を持った場合のみ四原色の世界を手に入れることができます。(女性の47パーセント)

 余談ですが、赤緑色覚異常に対して日本はずいぶんと差別的ではないでしょうか?赤緑色覚異常は白人で8パーセント、日本人で5パーセント、黒人で4パーセントもいて決して少なくない数ですし、正常男性といわれる男性も四原色が見える女性から見れば「色盲」です。
 医師でも病理医や内視鏡医以外は問題ないのではないでしょうか?いわんや、自動車免許や銀行の試験で色覚異常を理由にはねるのは正当な理由がない差別ではないかと思います。

 参考文献
岩波書店「科学」 Vol.65 NO.7 JULY 1995
色覚の分子生物学 北原健二
動物の色覚 徳永史生