食女植物・恐怖の捕食実験

作・画像制作:J.K様

2002年9月25日(水)、午後6時、ここは東京都緑区にある大和大学植物学研究室。白衣を着たふたりの男が2台のテレビモニターの前で、2本のビデオテープを再生しようとしていた。ひとりは植物学、特に食虫植物の権威、大原 武教授(55才)、もうひとりは研究室講師の西森正和(38才)であった。
  西森が各々の再生ボタンを押した。2台共、小型デジタルビデオカメラで撮影したものであった。日時は昨日24日の夜、10時5分からであった。Aモニターは大学近くの歩道の植え込みにある
赤い花の正面を、約30メートル離れた場所から、また、Bモニターは赤い花をすぐ近くの地面から、低い位置から写し出していた。・・・・・・
 両方のモニター共、画面上の変化はなかったが、15分ほど経過した時、Aモニターで、向こう側から歩いてくる人影を確認できた。
 西森が言った。
「・・白いスーツ、スカート・・・若い女性です。」
A、B各モニターから音も聞こえてきた。女性の歩行音、だんだん大きくなってきた。
「・・コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」
 
中野暁子がその女性であった。商社勤めのOL、21才、身長165センチ、髪型はストレートのセミロング、白のツーピース・スーツ、スカート丈は標準より少しミニの、膝上20センチくらい、ベージュのパンスト、靴は7センチヒールの白のイタリアンパンプス、左肩には黒のショルダーバッグをかけていた。時計以外のアクセサリーはつけていなかったが、やや派手めのファッションであった。 
 Aモニターで彼女の姿が確認されると、
赤い花蒼白く発光したのだ。暁子の声、「はっ!! きゃっ!!・・」
そして次の瞬間、
赤い花蒼白い光を放ちながら、みるみるうちに巨大化していくように、Bモニター画面では見えた。
「シューー!シュル、シュル、シュル、シュル!!・・・」
「きゃあああ!! ば、化け物――――!!」 
彼女が驚いて、黒のショルダーバッグを投げ落とし、それがBモニターのカメラにぶつかった。
「ドン! ピッ!」
 Bモニターの画面が消えた。設置のビデオカメラが横転し録画がOFFになったのだ。
 Aモニターでは、そのカメラと
までの距離が30メートルも離れていたのと、が巨大化して、当初設定の画面からはみ出してしまい、何が起きているのか確認できなかった。
「きゃあああああ!!・・・いやああ!!・・」 
「ジュル、ジュル、・・・ジュル・・」  
「たす、けて・・・」
音は小さくかすかに聞こえたが、その後3分くらいだろうか、
赤い花が元の大きさに戻るまで、何が起こったのかわからなかった。
 
 本日早朝、2台のビデオカメラのテープを回収する時、
赤い花の前の路上に、人間の骨らしきものの一部とパンプスの一部分が落ちていたので、ある程度は想像できた。
しかし、ビデオ録画が充分にできなかったことで、今度は生で見てみたいと、ふたりの欲求はさらに高まることになった。そして狂気の実験行為へと走らせてしまうことになるのだが。

 さて、今回の実験のきっかけをつくったのは、実は1年前の都内繁華街で起きた雑居ビル火災で多くの犠牲者を出した事故、であった。食虫植物の組織培養の権威である大原教授は、火災で死亡した人のほとんどが一酸化炭素を吸い込んでの中毒死であったことに注目。「もし、一酸化炭素を吸い込んでくれる新種の食虫植物の培養に成功したら。観葉植物のように店内や一般家庭に置いておけば、火災発生時に少なくても一酸化炭素を吸わないで済むから中毒死は防げる。まさにグリーンクリーナーとしての価値があるぞ。西森君、そうだろう?」 西森も「はい、そうですね。 ぜひ協力させて下さい。」  その日から
ふたりの異常な培養実験が始まったのだ。
 これまでの培養実験の要旨は以下の通りであった。

1. 閉じ込み式と落とし込み式双方の食虫植物の遺伝子組み込み。獲物を絶対に逃さないパワー。
2. ひまわりの種子粉末の接種。活動は夜、昼間は花が太陽に向く、エネルギーの効率充電。
3. オオカマキリの受精卵接種。茎のカマ化で獲物を捕獲、切断する機能。
4. その他、生命維持、調整のための接種


イ) 甘い香りで獲物を引き付ける、ぶどう糖果糖液糖。
ロ) 調整機能のアミノ酸。
ハ) 獲物のカルシウム吸収力をアップさせる、米酢。
ニ) 獲物の骨まで消化・吸収する、ホウジロザメの胃液。
 

・・・などであった。
 
 そして1年間の培養実験で、食虫植物が変異した、あの
赤い花が誕生したのだった。
しかし、今、ふたりがやっている実験は獲物、それも若い女性捕食実験という悪魔の行為。
この
はグリーンクリーナーではなく、グリーンデビルと呼ぶにふさわしい。

「西森君、今日は
グリーンデビルを昨日と同じ時刻、同じ場所に置いてみるが、我々はすぐ近くの、実際に見られる場所で待機していよう。ビデオカメラは1台だけでいいから、君が撮影してくれ。私は適時指示する。」と大原は言った。
 
グリーンデビルは通常の大きさが直径50センチほどあり、数枚の花びらがたくましく突き出しており、中央の花粉魂のような部位は獲物が落とし込まれ、消化・吸収されるところで、花びらの下にはかなり太い本茎があって、本茎から葉のついている支茎とついていない支茎がある。
そして数本ある、
葉のついていない支茎がカマなのだ。
1メートル四方の鉢植えにしっかりと立つグリーンデビルの高さは約1メートル。小型ビデオカメラを右肩にかけた西森は、大原とふたりでグリーンデビルを運ぶのだった。
 夜の10時を過ぎると、人通りはほとんどないが、オフィス街から駅へ抜ける近道であったその場所は、歩道沿いに草花や低木の植え込みがところどころにあって、帰宅を急ぐOLが結構通る道であった。
 25日夜、10時15分頃、向こうからこちらに歩いてくる人影が見えた。
暗いがスカートは確認できた。
「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」靴音も聞こえてきた。
 大原は「西森君、若い女性接近中。撮影開始。」
 西森は緊張しながら録画ONにした。
 スーツ姿の若い女性は、
三上幸穂23才、身長162センチ、髪型はセミロングで知的美人、都銀に勤務するOLであった。お堅い職業柄か、アクセサリーは時計とネックレスのみ、スーツはダークグレーのツーピース、スカート丈は標準的で、ベージュのパンスト、靴は4センチヒールの黒のプレーンパンプス、落ち着いた感じの女性であった。
彼女は黒の手提げバッグを左手に持っていて、もうすぐ近くまで歩いてきた。 
「コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ」 
「コ・」
立ち止まった幸穂
「はっ!」
幸穂は左側に見えたグリーンデビルに気がついた。蒼白い光を発光したのだ。
「えっ! 何?」 
幸穂の顔を
蒼白い光が照らし出した。
この
は獲物が若い女性であるかどうかの判定照射であった。
 甘いシュークリームのような香りがしてきた。
 そして次の瞬間、
「シュー! シュル、シュル、シュル、シュル・・」
 
がみるみるうちに巨大化したのだ。
「きゃあああああ!!」 
「コツコ・」幸穂の二、三歩後ずさりするヒール音がした。
大原は「今だ!グリーンデビルに接近!ズームアップ!」
 西森「はい!」 
ふたりは恐ろしい場面を目の前で目撃することになった。
 
「ば、化け物―――!!た、助けてーーー!!」
幸穂は手提げバッグを路上に落とし、グリーンデビルから逃れようとしたが、恐怖のあまり、脚もばたつき、「コツ、ズズッ、コツ・・」二、三歩、歩くというよりも靴を引きずるように、ようやく1メートルは離れたかのようであった。
が、しかし、もはや手遅れであった。
 
花粉魂が円形に直径2メートルまで巨大化し、
「デュルル・・デュルル・・・」緑色のようなドロドロ溶液が円形の沼のように露出してきたのだ。
今度はつーんと鼻をつく、すっぱい酢の香りが充満した。
「きゃああ!! あ、は、・・げほん・・!」
その時、
数本の茎カマ幸穂の身体に巻きついたのだ。
 

「バリッ! バババ! バリ! バシュ!・・!」

 
茎カマ幸穂のスーツ、スカートの上からもガッチリと捕獲、首、右腕の肩、腰、右脚の膝を締めつけていた。カマキリに捕獲されたイナゴのようだった。
「ぎゃあああ!! あううう!くううーーン!!痛い!」
 幸穂はもがく力も失いつつあった。
「ギュッ!・・ギュッ! バリ、ビビッ!・・・」
強い力で茎カマは彼女の身体を締めつけ、挟まれた首、右膝から、そしてスーツやスカートの破れた部分からも、ついに出血が認められた。
 幸穂は激痛に耐えながら、すぐ近くでビデオ撮影していた西森に気がついた。
「あ、あ、助けて・・ お願い・・しますう・・」 
西森は萌え萌えしながら、撮影を続けた。
茎カマは幸穂を花粉魂にできた、ドロドロのまるで酢あんかけのような沼の中へ沈められたのだ。

 
「ベシャ! ブリュリューー!!」
「うぶ!――くううああ・・・!」

幸穂は薄れる意識と強烈な酢あんかけの蒸せ狂う中で、懸命に呼吸を求めて、顔を沼から出そうとするが、
茎カマは容赦なく幸穂の顔を沼に沈めた。
「ぷ、ぷ、ぷ、・・ぷぎゃ、ぶぎゅぶぎゅ・・・くう・う・ ぐ、・・・」 
彼女は息絶えた。
OL幸穂死亡。
出血多量と酢あんかけの沼での窒息死だった。
沼の中には5つに分割切断された彼女の身体が浮いていた。
すると今度は
「ジュワーーー!ジュワーーー!ブクブク!ブクブク! ブク!・・」
白い強力な消化液
が沼の中に噴出してきた。
サメの胃酸に似ていた。
「ジュジュ、ジュ、ジュ、ジュ・・・ブクブク、ジュ、ブクブク、ジュ・・・」
あたかも、えび天ぷらを揚げる時、衣がえびのまわりに固まってできるような、白い衣にまとわれた幸穂の全身、そして血液肉体も同時にどんどん白い衣に消化・吸収されていくように見えた。
 周辺の臭いは酸味から焦げるような風味へと変っていた。
「ジュクジュクジュク、ジュクジュク、ジュク・・・」 
 これまで23年間生きてきた若い女性が無残にも命を落とし、しかも肉も血液も着衣のスーツやスカートまでも、グリーンデビルの栄養分として吸収されていった。
 幸穂が沼に沈められて約2分後、幸穂の白骨死体が沼の表面に浮かび上がった。

 
「ボキボキ、ボキボキ、ボキ、ボキ、・・・・」
まだ消化・吸収は続いていた。最後の仕上げにかかっていたのだ。
 そしてさらに1分経過。沼の表面にはほとんど何も見えなくなった。
「ジュル、ル、ル、ル、ル、ル、・・・」
沼の溶液は
グリーンデビルの本体に吸い込まれ、も円形の沼も次第に縮小していき、元の大きさに戻っていった。臭いもほとんどなくなっていた。
 直径50センチの花びらの表面に、幸穂のわずかな遺留品が残っていた。黒ずんだ白骨のごく一部と、ボロボロになったパンプスであった。
 大原と西森はこの3分間の恐怖を、まだ信じられないといった表情で、同時に、何ということをしてしまったのか、青ざめた顔をしていた。
 大原は悟った。
「悪魔の植物だ。仮に一酸化炭素を吸ってくれても、火災が起きる前に、近寄ってきた若い女性がみんな食べられてしまう。これは食女植物だ。こんな研究、するべきではなかった。」
 大原と西森は、ふたりの若い女性が、狂気の培養実験により生まれた悪魔の植物の餌食になってしまったことを、今になって反省していた。
 即刻、
グリーンデビルは大原の責任において、極秘に焼却処分されたのである。
 

(終わり)