第二回:2003年1月4日掲載

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   処女の汚辱

前回はドクロイノシシの毒牙にかかって、あえなく果てた生け贄の女性のエロスについて考察しました。今回はハエ男の毒液を顔面に浴びて、粉々に砕け散って果てたお手伝いさんについて妄想してみたいと思います。
     その日、一文字隼人は一人の卑劣な若者に遭遇しました。この若者はどうやら富裕な家のどら息子で、親の脛をかじって豪華なスポーツ・カーを乗り回し、その挙句に下校途中の小学生を車ではね、あまつさえひき逃げしようとしたのでした。
     ひきにげの現場を目撃した一文字隼人はバイクで若者を追跡しましたが、あと一歩というところで逃げられてしまいました。他に類を見ない若者の邪悪な性格に目をつけたショッカーが彼を逃がし、改造人間用に捕捉したのでした。この卑劣漢は死神博士の手術により、悪魔の使者ハエ男に改造されたのです。
    その晩、一文字隼人と立花レーシング・クラブの面々は、昼間のひき逃げ事件を告発するために、若者の実家である洋館を訪れます。洋館に乗り込んでゆく一行を、草むらの影から怪しい緑色の眼光とブルルルという破擦音を発しながら、ハエ男が見つめています。

  この怪しい音に、洋館のお手伝いさん(出演:須永かつ代)が気づきます。このお手伝いさん、年の頃は18-19歳といったところでしょうか、ふっくらとした頬と大きな眼が魅力的です。髪型は肩にかからないくらいのショート・カットで、昔懐かしいパッチン留めをしています。服装は・白・橙色で横縞をあしらった薄手の丸首セーターに、膝上10センチくらいの黒いミニ・スカートをはいています。スカートの上にかけた白いエプロンと、(ストッキングをつけていない)脚の上から直に履いた白いソックスが、清楚な印象を与えています。
     「何の音かしら……?」
     お手伝いさんは物音のする方に行こうと、一瞬、コーヒー・ポットから離れます。この時、ハエ男の操るロボット蝿がポットの中に催眠薬を投入するのですが、お手伝いさんはそれに気づきません。そもそもこのお手伝いさんはちょっとぼんやりした女の子のようで、いったん怪しい物音の正体を突き止めようとしたのなら、そのまま最後まで調べれば良いのに、来客(立花レーシング・クラブの面々)が待っていることを思い出し、コーヒーを注ぎに応接間に戻ります。この一瞬の隙にコーヒーの中に催眠薬が入れられてしまったのですから、客人たちにとってこれは迷惑きわまりないことです。
     お手伝いさんが客間を退いたすぐ後、例の卑劣な若者の母親が客室に入ります。この母親については本題と関係ないので駆け足で進みますが、この親にしてあの子あり、いかにも癇の強い、いけずなオバはんです。立花のおやっさんも何を言っても無駄と諦め、コーヒーを頂いて退散しようと、まんまと催眠薬入りのコーヒーを飲んでしまいます。ハエ男が彼らを操ろうとしますが、もとより仮面ライダー・一文字隼人とFBI・滝和也に通用するはずもありません。簡単に倒され、気を失います。

    客間がこのように騒ぎになっている時、お手伝いさんは今頃になって、さっきの物音の正体を突き止めようと玄関から外に出てきます。

  「誰っ?そこにいるのは誰なの?」
     これもまた、どうにもぼんやりした問いかけです。いったいそこに誰がいると思っているのでしょうか?普通なら怪人の存在など想像すらしませんから、そこに誰かいるとしたら、強盗か泥棒ということになります。十分、危ない状況です。それが怪人=ハエ男だった訳ですから、その驚きはいかばかりかと同情致しますが、いずれにせよ、このお手伝いさんは目に見えぬ危険に対して、いかにも無用心すぎます。
     玄関から程近い草むらの中から、緑色の大きな複眼を怪しく光らせながら、ハエ男がヌッと姿を現します。
     「きゃーっ!!」
     やはり泥棒か何かを想像していたのでしょうか?草むらの中に異形の怪人を見出したお手伝いさんは、自分のぼんやり加減さを悔やんだかどうか分かりませんが、必死に家の中に逃げ込もうとします。しかし、姿を見られたハエ男は後ろから彼女を捕まえて、両肩を掴み、いやがるお手伝いさんを正面に向き直らせます。
「いやっ、助けてっ誰かっ!……、あっ……!」
     ハエ男の腕の中で必死にもがき、逃れようとするお手伝いさんの顔めがけて、ハエ男の口から白いねっとりとした粘液が「ちゅーっ!!」と噴射されます。
   「ん、……、んん………」
    お手伝いさんは声にならない呻きをあげますが、ハエ男の毒液は容赦なく、彼女の頬、顎、瞼、鼻、……、顔一面を白くまったりと覆ってゆきます。
  お手伝いさんは初め、苦痛に顔を歪めていますが、次第に意識が薄れ、全身から力が抜けてゆきます。ハエ男は脱力したお手伝いさんの身体を玄関先の庭に投げ倒します。お手伝いさんはヨロヨロと歩きながら、茂みの中にうつ伏せになって倒れこみます。
  
   その時、お手伝いさんの身体から閃光が発して、彼女の肉体は白煙を上げながら、跡形もなく消滅してしまいます。かくして薄幸のお手伝いさんの悲劇の幕が閉じられます。
  




毒液が意味するもの
   先にも述べましたが、このお手伝いさんはあまり賢い女性でないように思われます。お客が待っているのに(たとえわずかの間でも)コーヒー・ポットを放ったらかしにしたり、危険を顧みずに不審者を突き止めようとしたり……。
     一方で彼女はスレていない、童女のようなあどけなさを持っています。喋り方もどことなく舌足らずで(須永かつ代さんの名演技、というより地でしょうか)、子供っぽいところがあります。むしろ子供らしさを残していたからこそ、ああいった場面で大人の分別ができなかった、とも考えられます(そして、それが彼女の命をも奪ってしまったのですが)。
     もう一度、彼女の服装を見てみましょう。
     先回のドクロイノシシに溶かされた生け贄の女性は、真っ白なブラウスを着ていました。ブラウスの襟は、生け贄の処女という性格から胸元を見せないシャツ・カラーであり、それが彼女の秘所(胸元)を守っていました。そしてドロドロに溶けた溶液がブラウスの襟や身ごろを汚すことによって、女性の秘所=聖性が犯され(冒され)、エロスが顕現するというのが先回の骨子でした。
     これに対して、ハエ男の毒液を浴びて果かない一生を終えるお手伝いさんは、なかなかカラフルなセーターを着ています。、白、橙色……、七色すべてを網羅してはいませんが、まずは虹色のセーターと言っても構わないでしょう。虹と言って想像されるのは、やはり希望とか夢とか、将来に対する明るい期待のようなものだと思います(たとえば「久遠の虹」といった表現も永遠に続くというイメージがあります)。ここでお手伝いさんが着ていたセーターが虹色なのは、彼女がまだ成熟した女性ではない、将来を夢見る童女的な存在であることを示しています。
     彼女の童女性=処女性を傍証するように、このセーターはきっちり首元にとどく丸首の襟になっています。決して胸元を大きく開いたVネックではないのです。このことからも、彼女はまだ秘所=胸元をしっかり覆い隠した処女であり、成熟した女ではないことが分かります。
     さて、いよいよ毒液噴射です。
     『仮面ライダー』シリーズにおいて、怪人の噴射する毒液・溶解液はごく初期から登場しています。最初は第3話の人食いサソリで、尻尾から赤い溶解液を噴射し、奴隷としてこき使われていたショッカーの囚人たちを処刑してしまいました。女王蟻怪人アリキメデスも触角から同じような赤い溶解液を噴射し、警備員を殺しています。一方、トリカブトは口から緑色の毒液を吐いて、ショッカーの悪事を目撃したオートバイの青年を溶かしました。ハエ男の後も、ナメクジラが白い溶解液でこそ泥たちを殺し、毒トカゲ男は赤い毒液を吐いて青年科学者を溶解死させたりしています。
     以上の溶解シーンは、実際にカラフルな粘液を俳優さんに浴びせて、俳優さんが倒れたあとは、発泡スチロールかなにかで作った人形と差し替えて、この人形を酸か何かで実際に溶かして、映像を作ったと思われます。
     ところでせっかく女性被害者が登場しているのに、ハエ男の毒液に限って、どうしたことか人間を溶解させるのではなく、爆死させるという変則的な演出になっています。
    当時(72年1月)、私はリアル・タイムで『仮面ライダー』を見ており、ハエ男の回の直前に毎日小学生新聞で「白い溶解液を吐く怪人」という予告記事を読んでいましたので、本放送されて、お手伝いさんが顔面にまったりと白い毒液を浴びたのを見た時、「つ、つ、ついに……(女性の溶解シーンが来た)!!」と思ったのですが、実際にはお手伝いさんは溶けず、爆発死したので、「なんでだ?!なんで溶けないんだ!!嘘つき!!!」と憤慨したものでした。
    話は逸れますが、つい最近、『仮面ライダー・アギト』の映画版「プロジェクトG4」を見ました。その冒頭で、超能力を持った少年少女を育成する研究所を、蟻型のアンノウン(怪人)が集団で襲います。逃げ惑う超能力少年少女やインストラクターたちをアンノウンが次々と殺戮してゆくのですが、その中に、女性のインストラクターがアンノウンの吐く蟻酸を浴びて殺されるシーンがあります。この女性(美人です)、インテリ風の眼鏡をかけていて、白っぽいシャツ・ブラウスに紺のスカートという、あまり女性のエロスを強調しない服装をしています(処女かも知れませんね)が、彼女もお手伝いさんと同じように、顔面にもろに蟻酸を浴びせられます。
   ところがプログラムには「人間を溶解する蟻酸」と解説されているのに、彼女もまた溶けないのです!(歴史は繰り返す?)当初は溶解させるつもりだったのかも知れませんが、実際のロードショーでは被害者は溶けず、口から泡を噴いて窒息死するだけです。この蟻酸は無色透明の液なので、顔にぶっかかってもメッシーにもなりません。噴射の勢いそのものは壮烈だっただけに、結果が不完全燃焼で、非常に遺憾と言わざるを得ません。
     ところで、ハエ男に毒液を浴びせられたお手伝いさんは、どうして溶けなかったのでしょうか?
     演出的に考えるならば、これは彼女が倒れこんだ先が茂みの中だったことが災いしたのではないかと思われます。つまり溶解する場合、人間が倒れたあと人形と差し替えるのですが、人間と人形とでは背景の茂みに対して縮尺が異なるため、人形を使うと背景とのサイズの関係が不自然になるのです。このためお手伝いさんは溶解死ではなく、爆発死させられた(爆発なら人形を使わなくて良い)と考えられます。
     それはともかく、このお手伝いさんの最期にエロスを感じた人は少なくないはずです。らいだーまん様にとっても、私にとっても、このシーンは溶解ふぇちの原点となったものです(溶けてないけど……)。しかし、このお手伝いさんは溶けて亡くなったわけではないし、先にも述べた通り、彼女はまだ未成熟の童女=処女ですから、このエロスは一体、いかなるところから感じられるのでしょうか?
     溶解液を浴びて死んだ他の被害者(専ら男性)の最期を振り返ってみると、人食いサソリはかなり離れた位置から囚人たち目掛けて溶解液を噴射します。これは顔面に限らず、囚人服の上からあたり構わずぶっかけています。トリカブトはやや離れた場所から、かなり正確にオートバイの青年の顔面に毒液を浴びせます。また毒トカゲは逃げる青年科学者の背中めがけて、かなりの長距離で溶解液を噴きつけます。つまり、いずれの場合も至近距離から溶解液を浴びせることはまれで、普通は離れたところから一定の間隔をもって、相手に噴きかけているのです。
     これに対して、ハエ男は違います。逃げるお手伝いさん後ろから捕まえて、両肩を掴んで、わざわざ正面に向き直らせ、彼女の顔面に対して至近距離からまともに毒液を噴きつけます(このあたり、アギトの蟻型アンノウンも共通しています)。
     どうしてハエ男(そして蟻型アンノウン)の場合、至近距離から噴射する必要があったのでしょうか?
     至近距離というのは、怪人の側からすれば毒液を正確に被害者に浴びせることを可能ならしめるわけですが、テレビ的には怪人が被害者に毒液を浴びせる標的部分を大写しすることを意味しています。この場合、標的は女性被害者の顔にほかなりません。そしてここで女性被害者の顔面に降りかかるのが、ねっとりとした白い粘液であることが重要な意味を持っているのです。
     結論から言えば、ハエ男の噴射する粘液は男性の精液のアレゴリーなのです。精液のように半透明でこそありませんが、白いねっとりとした液体が線状の軌跡を描いて、若い女性の顔面を直撃し、べったりまとわりつく。これはいわゆる「ぶっかけフェチ」に他なりません。つまり、お手伝いさんは毒液ならぬハエ男の精液によって犯された(冒された)のです。
     そう言えば、ハエ男の実家であるこの洋館には改造される前の卑劣な若者と、この子にしてこの親ありという感じの、癇の強い母親、そして薄幸のお手伝いさんの3人しか住んでいませんでした。父親はすでに亡くなったのか、あるいは海外にでも単身赴任していないのか、いずれにせよ明らかに不在です。恐らくハエ男は、癇病みの母親からろくなしつけも受けず、我侭三昧で、あのような卑劣漢に育ってしまったのでしょう。
     そんな卑劣漢にとって、一番身近にいた女性は、かのお手伝いさんです。もちろん彼女はどこかとろい、まだまだ大人になっていない童女ですから、卑劣な若者にとって「本気」の相手とはなりえなかったでしょうが、「浮気」心でいつか一回くらい悪さしてやろうと考えていなかったと誰が言えるでしょうか?
     そして、その一回限りの悪さをする時が来たのでした。いまやショッカーの怪人となったハエ男は立花レーシング・クラブの面々を催眠薬で操るという使命をそっちのけで、自分に気づき、驚いて逃げようとした、いたいけな少女を捕まえ、女性にとって命の次に大事な顔めがけて、自らの性欲を満たすべく、白い毒液=精液をぶっかけたのです。
     お手伝いさんは初め、その屈辱を恥じ、苦しみ、悶えますが、いつしか苦悶の表情も消え、恍惚とした表情になっています。そこには性の悦びを知った大人の女性の表情が感じられます。顔面を汚されたことにより、彼女は童女としての聖性=処女性を喪失し、大人の女性となったのです。
    それを証明するかのように、これまでしっかりと守られてきた秘所が露わにされます。彼女が茂みに倒れ込んだ時、短いスカートの奥に白い股間のものがほんの一瞬見えます。これはお手伝いさんが自らの女性性を主張した、最初で最後の瞬間でした。

     お手伝いさんはハエ男の毒液=精液を顔面に浴びたことによって、初めて性を知りました。そしてそのまま一気に燃え上がり、燃え尽き、はかなく果てました。ここに至って、どうして彼女が溶解でなく、爆死したのかが理解できるのです。爆発は性の燃焼に他ならなかったのです。
     死に至る最期の瞬間に、女の痛みと性の悦びを知り、一気に燃え上がり燃え尽きたお手伝いさんの姿に、私たちは言い知れぬ戦慄と女のエロスを感じるのです。
    次回はホネゲルゲに抱きつかれて骸骨となった主婦のエロスについて考察したいと思います。