喰らう紺碧


作・丸呑みすと様


 紺碧の空と海。あまりにも手垢の付いた表現だが、その日の地蔵が浦の景色を表すのにこれ程の形容は無い。
遠浅のこの海岸は、関東地方の隠れた海水浴スポットとして、近年人気が高まっている。
海岸の片隅には小さな地蔵、それもかなりの年月を経たと思しきものが多数、潮風に晒されはるか沖を望んでいる。
海面に漂う浮袋に稲垣美和は身を委ねていた。21歳の女子大生の美和は小柄ながら、中高と新体操で鍛えたメリハリのある肢体にオレンジの三角ビキニをまとっている。
豊かなバストが浮輪に乗っかている。
美和のくびれたウエストからキュッと形よく盛り上がったヒップが水中で幻想的に見える。
紐パンタイプのボトムが白い尻に食い込む。

そいつははるか沖から来た。紺碧の世界を、その巨体をくねらせながら。
古からの記憶。柔らかな肉と生温かき血への渇望。
そいつは大きく顎を開くと、海面近くの贄へと突進した。

いきなり強い力で美和の身体が水中へ引き込まれた。
必死に水を掻き、浮輪の穴から顔を出す。むせながら飲んだ水を吐き出す。

「な、何?!」

うろたえる彼女は不意に鋭い痛みを感じた。
恐る恐る右足を探る。膝から下が万力で挟んだようにひしゃげ、潰れていた。
生温かい鮮血が溢れ出している。それは次第に美和のまわりに拡がりつつあった。

「―――!!」
悲鳴を上げようとした美和が飛沫を上げて波間に消えた。
美和の下半身に喰らいつき引きずり込んだそいつは、一旦、顎を開き再度、今度はより強く喰らいついた。

鋭い歯が彼女の柔肌を貫き、筋肉と骨格と器官を瞬時に押し潰した。
水中に血煙りが花のように広がり美和の姿をかき消す。ビキニの切れ端が主無き浮輪と波間に漂っている。

水深は鳩尾の少し下だった。二人のビキニ姿の少女がはしゃぎながら水を掛け合っている。
バイト仲間が休みを合わせて海水浴に来ているのだ。
グラマラスな身体に水色の三角ビキニを着たポニーテールが春井恵。21歳の女子大生。
全体的に小ぶりでスレンダーなセミロングが女子高生の兼木純。レモンイエローのビキニだ。溌剌とした健康的な肢体が眩しい。

そいつは飢えている。さっき喰らった餌は瀕死のまま胃へ送り込まれ、消化された。
もっと、もっと喰らわねばならない。凶暴な捕食本能が新たな餌を感じ取った。
そいつの巨体ではそろそろ身を隠すのも無理だ。だが恐れることはない。古の巨大魔化魍オロチが何を恐れるというのだ。
巨大な波頭が純を襲った。恵は見た。跳ね上げられた純を一噛みで血煙りに消し去った死の顎を。

「誰かァ!助けてぇ!!」
恵は抜き手を切って泳ぎだした。異変に気付きだした海水浴客達が騒ぎ出した。
恵の周りが不意に陰った。振り向き見上げた彼女の視界に、上から降ってくるオロチの開いた大口が見えた。

真っ暗な中を恵が滑り落ちていった。純の様に一噛みで身体も生命も絶たれることは無かった。
だが、それは別の酷く苦しい死であることには違いない。

魔化魍の胃液の中に落ちた彼女は全身を焼く凄まじい激痛を感じ、絶叫した。

叫びは胃壁に空しく吸収され、暗闇の中、湯気と泡を上げながらたわわな女子大生の肢体は溶け崩れていった……。