pH、KH上昇剤は覚醒剤

 低カルシウムに悩む水槽の話を良く聞きます。この場合、ほとんどの方がpH上昇剤やKH調整剤を使っています。これらの薬剤はその中心成分は重曹:NaHCOです。ハードコーラルを飼育する水槽、特にSPSを入れている水槽では、原則的にNaHCOは使用しない方が長期的に望ましいと思います。このページではそのことをなるべく分かり易く書きたいと思います。

 Naイオンは1価の陽イオンで、水に溶けやすく、海水の3倍くらい濃くないと沈殿しません。また、1価の陰イオンのClイオンもAquariumでは沈殿は考えられない物質です。
 これに対してCaイオンは2価の陽イオンで、好日性サンゴのある海やAquariumでは飽和、過飽和状態でイオンは少しのバランス変化で沈殿しやすくなっています。陰イオンのHCO-、CO--もCaなどと沈殿しやすい状況にあります。

 ここでひとつのたとえ話をしましょう。
 イスが8つあります。(イスは海水のイオン数の例えで数は一定です) 8つのイスに今、Naが4個、Caが2個座っています。(Caは2価なのでCaひとつはイス2つ必要です。) ここに、Na2個、Ca1個加えたらどうなるでしょう?NaとCaを2:1で加えるので、NaとCaのバランスは変わらないでしょうか?いいえ、Caが少なくなってしまいます。イスの席が8つしかないところでNaとCaがイスの取り合いをすれば、沈殿しにくいNa6個は6つのイスを占領します。それに対してCaは2つのイスに1個だけ腰掛けられ、残りのCa2つは座れなくなってしまいます。(すなわちHCO-などを道連れにして、沈殿してしまいます。) この結果、Na6つ、Ca1つになってCaが減ってしまうのです。
 Naだけを加えてももちろんCaは下がります。Naを加えたら、例えいくら沢山Caを入れてもNa加えた分Caは下がります。

 NaHCOを入れるということは、Naを負荷するということです。Naは入れたが最後、換水(それも全量換水など多量)以外では取り除けなくなってしまいます。Bufferを定期的あるいは時々使えば、どんどんNaは蓄積してゆくのです。そして、これはCaのイスを奪っていくことになるのです。

 繰り返しますが、pHが下がったからとpH上昇剤を入れ、KHが不十分だからとBuffer剤を入れるのはもう取り除くことができないNaを入れ続けているということなのです。このため、Caが下がるのは当然で、いくらKalkwasserを入れてもCaの席は減っているのですから、入れても入れてもCaは上がってきません。
 Caの低下に悩み、塩化カルシウム(CaCl)の添加を併用するとどうでしょう?Caは沢山入れることが出来るので一時的には上がりますが、やがて下がってくるでしょう。その上、Cl-は沈殿しがたい陰イオンなので、こちらはHCO-を下げてしまい、KHが低下します。CaClとNaHCOの併用はただの塩:NaClを入れているに他ならないのです。
 スキマーで減った海水や掃除で足りなくなった分をただの食塩を水で溶いた物で足すひとはいないでしょうが、NaHCOを使うということは同じ事をしているのです。

 pHが低いのは硝酸、リン酸が貯まっているか、換気が悪い性なのです。これにNaHCOで対応するという事は、一時しのぎで、状況をもっと悪化させているのです。いわば、pH上昇剤、KH調整剤などはNaturalSystemにとって覚醒剤なのです。入れてしまったNaは大量換水(全量換水)以外では取り除けません。NaHCOを使ったら、その効果は一時的なので、止められなくなります。その上、後遺症(低Ca)はひどくなる一方です。一度打ったら止められなくなる覚醒剤と同じです。
 Caの補充はKalkwasser、カルシウムリアクターあるいは換水で行うべきで、他の方法は用いては行けません。KHの補充はカルシウムリアクターで行うのが理想で、それ以外にはPlenumやサンド層にも期待できます。KH補充剤を使うくらいなら室内換気を悪くして二酸化炭素を水槽に溶け込ませる方がまだましです。
 水量の大きい水槽は、Bufferを使ってもすぐには悪影響が出てこないでしょう。しかし、大水槽でも換水が少ない状況でpH上昇剤、KH補充剤を使い続ければいつかはイオンバランスの崩壊がやってきます。

 なお、ソフトコーラルのみの水槽や、魚水槽で換水までの一時しのぎにBufferを使うのには反対しません。海水魚はpHに敏感ですが、Caは下がってもそれほど影響はありません。何せ、海水魚を含めて全ての硬骨魚は過去に淡水魚をやっていた時期があり、体内Caの調整能力は刺胞動物の比ではありませんから。

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