ペロリゴンの復活

作:須永かつ代様


「なんだって?!あの地蔵尊を壊したっ?!」

骨と皮ばかりの小さな身体のどこからそんな声が出るのかと驚くほどの大声で、僧侶は叫んだ。

 「す、すみません……。Uターンしようと思って、車を切り返したんですけど、まだ初心者なもので、バックするときお地蔵さんにぶつけてしまって……。」

  ある夏の土曜日、香川純代(すみよ)はボーイフレンドの高村直樹と一緒に、N県にあるS湖のほとりにドライヴに来ていた。直樹純代は大学のサークルの先輩後輩の間柄で、交際を始めてからすでに3ケ月が過ぎようとしていた。先週の日曜日、純代が念願の運転免許を取得したのを機会に、運転歴3年の直樹がナビをするので、純代が運転して遠出してみようということになり、二人はS湖までやって来たのだった。

  ドライヴは快適だった。はじめ心配していた高速への乗り入れもスムーズにいったし、途中、昼食を取るために寄ったデニーズでの車庫入れも問題なくこなした。天候は快晴で、運転しながら十分風景を楽しむこともできた。

「初めてにしては上出来だわ。ひょっとして、あたしって運転の才能があるのかも……。」
  
  彼女が一人で悦にいっている傍らで、直樹純代に熱い視線を浴びせずにはいられなかった。この日、彼女は黒いアクリル地のワンピースを着ていた。それはノースリーヴで、しかもスカート丈は膝上15cmという超ミニだったから、肩から突き出た純代豊かな二の腕や、スカートの裾から白く伸びる太腿が眩しかった。さらにワンピースの襟は僅かながらに胸元を覗かせるテーラーカラーで、しかも襟元からスカートの裾まで、3cmはあろうかという大きな金色のボタンで前身ごろを留める前開きタイプであったから、ナビゲータをしながらも直樹の男心は大きく擽(くすぐ)られた。

  すべてが順調だった。二人は3時過ぎにはS湖に着き、車を降りて、湖のほとりを散策したり、ボートに乗ったりして、暫しの間、二人だけの時を過ごした。

  5時半を過ぎて日が翳ると、それまで快晴だった空に雲が立ち込めてきた。ひんやりとした風が純代二の腕太腿に当たり、ワンピースの襟や裾から胸元にまで吹き込んだ。

「ねぇ、そろそろ行きましょうよ?」

  純代直樹を促した。二人はこのあと、湖畔近くのペンションで「初めての夜」を迎えることになっていた。純代は再び運転席に座り、直樹のナビを頼りに、予約したペンションへと車を走らせた。

  ほどなく日はとっぷりと暮れた。慣れない道なので二人は焦らずゆっくりと進んだが、1時間たってもペンションは見当たらなかった。それどころか道はどんどん細くなり、あたりの風景も鬱蒼とした暗い森のそれに変わっていった。

「おかしいなぁ、道を間違えたかなぁ……。ねぇ、純ちゃん、ちょっと車止めてくれる?」

  直樹に言われて、純代は森の中の小道で車を止めた。

「(……んもう、ほんとに当てにならないんだからぁ……)」

  ちょっとふて腐れながら、純代は車を降りてあたりを見回した。道は細く、対向車が来てもやり過ごすことができそうになかった。それどころかどんどん細くなるようで、そこから先は行き止まりにしか見えなかった。

「……どうやら反対に来ちゃったみたいだ。」

「……。」

「ごめん、純ちゃん。さっきの山門のところまで引き返そう。」

「………。」

  憮然として返事もせずに、純代は再び運転席に座り、ギアをバックに入れた。この細道ではとてもUターンできそうになかった。

「オーライ、オーライ、……」

  直樹の合図に従って、純代は車をバックさせた。5分くらい前に通り過ぎた山門のところまで来れば、寺に通じる小道があり、そこで車を切り返してUターンできるはずだった。

「……、オーライ、オーライ、……」

  前進で5分の道を後退で進むのは、初心者の純代にはさすがにきつかった。左右のミラーを見、かつ後ろのガラス越しに道を見ながら、半クラッチでバックするうちに、彼女は首が疲れ、両足はつりそうになった。

「(こいつっ、どうしてダイレクトなんか乗ってるのかしら?)」

  オートマではなく、ダイレクト車にこだわる直樹にイライラしながら、純代は今晩、直樹と契りを交わすべきかどうか、再考しはじめていた。

「……、オーライ、オーライ、……。さぁ、着いたよ。ここで切り返しだ。……、オーライ、オーライ、……」

  「初めての夜」が成立しないかもしれないというのに、直樹は能天気に合図を送った(ひょっとすると純代の不機嫌を察知して、努めて陽気に振舞っていたのかも知れない)。

ガンッ!!

  後ろのバンパーに何かが当たった。純代は慌ててブレーキを踏んだ。クラッチを切らなかったので、ガクンとエンストして車は止まった。

「……!何っ?何にぶつかったの?!」

  初めてのドライヴで車をぶつけて、すっかり色を失ってしまった純代は、恐る恐る尋ねた。直樹は車を降りて、後部を見た。寺に通じる道の曲がり角に地蔵が立っていたのだが、あたりが暗かったので気づかず、バックで車を切り返す際にまともにぶつかってしまったのだった。バンパーはさほどへこんでいなかったが、古びた地蔵尊は足のところがぽっきり折れて、台座から転げ落ちていた。

「こんなところに地蔵なんか置きやがって……。」

  直樹は八つ当たりして吐き出すように言ったが、純代は「事故」ったショックで、さっきまでの不機嫌が嘘のように大人しくなっていた。

「どうしよう、あたし……。」

「大丈夫だよ、こんなの、抛っておけば。」

「駄目よ、このまま抛っておいたら、ばちが当たるわよ。」

  生暖かい風が湖の方から吹いてきた。純代が湖の方に眼をやると、一瞬、湖面が青白く光って見えた。夏の蒸し暑さにもかかわらず、純代背筋にひんやりするものを感じた。

「ねぇ、このお地蔵さん、ここのお寺のでしょう?……、和尚さんに謝りに行きましょうよ。」

「えぇっ?そんあぁ……。こんなのちょこちょこっと直しておけば良いんだよ。バチなんか当たりゃしないよ。」

「駄目よ、そんな。バチがどうのこうのじゃなくって、ぶつけちゃったんだから、ちゃんと事情を話して謝るべきよ。そうすれば、きっと許してくれるわよ。」

「うーん、……。まぁ、純ちゃんがそう言うんなら……。」

  さっきまで不機嫌だった純代の気分をさらに害してはいけないと考えて、結局、直樹純代に言われるがままに寺の門をくぐったのだった……。


  寺の住職は身長150cmくらいの、ひどく小柄な老人だった。年のころは定かでないが、黄色くひからびた顔に刻まれた深い皺から判断するに、すでに80歳を超えているようであった。年齢はともかく、少なくともこの寺や湖周辺のことは何でも知っているように思われた。

「実は……。」

動揺している純代に代わって、直樹は自分が運転して、誤って車を地蔵尊にぶつけてしまったとを、住職に謝罪した。直樹純代も、正直に謝罪すれば、当然のことながら住職はにっこり笑って許してくれると考えていた。ところが住職の反応は二人の想像を裏切るものだった。

「なんだって?!あの地蔵尊を壊したっ?!」

笑顔を期待していた純代は、慌てて言葉を継いだ。

「す、すみません……。Uターンしようと思って、車を切り返したんですけど、まだ初心者なもので、バックするときお地蔵さんにぶつけてしまって……。」

  しかし、住職は彼女の言い訳を聞きもせず、うろたえるように叫び続けた。

「なんてことをしたんだ……!なんてことをしてくれたんだ……!!」

もはや言い訳もできず、二人は平謝りに謝った。

「すみません、本当に申し訳ありません。」

謝りながら、純代はだんだん腹が立ってきた。

「(正直に言って、謝っているのに、こんなに怒られなきゃならないなんて……)」

彼女がだんだんふくれっ面になってゆくのに気がつきもせず、住職は今度はひどくオロオロし始めた。

「……、困ったことになった、あぁ、困ったことになった……。」

狼狽し、うわずっている住職を訝しく思った直樹は尋ねた。

「あのう、和尚さん、あのお地蔵さんはそんなに大事なものだったんでしょうか……?」

直樹の言葉で正気を取り戻したかのように、住職は再びキッと目を見開いて二人に向かった。

「お二方……、あの地蔵尊は200年前、湖に棲み、村に災いをなす魔物を封じ込めたものじゃ。それを壊してしまったからには、その魔物が蘇って、この世に再び恐ろしいことが起きることになるのじゃ……。」

「湖に棲む魔物?!」

憮然として口をつぐんでしまった純代に代わって直樹が尋ねた。

「そうじゃ……。もとより、わしもどんな災いが起こるかは分からん。しかし、本当に恐ろしいことが起きるのじゃ、そう言い伝えに残されておる。……。悪いことは言わん、さぁ、早くここを立ち去ることじゃ。」

「(言われなくても、失礼させてもらいますよ)」

心の中でそう言いながら、住職に追い立てられるように直樹純代は寺をあとにした。山門の入り口で、二人は車の傍らに倒れている地蔵尊に眼をやった。なるほど、地蔵尊の首から掌の周りに、雨風ですっかり汚れて茶色くなった封印のようなものが見えた。

「これが魔除けねぇ……。」

「……、ねぇ、行きましょうよ……。」

すっかり気分を害した純代にせっつかれて、今度は直樹が運転席に乗り込み、車をスタートさせた。二人は暗い湖畔の道を、目指すペンションへと急いでいた。いつの間にか雲は切れ、月が青白く輝いていた。蒸し暑い夜で、車の窓から吹き込む風も生暖かった。

ペンションは見つからなかった。純代のイライラは極限にまで達していた。

「あたし……、もう帰るわ。」

「ええっ?こんなところで帰るったって……。もうすぐ着くからさぁ……。」

「………。」

ピカッ!

その時、湖の中央の水面が激しく光った雷鳴のように明滅したが、夜空には相変わらず月が青白く輝いており、雷雲のかけらも見えなかった。

ピカッ!ピカッ!!

再び湖が激しく明滅した。今度は水面がボコボコッと泡立ち、大きく波紋が広がった。

キ、キーッ!!

  直樹は車を降りて湖の方に歩いてゆき、光る水面をじっと見つめた。異変を慮って、純代も車を降り、直樹の後について行き、彼の肩越しに湖に視線を投げた。

ピカッ!ピカッ!!ピカッ!!!

三たび水面が閃光を放ち、激しく泡立ち始めた。

ボコ・ボコ・ボコ………。

  水泡が激しく弾けたと見る間に、水面が大きく盛り上がり、湖底から何者かが浮かび上がってきた。水面の隆起の大きさからして、尋常な生き物でないことは明らかであった。

ゴボ・ゴボ・ゴボ・………、ザザザザーーーンッ!!!

  湖水に飛沫を散らしながら、世にも醜い大怪獣が水面上に姿を現した。怪獣は、人間ならば胃下垂ではないかと思うくらい、腹が異様に膨れて垂れ下がっており、大きく裂けた口からはこれもまた異様にピンク色をした、長く分厚い舌をダラリと垂らしていた。舌の表面は白いねっとりとした唾液がダラダラ垂れており、いかにも食い意地が張っているように思われた。

そう、言い伝えに残る、人食いペロリゴンが蘇ったのだった。山門の地蔵尊はペロリゴンを封じ込めていたのだが、直樹純代がうっかりこれを壊してしまったことにより封印が解け、ペロリゴンの復活を許してしまったのだ。

「きゃあああーーーっ!!!」

「うっ、うわあーーっ!!!」

  二人は腰を抜かさんばかりに驚いた。直樹純代の手を取って、彼女を引きずるように車の方へ連れて行こうとした。しかし、ペロリゴンは湖畔にちらつく人影を見落とさなかった。二人が向かう先には赤い駐車灯が点滅する車があった。ペロリゴンは車に向けて、分厚く長い桃色の舌を、びよよよーんと伸ばした。シャーシの下をくぐるようにして、ベロで車を絡めとると、軽々と車を宙に持ち上げ、そのまま、元あった地面の上に叩きつけた。

ぐわーーんっ!!

  大音響とともに直樹の愛車は爆発し、その火柱によって湖畔は昼間のように明るく照らされた。

「くっ、車がっ!!!」

  直樹は色を失った。純代も恐怖で歯をがたがた震わせながら、直樹の両肩をつかんで、ようやく立っている有様だった。

  ペロリゴンは次の獲物を求めていた。直樹の愛車を大破させたとしても、それはペロリゴンにとって何の腹の足しにもならなかったからである。火柱が次なる獲物の在りかを明らかにした。ペロリゴンは赤々と燃える車の残骸のすぐそばにいる直樹純代に狙いを定めた。

「いっ、いけないっ!純ちゃん、逃げるんだっ!!」

  そう叫んで先に走り出した直樹が、かえってペロリゴンの注意を引いてしまった。ペロリゴンは直樹の逃げ行く先に、びよよよよーん桃色の舌を伸ばし、くるくるくるっと直樹の身体に巻き付けた。そしてそのまま、彼の身体を宙に持ち上げた。

「うっ、うわあーーっ!助けてくれーっ!!」

  唾液でべたべたしたに絡めとられて、直樹は恐怖で絶叫した。しかし、もはや逃れる術はなかった。ペロリゴンは直樹の顔面に白い粘液を垂らしながら、くるくるくるっと舌を畳み、そのまま大きく開けた口に彼の身体を放り込んで、パックリと口を閉じて、ごっくんと飲み込んでしまった。あっけない直樹の最期だった。

「……、あ…、あわ……、あわわ………」

  ボーイフレンドの最期を目の当たりにして、恐怖に戦慄した純代はすっかり腰を抜かして、その場から動けなくなっていた。しかしペロリゴンはうら若い娘にも容赦しなかった。いや、うら若い娘なればこそ、ノースリーヴでスカート丈の短いワンピースから肉付きの良い二の腕白く長い脚を見せた若い女性だったからこそ、ペロリゴンにとって最上の食材だったのだ。

「はっ、……、いやっ、……、あっ、……」

  純代は腰が抜けたまま、草むらの上を転げ、這うように、必死にペロリゴンから逃れようとした。だが、ペロリゴンに背を向けて逃げようとすればするほど、純代豊かな太腿ふくらはぎが露わになり、それがペロリゴンの食欲をいっそう掻き立てたのである。

「はぁっ、あっ、……!!」

  純代はどこへ逃げたらよいのか分からなくなった。直樹の車は炎上しており、もはや前に進んでも意味がない。といって後ろにはペロリゴンが迫っている。でも、ひょっとして怪獣は直樹さんを食べたことで満足して、私は狙ってこないかも……。根拠のない甘い期待を抱いて、純代はふっと後ろを振り返り、身体の向きを仰向きに変えた………。

しゃーっ、しゃ、しゃーーーっ!!!

  純代の頭上高く、ペロリゴンの桃色の分厚い舌が、蛇がとぐろを巻くようにのた打ち回っていた。ホイップ・クリームのようにねっとりとした白い唾液がしきりに分泌され、桃色の舌の表面にまったりと絡み舌先から流れ落ちるのを今か今かと待ち受けていた。それはあたかも性欲の対象を目の前にして、前戯だけで一人「いってしまった」変質者のようであった……。

「きゃあああーーーっ!!!」

  甘い期待を裏切られ、退路を完全に失った純代ふくよかな両脚を、ペロリゴンの白いヨダレが襲った。

べちゃっ!べちゃべちゃっ!!べちゃーーっ!!!

  クリームのような唾液純代から、そして太腿の上にべったりと絡みついた。

「ぎゃああああーーーーっ!!!!」

べちゃべちゃべちゃべちゃーーーーっ!!!!
  ペロリゴンのヨダレは止まるところを知らなかった。明らかに欲情して、分泌を抑えきれなくなっているようだった。歯止めの利かなくなった消化液は、純代下肢だけでなく、黒いワンピースの上にも降り注ぎ、彼女の下腹部のあたり、そして苦痛で身体を捩り悶える純代の臀部をも、白くまったりと染めていった。


「うっ、ごほっ、………。」

ワンピースの裾から腰、そして胸元まで真っ白なクリーム状の粘液に包み込まれた純代は、身動きすることもできず、消化液の甘酸っぱい匂いに咽(むせ)返った。ペロリゴンの唾液はあたかもメントール系のシェーヴィング・フォームを浴びたかのように、ヒリヒリと肌を刺した。

べちゃべちゃっ!じゃばじゃばじゃばじゃば!!
  
  ペロリゴンのヨダレはまだ流れ続けていた。純代はすでに首元まで唾液を被り、息ができなくなってきた。

ペロリゴンは仰向けに倒れている純代の上で、彼女の身体を撫で回すように桃色のベロを動かしていた。ベロがぐるぐる振り回されるたびに、白い唾液純代の全身に降り注ぎ、彼女の肉体を侵食していった。

じゅくじゅくじゅくじゅく…………。

べちゃっ!べちゃべちゃべちゃ………!!!

  ついにペロリゴンの唾液純代の顔の上に零(こぼ)れ落ちた。

「ぐふっ!」

  すでに呼吸困難に陥っていた純代は、口も鼻もねっとりとしたヨダレに塞がれて、完全に息が出来なくなった。

べちゃべちゃべちゃべちゃ…………!!!
 

 ペロリゴンの長く分厚い桃色のベロは、純代の身体全体を白い泡のようなヨダレまったり、ねっとりとコーティングしてゆく。純代は薄れていく意識の中で、全身の力が抜けていくのを感じていた。もはや彼女には抵抗したり、身体を動かしたりする力も残っていなかった。丸太のように仰向けに倒れた純代肉体は、棒状のクリームの塊と化していた。

べちゃべちゃべちゃべちゃ…………!!!!

ばしゃばしゃばしゃばしゃ…………!!!!

  ペロリゴンの唾液は執拗に純代白い塊の上に降り注いでいた。ねっとりとしたヨダレはやや粘度を失い、薄まってきたが、白濁した水溶液がスコールのように純代の全身に叩きつけ、彼女の肉体を侵食し、溶解していった。


ばしゃばしゃばしゃばしゃ…………!!!!

じゅくじゅくじゅくじゅく…………。

  仰向けに倒れた純代の周囲は、ペロリゴンの白濁したヨダレの海と化していた。もはや彼女の肉体は原型を止めておらず、ヨダレの海の中にぽっこり丸く隆起した白い泡の島といった様相を呈していた。

ばしゃばしゃばしゃばしゃ…………!!!!

じゅくじゅくじゅくじゅく…………。

  ワンピースの襟の上、かつて純代の頭があった位置でサッカーボール大の泡の固まりが萎み始めた。襟元だけでなく、白い溶液に染め上げられたワンピース自体も中身を失って、次第に平ぺったくなりはじめた。ペロリゴンのヨダレによって純代肉体は骨まで溶けて、あとには化繊の衣服と合皮のパンプスだけが残った。

  すっかり溶けてしまった純代の遺骸を見て、さすがにペロリゴンも食欲を失ってしまった。ヨダレの分泌は止まり、あとにはドロドロに溶けた純代の白い溶液が、甘酸っぱい死臭を放ちながら地面や残された衣服に染み込んでゆく音が残った。

じゅくじゅくじゅく………、

しゅわしゅわしゅわ………

しゅううううううう……

「うおーーん、うおーーーん、………」

せっかくのご馳走にヨダレを垂れ流し、口に入れるより先に溶かしてしまい、結局、食欲を満たすことができなかったペロリゴンは、悔やむように泣き叫びながら、湖底へと帰っていった。

(終わり)