美しき餌食


作・丸呑みすと様


 ドアが開き、オフィスに入ってきたのは煙草を吸いにリフレッシュルームへ向かった上司の岡村瑞穂ではなかった。
「な、なんですか?貴方。入室なら入り口のベルを鳴らして下さい」
遠野麻由美が席を立ちながら言った。
ここは都心にあるビルの5階に位置する中堅商社のオフィス。
麻由美はこの会社に入社して3年目 を迎える25歳のOLだ。
残業をしているうちに時計の針は午後十時を過ぎていた

「まあまあ、同じ階のよしみで・・・」
不意の入室者である明智という中年男が笑みを浮かべつつ、麻由美をなだめた。
最近、同じ階に事務所を構えたというこの男が麻由美は苦手だった。
D-リサーチとかいう調査会社で探偵をやっている明智はしばし、麻由美や他の女子社員達を、無遠慮に舐めるように見る事があった。
細身ながら出るべきところは出て、締まるとこは締まったプロポーションの麻由美は、中学の頃から男性の熱い注目 をうけることが多かったが、明智の視線には、得体の知れない不安を感じていた。
(探偵だから、家とか電話とか調べ上げられるかも・・・)
「もうすぐ、うちの者も帰ってきますよ。私だけなら無かった事にできますけど、もし―」
「その心配はありません」
明智はにやっと笑うと、麻由美の頭からつま先まで視線を走らせた。
栗色のロングヘア。端正な瓜実顔。白いブラウスの上に重ねたペパーミントグリーンのベストと、同色のタイトミニ。ハニーサンドのストッキング。白いパンプス。
「彼女なら私の中ですから」
明智は大きく口を開けた、と同時にその姿は歪み、顔全体が大きな口の異形の怪物へと変わっていった。
「今日はラッキーだ、いつか喰いたいと思っていた若い女が二人もいるとはなあー――っ!!」
「い、いやあーーーっ!!」
麻由美は弾かれたように、逃げ出した。
大口の化け物―ドルゲ魔人・クチビルゲは少し身体を反らせると、口から黒い粘り気のある液体を吐き出した。腐食性の溶解へドロだ!その原料は―人間―
ヘドロは麻由美の足元に命中し、飛沫が彼女の脚にかかった。
「あっ!」
脚に焼かれる痛みが走り、麻由美は前のめりに転倒した。
スカートがずり上がり、形のいいヒップに食い込んだ白いレースのショーツが剥き出しになる。
クチビルゲは彼女の両足首を掴むと、そのまま口へと運んだ。
「た、助けてぇ―――!!」
腰のあたりまでが飲み込まれる。
「フフフ、若い女は美味い」
クチビルゲの舌がスカートの中にもぐりこみ、下腹部を撫でた。
必死に身体をくねらせ、もがこうとするのも虚しく、麻由美はついに丸呑みにされてしまった。
「ああっ・・・」
もはや悲鳴ではなく、呻き声しかだせない彼女はわずかに開いた口から顔だけを覗かせていた。胃壁が彼女の肢体をじわじわと押しつぶし始め、胃液と混じった溶解へドロが、下肢の感覚を麻痺させ、ゆっくりと溶かし始めていた・・・

クチビルゲが再び明智の姿になって、ビルを出たときには麻由美は、先に呑まれた瑞穂同様跡形もなく解けさっていた。
そしてヘドロに黒く染まった着衣はこっそりと、ドブ川に捨てられた。