素材No.1:女郎蜘蛛
素材No.2:黒田圭子26歳
とある銀行のカウンター、にこやかに客の応対をする女性。長身で手足が長く、伊東美咲に似ている。しかし目 は一重で切れ長、いかにも気が強そうな顔である。黒田圭子26歳、今日は主に窓口の担当であった。
仕事が終わり銀行を裏口から出ると、そこに丁度来たタクシーを停め乗り込む。タクシーはすぐに走り出した。
「例の物は用意できたか?」
帽子を深く被った運転手が無表情に低い声で言うと、圭子は無言で大きな茶封筒をバッグから出し運転手に渡す。
翌日、圭子がいる銀行に覆面をした5人組の強盗が入る。強盗は制止しようとする警備員や行員ら数人をいきなり射殺した。奥の大金庫の現金と金塊を奪い、圭子と若い女子行員を人質に捕ると、入口前に停めてあった古いアメリカ製の大型バンに乗込み白昼堂々と表通りを走り去った。バンの中で強盗達が覆面をとるとそれはショッカーの戦闘員であった。そこに通報を受けて到着したパトカーがすぐに追いかけたが、交差点を3つほど曲がるとそのバンは忽然と姿を消していた。
*ショッカーのアジト
気を失った若い女子行員が立ったまま壁に太いベルトで拘束されている。しかし圭子は、戦闘員二人に挟まれ一緒に赤いランプが点滅するエンブレムの前に立っていた。
「よくやった。お前の協力により今回の強奪計画は大成功だ。今までの、我々ショッカーの改造人間達と比較しても、勝るとも劣らない功績である。」
首領の声が響く。
「お褒めいただき、光栄です。」
圭子は深く礼をした。
「次の計画にもお前の能力が必要だ。今度はお前が責任者となって計画を進めるのだ」
「ありがたきしあわせ。」
また深く礼をすると、下を向いたまま
「あの・・・」
「わかっておる。あれを見よ。」
ギュイーン
壁にある金属の扉が開いた。そこには台の上に置かれた山積みの札束と金塊、そして黒い布で覆われた、高さ、縦横が50pほどの箱が置いてあった。
「これらは総てお前のものだ。」
それを見た圭子は目 を輝かせた。莫大な報酬に喜びが抑えきれない圭子は今まで見せていた表情とは違う、何とも毒々しい顔で笑いはじめた。
「うふふふ、あははは、あはははは・・・・」
「この功績を称え、お前にはショッカー最大の栄誉である、改造人間となることを許可する。」
「えっ?」
驚いたようにエンブレムを見上げる圭子。
「見せてやれ。」
「イーッ」
戦闘員の一人が金塊の横にある箱の覆いを取った。
「我々ショッカーの科学陣が、お前のために改良した猛毒女郎蜘蛛だ。」
透明なケースの中では巨大な女郎蜘蛛が噴き出した糸でねずみを絡め捕っていた。
「きゃあーっ」
その異様な巨大蜘蛛を見て、圭子は思わず叫んだ。
ギュイーン
壁にある金属の扉が開くと、圭子の身長ほどの磔台のような手術台が現れた。改造人間が何であるか、改造されれば元の人間には戻れないことをすでに知っていた。彼女にとっては手術台イコール死刑台である。圭子は恐怖に立ちすくんだ。
圭子の両脇に立つ戦闘員がそれぞれ圭子の左右の腕を掴んだ。
「はっ!いやっ、いやっ」
手術台を見た圭子は戦闘員から逃れようと激しくもがくが、通常の人間の数倍 の力を持つという戦闘員に女一人の力で敵うはずもない。あっさりと手術台に押し付けられた。
「いやっ、はなしてっ!」
カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ
両肩、両手首、両足首をそれぞれ硬いベルトで固定された。
ギュイーン
「いやあっ!」
脚の部分が左右に開き、圭子は銀行の制服姿まま、大の字で宙に浮いたような形になった。
「お前は蜘蛛人間となり、ショッカーの幹部として、次の人間捕獲作戦を遂行するのだ。」
「いやっ!蜘蛛人間なんていやっ!放してっ!」
圭子はもがこうとするが、固定された身体はびくともしない。戦闘員が巨大な女郎蜘蛛が入ったケースを機械にセットする。
「お願い!お金なんかいらないから放してください!お願いです!」
「今回の強奪作戦は、お前が我々ショッカーの一員に相応しいかどうかのテストだったのだ。お前はショッカーの秘密を知った。そしてすでに警察はお前を容疑者の一人として捜 査を始めている。もう元の世界には戻れないのだ。」
冷たく言い放つ首領。
「騙したのね!いや!改造人間なんていやっ!」
「手術を始めるのだ」
「イーッ!」
首領の命令によりスイッチレバーに手をかける戦闘員。それを見て恐怖の叫び声をあげる圭子。
「やめてぇ・・・」
ガチャッ
キュイーン・・・
ジジジジッ、ジジジジッ
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
機械の起動音、電気がショートしたような音と共に、稲妻のような光が圭子と蜘蛛の入ったケースを包み込み、圭子はのけぞるように顎 を上げ叫んだ。
圭子の手の指は目 一杯開かれ小刻みに震えている。
「ううん、ううん・・・」
首を左右に振りながら悶絶する圭子の顔に、ショッカー特有の青と赤の隈取のような模様が浮び上がっている。
若い女子行員が意識を取り戻した。そして目 の前で起こっている光景に目 が釘付けとなる。女子行員の目 に映ったのは圭子の服がボ ロボ ロと剥れ落ちてゆくところであった。
「ああああああ・・・・」
悶える圭子の括れた身体は、まるでボ ディペインティングか全身タイツのようである。薄緑の肌に蜘蛛の斑模様、胸の辺りからは小さな蜘蛛の足が生えきた。圭子の肉体に蜘蛛の細胞が深く浸潤していくようだ。
「あああ・・・あぅっあぅっあぅっ・・・」
目を大きく見開き、半開きの口から不気味な喘ぎ声をあげながら苦しむ圭子。その
顔は薄緑色になり、蜘蛛の顔のような模様が浮び上がる。
「ひぃ・・・」
変貌してゆく圭子を、大きく見開いた目で見つめる女子行員。
「あぅっあぅっ・・・ぐえっ、ケケッ、ケケケケケケッ」
苦しんでいた圭子は蛙を踏んだような声をだすと、突然奇声をあげて笑い出した。とても圭子のものとは思えない声で、その笑い顔はまるで怪談に出てくる鬼婆が暗闇で人を襲う時の顔である。
息を呑む女子行員。
「ケケケケケケ〜・・・」
奇声を発しながら圭子の顔は巨大な女郎蜘蛛の顔となった。
「きゃあああ〜っ!」
女子行員は叫び声をあげた。
騒々しく鳴っていた機械音や電子音がピタリと止んだ。
ギュイーン
手術台の脚の部分が閉じ、足が地に着いた。
ガチャッ
コッコッコッコッ
「ハァッハァッハァッハァッ・・・」
すべての固定ベルトが自動で同時にはずれ、蜘蛛人間はゆっくりとエンブレムの前に向う。蜘蛛人間の、硬い靴底のブーツ様な足音と、女子行員の粗い息づかいだけが聞こえる。エンブレムの前に立った蜘蛛人間は、背筋を伸ばしかしこまった様子でエンブレムを見上げた。赤いランプが点滅し警告音が鳴り始める。
「お前はショッカーの幹部、改造人間蜘蛛女となったのだ。」
「ありがたきしあわせ。ケケケケケ」
深く礼をする蜘蛛女。その声は圭子に似てはいたが、機械的で語尾にディレイがかかったように残響が残る。
「その力を試すがよい。」
「ケケケケケケ」
蜘蛛女は拘束されている若い女子行員の方にゆっくりと身体を向けた。
「いやあああ〜っ!」
あらためてその異様な姿を見て、さらに恐怖の叫び声をあげた。と同時に女子行員を拘束していたベルトがはずれ、女子行員は思わず前のめりに倒れこんだ。
バサッ
「ケケケケケケ」
蜘蛛女がじわじわと近づいて行く。
「ハァッ、ハァッ、いやぁ、ハァッ、ハァッ、来ないで、ハァッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
女子行員は腰を抜かしてなかなか立ち上がれない。粗い息づかいで尻もち状態のまま後ずさりした。しかしやっと立ち上がり、訳もわからずとにかく蜘蛛女のいる反対の方へと叫びながら走りだした。
「いやあぁぁ・・・」
ブシュー
蜘蛛女は口から白い物を吹き出した。それはネット状に広がり、女子行員はほんの数メートル走っただけで絡め取られた。
「きゃあ!ハッ、ハッ、はなしてっ!ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
女子行員は糸を引き千切ろうと全体重をかけ引っ張るが、蜘蛛女を支点にして左右に行ったり来たりするばかりで、糸はまったく伸びもしない。彼女を包むネットはねばねばで弾力があるのだが、二人をつなぐ部分は硬いロープのようである。
「うーん、ハッ、ハッ、ハッ、うーん、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。」
蜘蛛女と繋がった糸が切れないのなら、自分に貼り付いたネットを剥がそう、ともがく女子行員。その顔は汗と涙と鼻水でグシャグシャだ。
「ケケケケケケ、死ねっ!」
ビュッ!
蜘蛛女は口から何か赤い物を吐き出した。それは糸をつたってあっという間に女子行員に到達し、その全身をみるみる赤く染めた。と同時に蜘蛛女は糸を切った。
ドタッ
弾かれるように倒れこむ女子行員。
シュウウウウウウ・・・
「あぎゃっ、あうわうわうわ、あうわうわうわ・・・・」
赤い半透明の粘液に包まれ、芋虫のように転げまわる女子行員。
「ケケケケケケ」
それを見つめる蜘蛛女はまるで笑っているようである。
「しゅえぇぇぇぇ・・・・」
ジュワジュワジュワジュワ・・・・
不思議な声を発しながら、女子行員の身体は制服ごと形を崩してゆく。それはまるでシンナーを拭きつけた発泡スチロールのようである。
女子行員はすっかり溶け、赤い水溜りになった。その水溜りもみるみる蒸発し、そこで若い女性が「生きたまま溶かされていった」という痕跡さえも消えてしまった。
おわり