修羅の一族
MAHIRO MEMORIES
「S君の一番長い日」の巻





小学校6年の時の修学旅行。南知多方面への一泊二日の旅でした。












しかし、ここで私は一つの事実を書かねばなりません。











この事実を語らずに修学旅行を語った事にはならないからです。








「修学旅行よ永遠なれ」の巻では、あえて触れませんでしたが、
一日目の写真と二日目の写真の間に、
修学旅行史を揺るがす衝撃的な事件が発生していたのです。






広い未知の見聞と友との交歓、大都市や中京工業地帯の知識や経験を豊かにし、
海辺の生活風土に接した楽しい思いで。…になるはずだった修学旅行。






その楽しいはずの修学旅行を語るときに、
当事者である我々は一つの記憶にたどり着き、一様に口を噤みます。





その事件は長く封印されてきました。


卒業文集においても一行も触れられていません。


その事件直後に、緘口令がしかれ、
事件の真相は闇から闇へと葬り去られたのです。











事件はこう呼ばれる事があります。








S君失踪立て篭もり事件。
それはまさに、S君の一番長い日。

今回の事件の主人公、S君。






卒業文集の「将来の夢」の寄せ書きに、
他のクラスメイト達が「車の運手」「パンヤ屋」「ビール会社」「私立たんてい」などと書いている時、
一人、「弁護士」とちゃんと漢字で書いていたS君。



卒業文集の「なんでもベスト3」では
「静か」部門で堂々の1位を獲得したS君。



そんなS君の物語。










小学校卒業後15年経ち、
以来、初めてその事件の詳細がここに明らかにされます。









事件の詳細


到着直後の風景。
修学旅行一日目、その日最後の訪問先「南知多ビーチランド」より、バスにて宿泊先に向かう。
午後4:00頃、宿泊の旅館「Y海館」に到着。
四階の6年2組割り当ての部屋にて先生がクラス全体の点呼をとる。
クラスメイトより、S君がいない事が報告される。
まさか、バスに乗せないまま着てしまったかと、憶測が流れたが、クラスメイトの証言からバスには乗っていたことが確認される。
そして最後に目撃された時に、せっぱ詰まった顔をしていた事が判明する。
暫くの間S君がいないまま先生が今後の時間割りなどの話をする。
その後、入浴の時間まで約2時間、荷物整理(実質的には自由時間)にあてられることになる。
依然S君が現れない為、先生が探し始める。
適当にふざけあって遊んでいたクラスメイトもS君の所在について心配しはじめる。


結局、クラス全員で捜索に乗り出す。





そして、そこに彼奴は居た――。





現場説明図 注意:図のドアは開けて描いてありますが実際には閉まっています。

四階、部屋前の男子トイレ。
大便個室のドアに鍵が掛かっていて開かない事をクラスメイトの一人が発見。

ノックをしてみる。

内部からは応答なし。

しかし、状況から、内部にS君が存在することを推測できる。
すぐにトイレ内部にクラスメイトが集まり出す。


内部からは何の物音もしない。


ただ、大便をしているだけならば、これ以上、事を騒ぎ立てる必要はない。一泊二日の旅行で、旅先で大便するのは普通の事である。小学生であった我々にも、その事は理解できていた。

クラスメイトの何名かが個室内部に呼びかけるが依然応答無し。



S君の身に何かが起こった事に、皆が気づき始める。
状況を察知した先生が登場。
「返事が無いんです」
先生が内部に呼びかける。
「S君いるのか?どうした?」
依然応答無し。
そのままの状況が20分程度続く。



先生の呼びかけにS君がようやく「…はい」と答える。
その声にはトイレの空気を凍結させるほどの緊張感が含まれており、大便個室内部にのっぴきならない状況が展開されていることは想像するに難しくなかった。
皆、心の中で「S君、やっちゃったな」と思っていたことであろう。

「S君、大丈夫か?開けて」と、先生が呼びかける。


中から再び返事がある様子はない。





そして膠着状態のまま、
いたずらに時間は過ぎて行った――。






先生が突入を決定




先生の命令でトイレ内部から生徒が排除される。
先生とS君の交渉が繰り広げられているが、我々はトイレの外に出されてしまった為に、その声を聞き取る事が出来ない。

先生が大便個室に突入する。





先生がS君の身柄確保。



しかし、先生とS君はそのまま大便個室から出てくる事はなかった。
トイレの外から中をうかがうクラスメイト達。
そして、我々は再び大便個室に内側から鍵が掛けられた事を知る。
先生が大便個室に突入した後、クラスメイトがトイレ内部に雪崩込む。


大便の個室には再び鍵が掛けられたが、先生が一度大便個室のドアを開けた事により、大便個室内部から、異臭、つまり大便の強烈な匂いが漂ってくる。




状況が状況だけに、トイレ内部が騒然となる。
個室のドアが開き、先生だけが出てくる。


大便の匂いの充満しているトイレ内部。


先生の一言「S君上げちゃった(吐いた)から」
しかし先生は、手に白い下着のような物、よくみればブリーフのような物を持っており、それを洗面台で洗い始めた。
そして、「S君はもう大丈夫だから、皆ここから出なさい」と言って、S君の荷物らしきモノを運び出す。
S君が憔悴しきった顔で出てくる。
S君は衣服を全部着替えており、
なにも無かったような素振りで部屋に行き、黙々と荷物整理を始める。
大便個室に吐いた痕跡はなく、大便の異臭だけが漂っていた。
そして、入浴までの間、S君の体からもその異臭が漂っていた。
クラスメイト達は皆、この事件について今後触れてはならないことを悟る。
実はいままで、私は一つの小さな嘘をついていました。
それは、この事件の本当の名が、






S君脱糞篭城事件






である、ということです。
先生の一言「S君上げちゃった(吐いた)から」という一言が
先生のS君への思いやりである事はクラスの皆が察知していました。

この事件を要約すると、

S君が修学旅行先で大便を漏らして
トイレの個室に立てこもった。


その後、この事実は公にされることはなく、封印されたのです。




修学旅行、それは、広い未知の見聞と友との交歓、大都市や中京工業地帯の知識や経験を豊かにし、海辺の生活風土に接した楽しい思いで…。





その事件の前はこんなに楽しそうだったのに。











その事件の前はこんなにはしゃいでいたのに。












なんであんなことに…。










S君脱糞篭城事件。









それはまさに、S君の一番長い日。










この事件の夜、

御土産で売られていた「南知多」ペナント青、赤、白のうち、

何故白を選んだのかを延々とマヒロに語って聞かせるS君。

結局、要約すれば「最初に手に触ったのが白だった」の一文で終るのに。

その話をした真意は今でも謎のままです。


そして、その封印されたはずの事件を――、

当時でもヒソヒソ話で「あれ、おもらしだよね」と
周りの気配をうかがいながら触れていたようなトップシークレットの逸話を――、

不特定多数の人間が読むホームページに――、

警察見解では
掲載されたものは全世界に向けて発信されたものとみなす」と
なっているほどのグローバルスペースに――、

写真と図入りで掲載してしまう私の罪を、神よ、どうかお許し下さい。