CDジャケット写真

 

ウルヴェヒ・グェレロ

「 素直な季節 」

レイ・レコードLEIR-0029

PUNAHELE PPCD 002 Ka Manawa Pono
Uluwehi Guerrero



【 解 説 】

■ また新しいスターが誕生1995年、1996年と2年にわたってハワイのレコード大賞であるナー・ホークー・ハノハノ・アウォードを席巻したケアリイ・ライシェルを輩出したハワイのマウイ島から、ハワイ音楽の新星がまたひとり誕生しました。 彼の名前はウルヴェヒ・グェレロといい、ケアリイの仲間でもあります。ここにご紹介する彼のデビュー・アルバム「カ・マナワ・ポノ」は、惜しくも大賞は逃しましたが、1996年のナ・ホクの新人賞にもノミネートされました。新人ながら彼は現代の若者らしく、自分のプロファイルを紹介するためのホーム・ページをインターネット上に開設するという積極性も持っています。

■ インターネット上でのウルヴェヒ

ここでちょっとインターネットを覗いてみましょう。インターネット上には多数のハワイアン・ミュージシャンがホーム・ページを開設しています。レイ・レコードでもおなじみのイズラエル・カマカヴィヴォオレやケアリイ、ハパ、ドン・ホーそしてケオラ・ビーマーのホーム・ページも有ります。 http://www.interpac.net/~nahenahe/uluwehi/ をタイプするとウルヴェヒのホーム・ページにアクセスでき、画面中央にこのアルバムのジャケットがカラーで出現、そしてケアリイのメッセージに続き収録されている曲名のリストも示されます。ただし残念なことに曲名をクリックすることによりその音楽がパソコンから流れる筈の部分が未完成です。

■ すてきな名前「ウルヴェヒ」

彼の名前「ウルヴェヒ」というのは、ハワイ語で「植物が美しく育つこと。植物が美しく繁茂している場所」の意味を表します。アルバムのジャケットに緑の草のレイがデザインされているのは、彼の名前の象徴とも言えましょう。ふつうハワイの人はハワイ語の名前と英語の名前を持っているのですが、彼は英語名の「ロドニイ」には触れずハワイ語の名前だけを前面に立てて登場しました。

■ カ・マナワ・ポノ、今がその時だ

このアルバムのハワイ語タイトル「カ・マナワ・ポノ」の「カ」は英語の「ザ」に相当する定冠詞「マナワ」は「時、時期」そして「ポノ」は「適切な手順、善良」という意味をもっています。この「カ・マナワ・ポノ」についてケアリイは次のように書いております。「美しいもの、素晴らしいもの、悦びや悲しみなどに魂を深く没入させる瞬間、それら私たちの人生に織り込まれた貴重な瞬間すべてがカ・マナワ・ポノである。希望が満たされたり、つらい別れがあったり、旅の始まりや終わりであったり、扉が開き、閉じる、そういった幻想が実際となること、それがカ・マナワ・ポノである。いま新しい時が来たのだ。素晴らしい声のウルヴェヒ・グェレロが貴方の前に登場した。メロディーの心と歌詞の力はしばし私たちを結び付けるだろう。カ・マナワ・ポノ・・その時が来た。いまがその時なのだ。」

■ ケアリイの会社がリリース

このアルバムの制作担当のプナヘレ・プロダクションというのは、ケアリイとプロデューサーのフレッド・クラウス、そしてナ・ホクで何度も録音技術大賞を獲得しているジム・リンクナーの3人が設立し、ケアリイのデビュー・アルバムのハワイ語タイトル「カヴァイプナヘレ」にちなんで命名された会社です。オリジナルのレコード番号から分かるように、このアルバムはケアリイのふたつのアルバムに挟まれてリリースされています。

■ 曲目解説

ウルヴェヒはこのアルバムを一つのこだわりをもって構成しています。それは彼がマウイ島の人であることのアイデンティティーを示すという意気込みで、大半の曲にマウイ島にちなんだ曲を選んでいることです。

■ アイア・イ・ラハイナ: マウイ島ラハイナ付近の名所であるマルウルオレレ公園やハウオラ海岸そしてカウアウラ水路などを歌い込んだ新しいフラ・ソングです。曲中の「キハワヒネ」といのはマウイ島の爬虫類の姿をした女神のことです。

■ レイ・ロケラニ: 作曲者のチャールスEキングは「ハワイの結婚の唄」をはじめ100曲以上のハワイ音楽 を作りました。「ロケラニ」というのはマウイ島花の小さな赤いバラ「ロゼラニ」のことです。彼の作品に「プア・ロゼラニ」という曲もあり、またレイ・ロケラニ中の一部分が彼の作品「プア・カーネーション」と酷似している等、多作の為の混乱も見られます。

■ ホェン・ユー・テル・ミー・・・ : このアルバムでは数少ない英語のみの曲で「貴女の愛の告白は僕をすっかり変えてしまった。すべての不可能を実現したいし、何が起ころうと貴女を守りたい。」と歌われるラブ・ソング。

■ キパフル: 有名なハワイアン歌手ジェフ・ラズムッセンの兄カール・ホクラニ・ラズムッセンが作曲した新しいフラ・ソング。キパフルはマウイ島東部の谷間にある村の名前です。

■ ハエラーアウ: マウイ島ラハイナ近くの森ハエラーアウを歌った自作のフラ・ソング。最後のところの「オ・マウイ・ノー・エ・カ・オイ(マウイ島が最高だ!)」で、彼がいかにマウイを愛しているかがうかがえる曲です。

■ カ・フアカイ・ア・ラーイエロヘロヘ: 友人のカノエ・ナクアと作ったフラ・ソング、これもマウイ島讃歌です。「カヘキリ・・・」と「ピイラニ・・・」はいずれも昔のマウイ島の領主の名前です。自分を蔓草に例えて、水の豊富なマウイが好きと歌います。

■ マイ・フレンド・イズ・ゴーン: 親友ブレンダン・カマル・ベイカーの死を悲しんで作った唄。「友が去った、そこはもっと良い場所だと皆は言うが、僕はそこを知らないし、行って欲しくなかった。でもやっと分かった、友は自分の家に戻ったのだ」

■ カプナホウ: はじめてマウイ島以外の唄の登場です。カプナホウというのはオアフ島のプナホウ地区の古い呼び名です。伝説の神カーネが水を得るために部下を地中に押し込んだところ、水が湧きだして池となった地点だそうです。

■ プナルウ : ハワイ語の権威であり、ハワイ音楽を数多く作曲したメアリー・カヴェナ・プクイと、85歳の現在でも現役で演奏し、「プアマナ」の作者としても有名なアームガード(原文の「イムグラード」は間違い)・ファーデン・アルリの合作になるフラ・ソング。

■ KULU、■ ラジオ・フラ: その時々で話題になった事件が唄になることはハワイでも例に漏れません。ハワイで商業放送が始まったのが1922年、カリフォルニアからのナマ中継が放送されたのが1931年ですので、この曲もその時代の作品でしょう。

■ カム・イン・フロム・ザ・レイン 仲違いをした恋人に対して、「あれから君もいろいろと大変だったようだが、時間も経ったし僕も悪かったと思っている、いつでも扉を開けておくから戻って欲しい、君を愛しているので・・」と歌っています。

■ ウア・リケ・ノー・ア・リケ 今から120年ほど前に作られた曲で邦題は 「変わらぬ心で」。皇室から島津家に嫁いだ貴子さんのお好きな曲としても知られ、故ポス宮崎のリサイタルに臨席された際にこの曲を捧げたというエピソードもありました。

マット・コバヤシ 


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