循環器と多細胞生物

 自他の区別ができるようになると、多細胞生物の誕生が可能になりました。最初の多細胞生物はカイメンの仲間といわれ、群体を作り共同で水流を作るものの、群体全体としての運動能力はなく、栄養の吸収、排泄、呼吸は個々の細胞で完結していなければなりませんでした。

 多細胞体が細胞ごとに機能を分化させ、全体が運動性を持った動物となったのは、カンブリア紀の直前に成立したエディカラ動物群の生物達です。
 あるものは最大長さ1メートルにもなり、海底に生えた藻類を食べるなど移動補食も行えるようになったようです。ただ、長さ1メートルといってもその厚さはわずか1mmしかなかったようです。

 なぜ、1mmの厚さしかなかったのか? それは、エディカラ動物群の生物達はまだ、循環器を持っていなかったためです。 水流で酸素が運ばれてくれば、すぐ利用できますが、水流がない場合、体内の組織液などがそうですが、水中の酸素分子移動は実に遅いのです。酸素消費者(細胞)がいて、そこから酸素が含まれている水まで1mm以上離れると、水中を分子運動による拡散で運ばれてくる酸素はすぐ消費され、酸素消費者はすぐ酸欠に陥ってしまうのです。これは1mm以上離れたところがどんなに沢山酸素が豊富に含まれている水でもそうです。

 多細胞生物はどの細胞からも、必ず1mm以内に酸素を含んだ水流が必要なのです。酸素を含んだ水流:これは循環器官です。人間でも毛細血管同士の間隔は最大でも常に1mm以内です。全て呼吸する細胞から構築されている多細胞生物はこの原則から逃れられないのです。

 組織が成長するときには必ず、血管の成長も伴わなくてはなくてはならないのですが、もし、腫瘍などその調和を無視した成長をするものがあれば、腫瘍径の増大に伴って中央が壊死に陥っていきます。
 余談ですが、腫瘍の多くはそうならないように、血管成長因子を分泌し、自己の成長にあわせて血管を呼び込み、伸張させます。最近開発された抗癌剤には腫瘍からの血管成長因子を阻害して成長、転移抑制を図るものがあります。

 厚さが1mmに限られていれば、生物の構造はそう複雑にはならず、多様性も限られたものだったでしょう。エディカラ動物はそういう生物群です。
 5.5億年前にカンブリア紀が始まると一斉に多種類の生物群が誕生します。これは、種々の方法で体内の細胞に酸素と栄養をもたらす「循環系」が発明されたことが大きいと思います。これにより、体の厚さに対する1mmの制限は取れ、複雑な内部構造、それに伴って運動能力も飛躍的に向上しました。フィルター食や藻類の舐め取り以外の補食法、すなわち肉食もそれと同時に誕生したと思われます。肉食(大型生物の補食)は食べる方にも食べられる方にも、より運動能力の向上をもたらす原動力となったでしょう。

 循環器:体内水流は様々な方法があります。クラゲのように律動的に体腔が拡張と収縮を繰り返し、体内に酸素を含んだ海水を取り入れるもの、管空の内部の線毛運動で流れを作り海水を輸送するもの、管の途中にポンプを作り、相当酵素な循環器系とするものなどです。
 また、循環器系は他の機能を併せ持つこともあります。水流で食物を運べば消化器系:これは多くの生物群で採用されています。脊椎動物の祖先、原索動物は繊毛で呼吸する海水を集め、そこに含まれる微粒子を粘液でからげて摂食するという方法を採ります。これは呼吸器、循環器、消化器(補集器)が一体となったものです。
 ウニなどの棘皮動物は水管系という構造を持ちますが、これは呼吸・循環器であると同時に管足を動かす運動器官でもあります。イカ、タコなどの軟体動物のジェット噴射はよく利用される運動形式です。

 このように、循環器系で成立した「大きな生物」(単細胞生物群や平たい動物群に比して)は様々な構造と行動を身につけることが可能になり、生物の大発展が可能になりました。

 この静止水中の酸素拡散移動距離の少なさは他にもサンゴ輸送などにもかかわってきます。ミドリイシなどのSPSは酸素パックしても20時間を超えると状態を崩すものが出、24時間を超えると溶けてしまうものも出てきます。サカナはミドリイシなどよりはるかに酸素消費が大きいにもかかわらず、このくらいの時間では酸欠で死んだりしません。それは、サカナは鰓呼吸をしますが、鰓を動かして水流を作れるために、上部の酸素から溶け込んだ水を呼吸できるのです。鰓を動かせない一部のサメやマグロは遊泳空間がないと窒息してしまいますが。
 水流を作ることができず、収縮・拡張運動に乏しいSPSは、上にいくら酸素が詰め込まれていても、水が動かない状態では、サンゴ表面の水はすぐ酸欠となってしまうのです。
 これを解決する輸送法が「ドライ法」です。サンゴの周りの厚い不動の水の壁が酸素吸収を妨げるなら、いっそ水無しで輸送しようというものです。でもドライ法と言っても、もちろん表面は濡れた状態です。この輸送法はThe Reef AquariumVol1p354で紹介されています。

  ドライ法の実際:
 先ず、サンゴと海水をビニール袋に入れます。この時は空気は入れません。袋の口を下にして、海水を自然に落下させます。海水が落ちきったら、空気を入れずに袋の口を上に向け、シュッと一息、酸素を吹き込み、口を閉じます。海水は袋の中に少量残った状態になります。あとは動かないように充填材をいれ、保温(夏は冷却剤、冬は保温剤)と共に荷造りします。
 サンゴの入った袋が動かないようにすることは大事です。袋の中でサンゴが動き、こすれると大きなダメージになります。海水とサンゴを入れたビニール袋をタッパーウェアーに入れ、そのまま下に向かせ、海水を出す方法では、袋がタッパーウエアーに良く固定されます。
 また、ドライ法は海水が少ないので、温度変化に敏感になります。水は比熱が大きいので、温度変化を少なくできるためです。それで、夏、冬などは充填材を同温の海水を入れたものなどにすると良いでしょう。

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