憎しみの華


作・丸呑みすと様


 日上蘭子と言えば、ヤシマテレビの次代のエースと期待されたのを覚えている女子アナファンも多いだろう。

「あれ?そういや最近見ないな」と思ったのなら、正解だ。
蘭子は今や干されていた。

ルックス、家柄、学歴と申し分なかった彼女であったが、採用を目指していた頃の真摯さが引っ込んだ代わりに?あるいは隠されていた本性が露わになったのか、高慢かつ不遜な態度が、いつしか共演者やスタッフから敬遠され、さらに過去の奔放な行状が暴露されて株が暴落し、改編期を経て、今に至る。そして、先日発令された辞令ではアナウンス部から外される事になった。

「あいつめ・・・」

蘭子は自室のテレビ画面を険しい表情で睨んでいた。

かつて、自分も出ていたスポーツニュースだ。
ワールドカップで活躍したサッカー日本代表選手にインタビューしているのは一つ先輩の庄野涼子だ。涼子は童顔と小柄な体格で、26歳には見えないルックスの持ち主でヤシマテレビのアイドルアナとして大人気だ。

蘭子の担当していた番組の殆どが涼子に回っている。

「あいつさえ、いなければ・・・」

蘭子の心中で何かが爆ぜた。脳裏に地の底から響くような声がする。

「ル?ロロロロ?、日上蘭子よ、今こそお前に与えし力を花開くがよい!」

ここ数日の記憶がフラッシュバックする。
暗い洞穴、悪魔のようなシルエット、緑色の眼、何かを滴らせた鋭い爪・・・
そうだ、私にはドルゲ様から頂いた力がある!

そして、蘭子は人を捨てた。

「ふぅ・・・」

庄野涼子は一息ついた。
ここはヤシマテレビの女子更衣室。収録を終えて、今は一人だ。

パステルピンクのスーツのスカートは膝上10センチのタイトだが、座るとずり上がって華奢な体格の割に意外と肉付きのいい太腿があらわになる。

ふと、気配を感じた。振り返るとそこに蘭子がいた。

「あ・・・日上・・・せんぱい・・・?」

驚くのも変だ。干されてるとはいえ、ここの社員なのだ。

「すっかり、花開いたじゃない、涼子」

穏やかな笑みを浮かべて蘭子は言った。

「でも、ここで散ってもらうわ」

蘭子の髪が逆立つ。
呆然と立ち尽くす涼子を前に、蘭子は異形の姿にその身を変えた。

頭部は白く、筒の様に長い。

ヒコヒコヒコヒコ・・・夏の夕方に聞こえる蜩のような声がする。

ばふっ!

怪人は少し身体を傾け、頭頂部から白い粉のようなものを涼子にぶちまけた。

「うぷっ!」

一瞬むせた涼子が次の瞬間、顔を抑え、呻き声をあげる。

涼子の身体中から湯気が立ち上り始めた。
よろよろとふらついた涼子は壁にぶつかるとずるずると崩れ落ちた。
尻餅をつき、М字になった両脚の奥の白い布が、ストッキング越しに見える。

天麩羅を揚げるような音が大きくなるのと入れ替わる様に、涼子の身体は、シロップをかけられたかき氷の様に崩れていった・・・。

民放の人気美人アナの失踪。
その陰にドルゲ魔人・ランゲルゲの暗躍があったことを知る者は無かった。