女スペクター

作:妖女溶解女様

 夜の郊外の空き地に、宇宙から飛来した2つの火の玉が落ちて来た。
火の玉が落ちた地面からは、黒いタール状の液体がドロドロと流れ出し、次に液体はグチュグチュと音を立てながら滑らかに盛り上がって、2人の若い女性の身体になった。
 
 2人は姉妹なのか、顔は瓜二つで、目の大きな人好きのする愛嬌のある美人だった。2人ともショートカットの髪で、首から下は黒いすべすべの継ぎ目のないゴムのような服で覆われていた。
黒い服には透明な粘液がその表面をトロリと流れており、粘液に街灯の光が僅かに反射して、2人の身体のラインを強調していた。
実は、2人は、ゴアが地球に送り込んだ宇宙植物の改造体で、人間の女性の格好をした工作員「女スペクター」1号と2号だった。
「女スペクター」は自分の身体を自由に溶かして液体になり、触れた人間の身体を、あっと言う間に骨も残さずドロドロに跡形もなく溶かしてしまう能力を持っていた。
 
 2人が歩いて道路に出ようとすると、人間の足音が聞こえた。
「誰か来る。」
1号が言った。
「どうするの?」
2号が聞いても、1号は口に指を立てて
「静かに。溶けて!」というなり、グチュグチュという音を立てながら身体を跡形もなくドロドロに溶かし、黒いタールのような液体になって地面を流れていった。
2号も少しうずくまるような格好をした次の瞬間、地面の上に黒くドロドロに溶けて平べったく崩れ、タールのような液体になって流れて行った。
 
 暗い夜道を歩いて来たのは、制服を着た2人の婦人警察官の香織と京子だった。住民から火の玉が空き地に落ちたようだと通報を受けて、調べに来たのだった。
「何か流れるような音がするわね。」
香織が怪訝な顔で言うと、
「女性の声も聞こえたような気がするわ。」と京子も小声で答えた。
暗くて良くは見えない2人の足元の地面を、何かが流れて近づいて来るような音がした。
 
「何これ。」
香織が気付いた時は少し遅かった。香織の足にタール状のネバネバした黒い液体が這い上り始めていた。
「ああっ。」
香織は両手で自分の後頭部を押さえるような格好で、苦痛に顔を歪め、激しく悶えた。
 
「うっ、身体が、身体が崩れ…溶け…」
香織は皆まで言うことは出来なかった。
香織の身体から細かい泡が弾けるような音が聞こえてきた。
京子は、助けようと香織の方に一歩踏み出した時、香織の顔に大きな褐色の泡が出来るのを見た。
褐色の泡は瞬く間に顔全体に広がり、次の瞬間プツッと泡が弾けるとそこには香織の頭は全く残っていなかった。
香織の顔はドロドロの褐色の粘液になって制服の上を流れて落ちていった。
香織の全身のいたるところに大きな泡ができ、その泡がプツプツと弾けながら香織の身体はドロドロに骨まで溶け崩れていった。
数秒の間に香織の身体はグチャグチャに溶けてなくなり、婦人警官の制服だけが路上に残っていた。その制服の下からグチュグチュと音をたてて、黒いタール状の液体が流れ出して来た。

(どうしよう。あれに触れたら、自分も香織のように溶かされてしまう。)
京子は逃げようと思ったが、後ろから追いつかれて身体を溶かされてしまう恐怖も感じて、呆然と溶け残った香織の制服を見ていた。
(何かしら?)
京子は崩れ落ちた香織の制服のポケットに光る物を見つけた。
(そうだ。)
2人で行く明日からのキャンプに備えて購入した携帯用コンロのボンベだった。
(楽しみにしてたのに。)
京子の目に涙が溢れた。
(ボンベ……火っ!)
京子は咄嗟の判断で、ボンベに向かって発砲した。
ボンベは爆発し、香織の制服も激しく燃え上がった。
炎に照らされて、少し冷たい感じを漂わせるがよく整った京子の顔は、美しく幻想的な雰囲気を醸し出し、たった今、目の前で繰り広げられた惨劇とは、不釣り合いなほどだった。
炎が小さくなり、京子は火がついた黒いタール状の液体も四散し、路上で燃え尽きて煙を上げているのを確認した。
 
「良かった。片付いたわ。それにしても香織…。」
京子は、署に帰って報告しなければと、涙を拭いながら歩き始めた。
 
「グチュッ。」
  
(あっ、しまっ…た…。)
京子は何かネバネバした物を踏んだことに気付いた。
不安に心臓が早鐘のように打っていた。
恐る恐る足元を見た京子の顔は、恐怖に目が飛び出しそうになっていた。
黒いネバネバしたタール状の液体……香織の身体を跡形もなく溶かした黒い液体が自分の足を這い上って来ていた。
「もう、だ…め…私も…溶け…く…ずれ…。」
言いかけた京子の顔には大きな褐色の泡が出来はじめた。
褐色の泡は香織の時と同様瞬く間に京子の顔全体に広がった。
京子の全身のいたるところに大きな泡ができ、京子は褐色の泡で出来た人間の形をしたものが婦人警察官の制服を来ているような格好になった。
泡状になった京子は苦痛のあまり激しく悶えていた。
次の瞬間その全身の褐色の泡がプツプツと弾け、京子の身体はドロドロに骨まで溶け崩れた身体の汁を周りに飛散させながら、グチュグチュと音を立てて跡形もなく崩れていった。
やはり数秒の間に京子の身体はグチャグチャに溶けてなくなり、婦人警官の制服だけが路上に残っていた。
 
溶け残った京子の制服の横には、人間の形になった「女スペクター2号」が立っていた。
「火には気をつけないと。」
そう言うと、「女スペクター2号」は再び身体を跡形もなくドロドロに溶かし、黒いタールのような液体になって地面を流れていった。

(おわり)