へ〜んしん!

真下マヒロ・作
起稿:1997年5月

 目覚めるとアリジゴク男になっていた。
 ミイラ博士と研究員たちが私をベッドから起こした。彼等は私の腰にヘッカーのエンブレムがついたベルトを巻いた。すると急に体中に力が漲り思わず「キエーーー」と叫んでしまった。ミイラ博士はそんな私を見て「これならフォースレンジャーに勝てるぞ。」と不敵に笑った。ミイラ博士の口元を覆っている包帯が笑い声にあわせてピラピラと揺れている。
 研究員の一人がばかに丁寧な口調で「ご案内いたします。」というと怪人開発室の扉の前に立った。私はベッドから飛び起きるとその研究員の後に付いて歩いていった。前を歩く彼が向かっているのはどうも保安室らしい。私がまだ怪人になる前、戦闘員に過ぎなかった頃よくこの通路を通ったものだ。非常に入り組んだ通路を進んで保安室の前まできた。率先して歩いていた研究員は急に振り向くと「では、がんばってください。」といって立ち去った。
 私は保安室の前のボタンを押した。シュイインと扉が開くとそこにはよく見たことのある怪人たちがパイプ椅子に座っている。
「おはようございます。」
「お、新入りかい、まあ入れや。」
 と声をかけてくれたのはエアハッキンダーという怪人である。彼は一度フォースレンジャーと戦ったことがあり、その経験を活かして後輩の指導をしている言わば教官みたいな人(怪人)なのだ。戦闘員時代には絶対に口を聞くこともできなかったエアハッキンダーさんが気安く声をかけてくれたということだけでも私は感激した。
 そのエアハッキンダーさんの横で煙草をぷかぷかふかしているのはトビウオ男さんである。この人(怪人)は非常に気難しいので有名で滅多に笑わない。コモチシシャモ女さんと結婚していて子供が何人かいる。
「おまえ名前なんや。」
「アリジゴク男です。がんばりますのでよろしくおねがいします。」
「アリジゴクかいな。そりゃえらいもんと掛け合わされたのう。」
「トビウオ男、それをいったらあかんわ。彼もこれからがんばっていこうゆうてんねやから、な。まあ立ってないで掛けろや。」
 椅子をすすめてくれたのはダクトビュートさんである。
 肩から胸にかけて太いパイプのはしっている風貌は非常に威圧的で高圧的であるが私の知っている怪人のなかでは一番後輩の面倒見がいい。蘭の栽培が趣味でその指先の細いホースから蘭に水をやっているのを何度かみたことがある。
「茶、飲みたかったらあそこに魔法瓶あるから、茶碗は使ったら洗っておくこと。まあ当たり前のことやけどな。最近はそういうこともできん子がおおいから。ああ、アリジゴク君がそうだっていってんやないで。」
 ビーコンビーコンビーコン。突然天井に付いた回転灯がまわりだした。
「お、出動命令やないか。誰や、俺ちゃうやろな。」
「アリジゴク男様、アリジゴク男様、総司令室におこしください。」
「こりゃいきなりの御指名やで。がんばってこいや。」
 私は先輩の怪人たちに見送られ保安室を出た。

 総司令室にはミイラ博士やエンマ将軍、女性幹部のアシナガバチ女などがいた。中央の玉座には幹部でさえ素顔を見た事がないといわれるヘッカー大皇帝が座っている。私は総司令室の横にある怪人控室のパイプ椅子に座って呼ばれるのを待った。私の傍らには戦闘員が一人付いている。彼はしきりに総司令室の中を気にしながら私に言った。
「私が合図をしますので アリジゴク男様はその合図で総司令室に入ってください。」
 その戦闘員は落ち着かない様子で総司令室の中を伺っている。総司令室内部ではエンマ将軍がミイラ博士を問いつめている。
「ミイラ博士。憎きフォースレンジャーを倒す事の出来る怪人はおらんのかね。」
「エンマ将軍。今度の怪人は今までの怪人とはまったく、比べられないほどの力と能力を持っているのです。」
「ほほう。それはいったいどんな怪人だね。」
「ではご覧にいれましょう。・・・・・」
 あわてて私の横にいる戦闘員が私に合図を出した。
「行ってくださいっ。」
「・・・・・アリジゴク男よっ、い出よっ。」
 突然プシューと煙幕が噴き出した。私は少々白けながらも総司令室に足を踏み入れた。
「おお、これは強そうだ。アリジゴク男。」
 私はエンマ将軍の大げさな態度にうんざりしていたがその意志とは裏腹に「キエーーー」と叫んでしまった。
「アリジゴク男。お前はそんなにつよいのかい。」
 アシナガバチ女が私のほうに妙な科をつくりながら近寄ってきた。しかし何故、彼女はレオタ−ド姿なのだろう。彼女は50センチくらいの距離にまで近づいてきてその豊満なバストを震わせた。私はそれを見て陰茎を勃起させた・・・と言いたいところだが生殖器は切り取られてしまったのか無い。
 アシナガバチ女はポーズをとりながら紫色のアイシャドーの目で私を見つめている。なるほど、エンマ将軍に重用されるわけだ。この目を見てくらっとこない奴はいないだろう。確かエアハッキンダーさんと一時イイ仲になった事があった。その時、エンマ将軍がエアハッキンダーさんとアシナガバチ女がコトをいたしている現場に踏み込んで「お前を殺して俺も死ぬっ」だの「あんたが悪いのよっ」だの言って大騒ぎしていたのを見た憶えがある。そんなことを思い出していたら何時の間にかアシナガバチ女は定位置に戻ってポーズをとっていた。
 さっきから中央の玉座に座っているヘッカー大皇帝の事が気になってしかたがない。ピクリともしないのだ。もしかしたら死んでいるのではないかと思っていたらちょっと手を動かした。一応生きているらしい。
 ひとしきりの会話が終わったらしい。エンマ将軍が指揮棒を振り回して叫んだ。
「行くのだああっ。」
 どこに行けばいいんだろう。私はフォースレンジャーの事について何も知らされていない。

 街に出た私はとりあえずアリジゴクの能力を活かして砂に潜ってみることにした。しかし街には砂や土などほとんどなく、一面コンクリートとアスファルトで固められている。しょうがないので私は公園の砂場に潜ることにした。ここにいてフォースレンジャーに出会えるとは思えないが、ここしか居られる場所がないからしょうがないのだ。だからここで待つ。しばらくして子供達がやってきた。彼らはプラスチックのバケツやシャベルを駆使して山や城を造り始めた。こうなると私の出番だ。私はその砂場をスリ鉢状にして子供達をアリジゴクの巣の中に引き込んだ。子供たちは「ギャー」とかわめきながら私の懐に落ちてくる。これでフォースレンジャーが現れるのだろうか。砂場に来た子供を全員巣の中に取り込んでしまうと地上は妙に静かになった。親たちはどこにいったのだろうか。まあいい。私は子供達を抱きかかえて地上に出ると「キエーーー」と叫んだ。
 何日かそれを繰り返していたら子供達の数が異常に増えてしまいそれを世話する戦闘員の数も足りなくなってきた。早くフォースレンジャーに出てきてもらわないとこっちの身が持たない。泣きわめいたり、うんこをもらしたり、お腹がすいたと手足をばたつかせたりまったくうるさい生き物だ。こいつらをフォースレンジャーに送り付けたほうが先方の打撃になるのではないだろうか。早く出てきてくれよフォースレンジャー。そう思っていると戦闘員の一人がそっと耳打ちしてくれた。
「フォースレンジャーはこんな所にはきてくれませんよ。どこか人気の無い石の切削場とか廃工場とかじゃないと。そういう所にしかこないんです。たまに遊園地とかに来ますけど。」
「なるほど、よし。石の切削場に移動しよう。」

 石の切削場で戦闘員達をならべて待っていると丘の向こうに光が差してきた。それを眺めていると丘の上に5人のフォースレンジャーが勢揃いした。彼らは向かって左から赤、青、黄色、黒、ピンクと並んでいる。それを見て「キエーーー」と叫んでいるとご丁寧にも一人づつ自己紹介をはじめだした。彼らはシュッシュッと音を立てながら切れのいい動きでポーズをとった。
「フォースレッド。」
「フォースブルー。」
以下略。
 私は「ついに現れたなフォースレンジャー。」といいながら戦闘のポーズをした。丘から飛び降りてきたフォースレンジャー達は戦闘員達と闘っている。しかし戦闘員というのはなぜこんなにも弱いのだろう。中には自分からひっくり返るような奴までいる。あっけなく全員倒されて泡になってしまった。
 私は必殺技と称される所の「アリジゴクの巣」という技を使うことにした。子供たちを捕えたあの技である。私が「アリジゴクの巣」を使うとさっきまであんなに強かったフォースレンジャーが悲鳴をあげながらスリ鉢状の巣の中に落ちてくる。もしかして私は勝てるのではないか。そう思った瞬間、フォースレッドの放ったフォースキックが私の頭をとらえた。私はその衝撃により前後不覚となり「アリジゴクの巣」を続ける事ができなくなった。やはり強い、フォースレンジャー。それでも私は負ける気がしなかった。空の遠くの方で声が聞こえる。
『アリジゴク男はそのパワーを一気に爆発させ変身することができるのだ!』
 そうだ。私は変身することが出来るのだ。私は「きえーーー」と叫んで変身するためにヘッカーのエンブレムの付いたベルトのボタンを押した。すると身体の奥底で何かが変わっていくのがわかる。これでフォースレンジャーに勝てるのだ。フォースレンジャー達がうろたえている。勝てる。勝てるぞ。
 数瞬後、私の身体は完全に変身し終わった。新しい身体は何か違う能力が備わっていそうだ。今までと感じがまるで違う。
 私の身体はアリジゴク男からフタバカゲロウ男に変わっていた。あれ、あっそうか。アリジゴクの成虫はフタバカゲロウだっけ。
 フォースレンジャーがあきれて帰っていく。
 私はフタバカゲロウ男となり飛ぶだけ飛んで3日後に寿命で死んだ。

終わり



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