青森(三内丸山-浅虫水族館ー恐山)

 2002年5月3〜5日

ゴールデンウィーク後半は青森を訪れました。父と子供達と三内丸山の縄文遺跡にちょっと立ち寄り、浅虫水族館をゆっくり見て回る予定でしたが、子供達の強硬なリクエストにより、下北半島の恐山まで足を伸ばしました。
あまり、アクアリウムとは関係ない記事が多いですが、ご容赦を。

 1)5月3日、三内丸山

今から5500年前から4000年前まで続いた縄文前期から中期に書けての遺跡。
縄文時代は狩猟採集の放浪社会だったとのそれまでの定説を覆し、定住、大規模建築、クリの栽培など農業的生産手段も行っていたという証明になった遺跡です。

上の写真が、有名な大型堀立柱建物の再現物です。
夏至の日の出と冬至の日の入りに長方向が一致します。何らかの祭事建築だったのでしょう。
(「盆踊りの櫓?」とは思っていても、口に出してはイケナイ)
構造物の形は諸説ありますが、出土したクリの柱の直径は2〜2.5メートルで巨大な物であったことは確かです。

竪穴式住居
茅葺きは断熱性能が高く、冬暖かく、夏涼しい住居です。
中で支える木組みは現在の木造住居に繋がるしっかりした木造建築です。

骨製の釣り針。
陸奥湾は波が静かなので、小型船でも比較的安全に漁業が行われたのでしょう。
ブリ、マグロなどの大型魚の骨も出てるそうです。

土器も多数出土していますが、器の飾り、人型など顔や人体が多く作られています。

 2)5月4日、浅虫水族館。

隣県の水族館なら、一度は見学しておかなければならないと以前から思っていました。

上記はオールドワイフ
南オーストラリアのサカナも最近は日本に良く入ってくるようになりました。
男鹿水族館にもいました。
10年前だったら、さぞや珍しかったと思います。
サカナは結構たくさん展示されていました。
ただ、リーフィーシードラゴンは「展示不能」?になったそうですが

サンゴ水槽は上の2写真(水槽は一つだけ)
う〜ん、ノーコメント

イルカショーがあり、ラッコ、アザラシなど海獣類に力を入れてるようです。
しかし、2,3年前リニューアルしたばかりにしては、飼育スペースが狭い。

アクアリストとして唯一ホットできたのは、60cmの上部濾過に入っているホタテ貝。
小さなヒダベリイソギンチャクが乗っているのがほほえましい。

残念ながら「ここでしか見られないもの」、「ここが最高の状態で展示されているもの」、はありませんでした。
浅虫水族館見学がこの旅行のメインと思っていたので、ちょっと辛口になったかもしれません。

しかし、あまり混まないうちにと思い、開館9時すぐに行ったのですが、それでも結構混んでおり、帰る10時過ぎには、水族館の駐車場へ続く道に1kmほどの渋滞が出来ていました。
それを見て思ったのですが、世の中には凝ったアクアリストばかりがいるのではなく、とにかく珍しい水中の生き物に接したい、という子供も多いはず。
そのためには総花的になるのもやむを得ないか?という感想です。

 3)同日 恐山。

水族館見学の後、サボテン・蘭の温室などを見に行って、午後になったのですが、子供達:「まだ旅館に帰るのヤダ〜」の合唱で、夏泊半島から下北半島の恐山にまで足を伸ばしました。

恐山に入ると、イオウの匂いが立ちこめています。
亜硫酸ガスの噴気が出ているそうで、お線香などの火気は引火の恐れがあって厳禁だそうです。
蒸気とガスが所々で噴いていましたが、むかしはもっと噴気が盛んだったそうです。

恐山は、噴火口のカルデラになっており、宇曽利湖(うそりこ)という湖があります。
周囲からイオウを含んだ水が流れ込み、波打ち際はイオウが堆積しています。
クルマで横付けする現代型観光だと、それほどの迫力はありませんが、むかしは、本州の最果ての地を歩いて登り、この景色に出会ったのですから、「異世界(地獄)」の感は強かったと思います。

地蔵と風車、
つい最近まで、人類の多くは成人に達せずして、幼くして死ぬものの方が多かったはず。

ハシブトガラスが目立ちました。
あまり逃げません。
ちょっと不気味ですが、「哺乳類より有毒ガスに遙かに弱い鳥類がそこにいる」ということは、空気が安全という証明になるでしょうか?
窪地の植物は、有毒ガスや痩せ地に強いシャクナゲとスゲの仲間がほとんどです。

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