COOL TOUCH/ Ohta-san
Ohta-san "Herb Ohta" Melodies Vol.2 
ビクターエンタテイメントVICP-62765 (2004年6月23日発売)税込2,800円 

1. A Spy In Love (スパイ・イン・ラブ)
2. Driftwood (ドリフトウッド)
3. Because (ビコーズ)
4. April Snow (エイプリル・スノウ)
5. Cool Touch (クール・タッチ)
6. Exotic Moonlight (エキゾティック・ムーンライト)
7. Firefly (ファイアフライ)
8. Closer To The Light (クローサー・テュー・ザ・ライト)
9. Blues On A Ukulele (ブルース・オン・ア・ウクレレ)
10. In The Quiet Rain (インザ・クワイエット・レイン)
11. Friday Night Jam (フライデイ・ナイト・ジャム)
12. Always New (オールウェイズ・ニュー)
13. If Wishes Came True (イフ・ウィッシズ・ケイム・トゥルー)
14. Samba Bay (サンバ・ベイ)

 作曲:Herb Ohta (1-14)
 作詞:Jim Beloff (1,2,4,5,7,8,9,14)
    Jamie Hope (3,6,11,12)
    Phyllis Hoge Thompson (10)
    Bob Blair (13)

ますます円熟味を増したオータサンの作品集“クール・タッチ”

 日本でのコンサート・ツアーやワークショップはもちろんのこと、ハワイ各地でのコンサートにも積極的に出演しているオータサンは、近年「作曲家」としてもアブラの乗り切った作品を次々と作曲しています。
 2003年の6月にリリースされたオータサンの作品集“レインフォレスト”は、「ハワイ」「カマアーイナ・ケイキ」など以前から定評のあったオータサンの作品群に、その後作曲した作品を加えた、いわば「オータサン作品の流れ」を実感させる優れたアルバムでした。そしてこのアルバムがたくさんのオータサン・ファンに歓迎されたことで制作意欲を燃やしたオータサンは、その後1年足らずのうちになんと数十曲の作品を作曲してしまいました。もちろん作曲するに当たっては作詞家との共同作業が必要ですが、今回は特にジム・ビロフとジェイミー・ホープのふたりがオータサンの意欲に応えて歌詞を数多く提供してくれました。そしてこの作曲期間中は製作イメージが中断されないようにと、電話線を引き抜いてまで作曲に専念していたのです。(このときにオータサンと連絡がとれずに困ったかたもたくさん居られたはずですが…)
 今回のアルバム“クール・タッチ”はそれらの新作からの12曲に旧作で未発表の2曲を加えた「作品集第2弾」であって、収録曲は初めて聴く曲ばかりですが、いずれの曲もオータサンの円熟した作曲技法と共演者たちの優れたジャズ的フィーリングにより、素敵なアルバムに仕上がっています。
 このアルバムを前作“レインフォレスト”と併せて聴いていただくと、オータサンの作品が広範囲のジャンルにわたっていることがお分かりいただけることと思います。
今回のアルバムの中心はジャズ曲でありボサノヴァ曲ですが、同じジャズ、ボサノヴァであっても曲によってメロディーを大きく変化させることで、どの曲も新鮮な印象を与えてくれます。そしてオータサンの使うしゃれたコード(和音)進行によって、共演者達がいきいきとアドリブを弾いていることもよく分かります。
 2004年にはこのアルバム“クール・タッチ”と“スイング・タイム”の2枚がビクターから、そして“オール・バイ・マイセルフ”がM&Hハワイから、さらにDVDの“ウクレレ・イン・リアル・ハワイ”がB2からリリースされるとともに、いくつかのグループとの共演アルバムのリリースも予定されています。

二人の作詞家、ジムとジェイミー。

 前作“レインフォレスト”でもジム・ビロフとジェイミー・ホープの詞がたくさん使われていましたが、今回の“クールタッチ”では新作12曲のすべてがこのふたりの作詞となっています。
 ジム・ビロフはもともと有名な音楽雑誌「ビルボード」の共同編集者のかたわらギターを弾いたり作詞作曲を手がけたりしていました。その彼が地元で開かれていたフリー・マーケットで偶然みつけたウクレレを購入し、その楽器の虜となったことが現在の彼の会社「フリー・マーケット・ミュージック」を興すきっかけとなったのです。それ以後の彼はウクレレに関する楽譜集、ビデオ、CDそしてユニークなウクレレ「FLUKE」「FLEA」等を次々に市場に出すようになりました。またウクレレの歴史をまとめた書籍「Ukulele, A Visual History」はウクレレ愛好家のあいだでバイブルのように大切に読まれています。
 ジムはオータサンとライル・リッツというふたりの名奏者とも親交を深め、ふたりが共演するCDをつくったりそれぞれのCD付きテキストを発行したりしていましたが、この過程で彼の作詞能力がオータサンに認められ、オータサンの曲の歌詞を担当するようになりました。
 一方、ジェイミーは音楽学校在籍中から作詞を手がけたり、歌手としてオータサンのステージでよく歌ったりしていて、オータサンの日本公演のときには専属歌手として来日したこともありました。ワイキキにあるハイアット・リージェンシー・ホテル2階のコロニー・ステーキ・ハウスでオータサンが演奏していると、彼女がよく遊びにきては唄っていたことを思い出しますが、その後ラリー・ウチマ氏と結婚してからは作詞をオータサンに提供することは続けていたものの歌手は引退し、現在は母親の遺したアイエアのレストラン「ロニーズ」で「若主人」として働いています。
 「作詞技法」に忠実につくられたジムの作品とことなり、彼女の作る歌詞は女性の持つ心の動きを自由に表現しています。たとえば前アルバム“レインフォレスト”に収録された「アイ・ウッド・ラブ・トゥー・メイク・ユー・マイン」というなんとも長いタイトルの曲なども彼女の女性らしい心情が表れている作品ですが、今回のアルバムでもこの傾向をもつ歌詞がたくさん登場いたします。その意味でジムとジェイミーという異なるタイプの作詞家を得た今回のアルバム“クール・タッチ”は完成度の極めて高いアルバムになったと思います。

三人の共演者、ブルース、ジムそしてノール。

 前作“レインフォレスト”ではハワイアン音楽風の曲が含まれていたために、ニナ・ケアリイワハマナ、ギャリー・アイコそしてイヴァラニ・カハレワイというハワイアン歌手たちのボーカルが加わっていましたが、今回のアルバムではジャズとボザノヴァの曲が中心であるために、4曲のボーカル曲はすべてベースのブルース・ハマダの持つ気だるい感じの歌い方を生かした歌となっています。もちろんブルースはこのアルバムでも前作同様ベーシストとして活躍をしています。
 1957年うまれのブルースは、名ドラマーであった父親の影響を受けて小さいときから音楽に興味をもっていました。ハワイ大学を卒業後1980年にロサンゼルスへ渡り、ティック・グローブ音楽学校に入学、ベースは勿論のことキーボード、シンセサイザー、作曲、編曲そして音楽プロデュース学等を勉強しました。卒業後ハワイに戻ったブルースはハワイを訪れるたくさんのジャズ・ミュージシャンのバックを務め、高い評価を得るようになりましたが、特に1991年に開催された有名な作曲家ホーギー・カーマイケルのトリビュートコンサートに出演したことで「ハワイの代表的ベーシスト」としての地位を確立いたしました。
 このブルースとふたりで現在ハレクラニ・ホテルのルワーズ・ラウンジで演奏しているジム・ハワードは、音楽歴が大変長く、ハワイ在住のジャズ・ピアニストとして、さらにはジャズ・フルート奏者としても貴重な存在となっています。古いハワイアン音楽のアルバムにも彼の名前がよく登場しますが、これもハワイに住むジャズ・ミュージシャンならではの特徴ではないでしょうか。彼は今回のアルバムでピアノ、エレピに加えてフルートも演奏しています。もちろん二重録音ですが彼のピアノとフルートのからみあいを聴くと、実際にステージでふたり?が演奏しているような錯覚さえ覚えます。
 ドラムスのノール・オキモト(Noel Okimotoなのでノエルと呼びがちですが、当人に確認したところノールと呼ぶのが正しいとのことです)は、父親のジョージがオータサンのグループでドラムスを担当していたという親子二代にわたるオータサンとの付き合いです。若いころは有名なバディー・リッチのグループでも活躍していたノールは、ハワイには珍しいジャズ・テイストあふれるドラマーのため、ハワイを訪れるジャズメン達のバックを務めたり、ハワイで毎年開催されるジャズ・フェスティバルの中心的存在でもあります。ウクレレ関係者との付き合いも豊富で、ロイ・サクマ主催になる「ウクレレ・フェスティバル」でも毎年ドラムで参加していますし、ジェイク・シマブクロの録音やライブにも参加しています。ノールが弾くヴァイブの腕前も一流であり、いくつかのレコーディングでは彼のヴァイブを聴くこともできるという大変器用な人物です。

曲目の紹介

  1. スパイ・イン・ラブ
     タイトルをみた瞬間から興味をそそられる曲といえましょう。そしてベースのイントロに続いて流れるオータサンのメロディーは、ちょっとジェームス・ボンドの世界を彷彿とさせます。しかしこの曲はプロ?のスパイを歌ったものではなく、「恋をしたスパイ」のように、相手には知られることなくその一挙手一投足を監視している人物の気持ちを歌っているのです。

  2. ドリフトウッド
     スウィングから一転してボサノヴァの曲に移ります。「ドリフトウッド」とは「流木」のことを指しますが、流れ着いた古い流木に自分の人生を重ね合わせ、自分の今までの辿った道を思い起こしている歌詞がつけられています。前曲同様ジム・ハワードのフルートのアドリブが冴えるインストゥルメンタルでの演奏です。

  3. ビコーズ
     このアルバムでは初めて登場するジェイミー・ホープの歌詞を持つ曲。ただしこの曲もベース・ソロまでも加わったインストゥルメンタルで演奏されます。歌詞の内容は「世の中がどのように変ろうとも、今までと変らず貴方を愛しています。」というもので、タイトルの「ビコーズ」がキーワードとなっています。

  4. エイプリル・スノウ
     (ふたたび)ジム・ビロフの作品でブルース・ハマダのヴォーカルが入ります。「四月の雪」というタイトルは大変深い意味を持っています。すなわち冬に雪が降るのでしたら、みな喜んで受け入れますが、これが三月に降ればすぐに溶けて迷惑であるし、もっと別な対象がたくさんできる四月ともなればますますどうしてよいか困惑します。このことになぞらえてもう終わったつもりなのにふたたび現れた相手に困惑している様子を歌います。

  5. クール・タッチ
     1964年に兵役を終えてハワイに戻ったオータサンは、フラ・レコードのオーナーでプロデューサーでもあったドン・マクディアミッドの企画によってソロの45回転シングル盤「スシ(鈴懸の径)、ボンサイ(森の小径)」をリリースしました。当時米国で大ヒットをしていた坂本九の「スキヤキ(上を向いて歩こう)」に便乗したとも言えますが、この作戦が当たってオータサンのウクレレ奏者としての名声が確立しました。このときドンが「オータサン」というステージネームを決め、さらにオータサンのために「サーフサイド」というレーベルまで用意したのです。そしてそのサーフサイドからのファーストアルバムのタイトルが「"The Cool Touch" Of Ohta-san」でした。つまりその当時からオータサンの演奏は「クール・タッチ」だったのです。今回ジム・ビロフがつくった歌詞が指している「クール・タッチ」は、弦に触れる指のタッチのような表現にもなっていますが、実際にはウクレレの演奏のことではなく愛の表現を示唆していると思われます。

  6. エキゾティック・ムーンライト
     ボサノヴァが続きますが、今度はジェイミー・ホープの「エキゾティックな月の光、そして月は自分を魅了してしまう」という歌詞に作曲したものです。この場合の月はもちろんあこがれの人物を指すのでしょう。オータサンがまるまる無伴奏で最初のコーラスを弾き、続いてジム・ハワードの演奏するフルートとエレピでのアドリブがエキゾティックな雰囲気を醸しだしています 。

  7. ファイアフライ
     ブルース・ハマダが歌うボサノヴァの曲です。「ファイアフライ」とは「蛍」のことで、「自分の気持ちが沈んでいるときでもあなたのもつ光で私を照らして欲しい、そしてふたたび元気づけて欲しい。」と歌います。ブルースのけだるい歌い方がこの寂しい曲のイメージをよく現しています。

  8. クローサー・トゥ・ザ・ライト
     これまでスィングやボサノヴァのリズムばかりが登場していた中に、突然マーチのような二拍子の軽快な曲が登場しました。この曲にはゴスペル調のメロディーの中に「たとえ今進んでいる道が暗かろうと、重荷を一杯背負っていようと、この道が光明へつながるのであれば苦労は厭わない。」と自分の進む道を探す気持ちが込められた歌詞がついています。

  9. ブルース・オン・ア・ウクレレ
     なんというしゃれた歌詞としゃれたメロディーを持つ曲でしょう。ウクレレのことを知り尽くしたオータサンとウクレレにほれ込んで人生の路線を切り替えたジム・ビロフのコンビによってはじめて実現した「ウクレレの本質」を歌った曲ではないでしょうか。「皆がウクレレは陽気な楽器だからブルースには向いていないと言うが、別れたその日から私は貴方を想って悲しい曲を弾いいています。」という歌詞がついています。

  10. イン・ザ・クワイエット・レイン
     オータサンのファンの方は1997年にリリースされた「In The Quiet Rain」というタイトルのCD (M&H Hawaii MHCD-1321) をお持ちかも知れません。このアルバムは1984年にM&H(M&H Hawaiiとは別の会社です)からリリースされた「And God Created Love」 (M&H 2234) というLPの復刻盤なのですが、そのなかに「In The Quiet Rain」という曲が収録されています。そのときはインストゥルメンタルでしたが、作詞者、作曲者ともに今回の曲とおなじコンビですので、メロディーも同じと思い勝ちなのですが、実際には全く異なるメロディーなのです。なぜこのようなことが起こったかと言いますと、当時のオータサンが同じ歌詞に対して異なる二つのメロディーで作曲したためなのです。特に今回のアルバムではブルースが唄っていますので、歌詞の内容もよく伝わると思います。

  11. フライデー・ナイト・ジャム
     ハワイでは金曜日は「アロハ・フライデー」と呼び、翌日からの週末に向けてウキウキする気分のあふれる曜日です。とくにその夜は思う存分楽しもうという人たちが繰り出して、レストランやライブハウスが一杯になります。この曲はその金曜日の夜にライブハウスのような場所で楽しむ様子を歌っている詞が付いています。タイトルにふさわしくスイングした曲で、ウクレレ、フルート、ピアノそしてベースとドラムスの掛け合いと盛りだくさんの演奏を聴くことができます。

  12. オールウェイズ・ニュー
     ジェイミー・ホープの歌詞に作曲した作品が続きますが、こんどはボサノヴァのリムで演奏されます。この曲も彼女独特の感性が現れた失恋の歌なのですが、オータサンのウクレレ・ソロとジム・ハワードのピアノのアドリブで美しく演奏されます。

  13. イフ・ウィッシズ・ケイム・トゥルー
     10番の「クワイエット・レイン」とこの「イフ・ウィッシズ・ケイム・トゥルー」の2曲が以前作られた曲ですが、いずれも初レコーディングですので私たちにとってはやはり「新曲」といえます。この曲はブルース・ハマダが歌い、間奏はジム・ハワードのピアノが受け持つために、4の「エイプリル・スノウ」同様オータサンはコードのみを弾いています。

  14. サンバ・ベイ
     オータサンの作品集第2弾の最後を飾るにふさわしく、ブルース・ハマダによるウッド・ベースのアドリブまでも加わってのボサノヴァ曲です。「大洋のまっただなかに人々が踊り明かす島がある、その島の海岸“サンバ・ベイ”ではみなサンバをおどることで話を交わしている。」と、珍しく恋愛に関係ない陽気な歌詞がジム・ビロフによって付けられています。
日本ウクレレ協会会員 小 林 正 巳

Jam Selections