妖女溶解女(後編)

作:妖女溶解女様

2時間後、山根美鈴の同僚、婦人警察官の宮本静江が巡回で倉庫の前に現れた。
不自然に倉庫の扉が開いている。
意を決して中に入ると、照明の下の床はぐっしょり濡れていて、そこにボロボロになった婦警の制服の断片と拳銃、それに手錠と笛が落ちていた。
「大変、事件だわ!」
署に連絡をとろうとした宮本は、不意に後ろから力強い男に羽交い絞めにされ、携帯電話を奪われた。
すぐに刺激臭のする布で口と鼻を塞がれ、宮本は意識を失っていった。
 
 宮本は意識が戻ると、自分がコンクリートの壁に囲まれた狭い部屋に閉じ込められていることに気がついた。

「ショッカーへ、ようこそ。おまえの同僚の山根美鈴はショッカーの怪人、妖女溶解女の秘密に近づきすぎた。そのおかげで、あの倉庫で怪人妖女溶解女に跡形もなくドロドロに溶かされたのだ。」
壁のスピーカーからショッカー首領の声が響いた。
「溶かされたってどういうことよ!」
叫ぶ宮本静江に首領は答えなかった。
かわりに
「ショッカーは強力な溶解力を持つ蠅を開発した。アマゾンの溶解蠅を改造したものだ。改造した溶解蠅はピラニアのように、蠅女の指示によって集団で人間を襲い、僅か2分で骨までドロドロに溶かしてしまう。お前は、栄誉ある蠅女の実験台になるのだ。」
首領の声が響いた。部屋の奥の電動扉が開いて、蠅の頭をもち女性の身体のラインを露わにし、ドロドロした粘液に覆われた黒い肢体を持つ怪人と大きなガラスの容器に一杯の蠅を抱えた白衣の男がはいって来た。

(これが蠅女?)

静江は思ったが、逃げようにも出入り口は一か所で、静江に逃げ道は無かった。
「さあ、蠅女。お前の命令で、溶解蠅を動かし、この女をドロドロに溶かしてしまえ。」首領が命令した。
「わかりました、首領。」
蠅女は頷くと、静江を右手で指さした。
「溶かせ!」
 するとガラスの容器から無数の蠅が飛び上がり逃げようとする静江を襲った。
「いやーっ。」
悲鳴をあげ、静江は激しく蠅を振り払おうとしたが、すぐに全身をびっしり溶解蠅で覆われてしまった。
静江は激しく悶えていたが、徐々にその動きは緩慢になっていった。
静江の動きが止まると静江の身体から細かい泡が弾けるような音が聞こえてきた。黒くなった静江の身体は立ったまま徐々に細くなっていった。
途中から、一見すると婦警の制服は萎むのが止まり、人間の形を辛うじて保っていたが、良く見ると服の中を無数の蠅が走りまわっていた。
蠅の間の僅かな隙間にはドロドロした褐色の泡が見えたが、静江の皮膚があった場所よりもずっと奥の方に見えていた。
静江の身体に異変が起こっているのは間違いなかった。

「戻れ!」

蠅女がいうと、無数の溶解蠅はガラスの容器の中に戻り始めた。蠅が戻るにつれ、静江のところにあった人間の形をした黒いものはどんどん細くなっていった。
しかし、静江の顔も身体も現れては来なかった。まもなく婦警の制服は支えを失って床の上に崩れた。
後には静江の痕跡を示すものは骨ひとかけら、髪の毛1本残っていなかった。

「よくやった。蠅女。実験は成功だ。蠅女、これで妖女溶解女の人間溶解計画を邪魔する人間をドロドロに溶かしてしまうのだ。行け、蠅女。」
「解りました、首領。」蠅女は満足げに立ち去った。


「さあ実験よ。」
智子はショッカーの基地の人体実験室で戦闘員に言った。
智子のボタンフライのベルボトムジーンズの股は更に極限まで厭らしく色褪せして、普通の人間なら見た瞬間に溶けてしまいそうな程エロチックになっていた。
「実験人間を入れて。」
3人の女性が、戦闘員に連れてこられた。
緑色のワンピースの女性は放心状態で、戦闘員にされるがままになっていたが、白いブラウスに青いベスト、青いスカートをはいた事務員風の女性は激しくもがいて戦闘員に抵抗していたので、2人がかりで暴れないように押さえつけられた。
ピンクのセーターと智子と同じ色褪せたボタンフライの4パッチポケットベルボトムジーンズを着た女性は神経質そうな顔立ちを青ざめさせていた。
泣いているようだった。

「あなたたちは、改造人間にも戦闘員にもなれない劣等生よ。本来なら処刑場で跡形もなく溶かされるの。でも私は優しいから、1回だけチャンスをあげるわ。この液体を飲んで、逃げられたら無罪放免よ。飲まずに逃げようとしたらこの場で骨までドロドロに溶かすわ。さあ私から逃げて御覧なさい。」

 スピーカーから智子の声が聞こえてすぐ、戦闘員は3人の女性を放した。
3人の女性はコップに入った水のような液体を飲みほして、先を争って空いていた出口から外に逃げ出した。
部屋の奥から現れた智子が女性たちを追って行こうと出口に行くと、足下に、ボロボロの緑のワンピースが平べったくなって崩れており、周囲にドロドロした緑褐色の粘液が溢れていた。
よく見ると緑褐色の粘液は人間の形に拡がっていて、まだトップンと泡を弾けさせていた。実験台にされた女性の一人が溶け崩れた跡だった。
「水1杯に2滴入れると多すぎるのね。2秒で跡形もなく溶けちゃうなんて。こんなにすぐドロドロに溶け崩れちゃっては面白くないわ。」智子は言った。

 階段を上がっていくと実験台にされたもう一人の女性が壁にもたれていた。
事務員風の女性はぴくりとも動かず、何か風船のように腫れている感じがした。眼はうつろに遠くをみていて、頬や腹そして指先や足元が不自然に膨れていた。
「下がって!」智子が言った次の瞬間、膨れていたところが一斉に弾けてドロドロの緑褐色の粘液が身体の至る所から流れ出してきた。
人間の形はみるみる萎み、青いベストもスカートも平べったく崩れて溶けた身体に触れ、穴だらけになっていった。
逃げ遅れた戦闘員が一人、階段の上から崩れ落ちて来る溶けた女性の粘液を全身に浴びてしまった。
戦闘員は溶鉱炉に落ちた蝋人形のように、ブシュブシュと縮み、ねばねばとした黒い粘液となって溶けていった。
戦闘員は立ったまま溶けていった。
外側から溶かされ、最後は細い溶けた肉でできた柱のようになった。
戦闘員が完全に溶解するまで5秒とかからなかった。
戦闘員が溶けきるころには、女性の身体も溶け尽くしていた。
そこには被害者女性のスカートのジッパーが残っているだけだった。
「もう愚図なんだから。溶けた人間の身体を浴びたら跡形もなくなるって注意してたでしょう。」
智子は、いまいましそうに言った。
「水コップ1杯に1滴、私の溶けた身体をいれるだけで先に内臓が全部溶けちゃうのね。10秒で骨まで跡形もなくドロドロか。溶ける時に周りにいる人間を溶かすのは厭らしくていいけど、何か汚らしくて嫌だわ。」
智子は、それでも女性が溶けて行った様子には少し満足したらしく、股をくねらせて言った。

 もう一人の実験台の女性は、ショッカーの基地から100m離れた道路まで逃げて来ていた。
誰も追いかけてくるものはいない。
(助かったんだ。)
出口のところで一人の女性がドロドロに溶け崩れていくのを見たときは、自分の身体もいつ溶け始めるのかと恐怖に絶望したが、ショッカーの手違いで自分の飲んだ水には毒が入っていなかったのかも知れない。
(やったー。)
と両手を伸ばすと、女性は両方の上腕の皮膚に緑褐色の染みがあることに気がついた。
(なに、これ)
 女性は訝しげに見た。
胸は早鐘のようにどくどく打っている。
見ている間に緑褐色の染みはどんどん拡がり、表面がジュクジュク崩れてきた。

「ああ、1杯に0.5滴だと少なすぎなのかなぁ。逃げられちゃったかもしれないわ。逃げられたらまずいわ。一刻も早く見つけてこのジーパンでドロドロに溶かしてしまわないと。」
第3の実験体の女性を追いながら智子は言った。すると前方に立ち止まっているピンク色のセーターと色褪せたボタンフライの4パッチポケットベルボトムジーンズを着た女性が目に入った。
 
 女性がジーパンに目をやると、股のフロントボタンの隙間からもドロドロした緑褐色の粘液が垂れてき始めていた。
両手は緑褐色の粘液で覆われた棒のようになり、幾筋ものドロドロした粘液が地面に垂れ下がっていった。
口の中にはドロドロした粘っこい物が流れ込み、呼吸がしにくくなってきた。
(誰か助けて。私は溶けてしまう。溶けたくない。ドロドロに崩れたくない。助けて!)
女性は大声で助けを呼ぼうとしたが、口のあたりからふつふつと泡が湧いて粘液を周囲に飛散させるだけで、声は全く出なかった。
顔がどうなったか知りたくて、手を顔のところに持っていこうとしても、手はぐにゃりと崩れるだけで持ち上がらなかった。
 ジーパンもセーターもすっかり汚い粘液で覆われていた。
足は、ほとんど2本の間が癒合し、女性が歩こうとするとぬらぬらと蠢くだけになっていた。
(やっぱり私も溶けてしまうんだわ。)
女性は涙を流したつもりだったが、粘液の上に流れていく透明な液体があるだけだった。女性はかろうじて人間の形態を保っていたが、それはぐにゃぐにゃと悶えるだけで大きく動くことは出来なくなっていた。
時折り、煮詰められたカレーのように大きな泡が体表にでき、弾けるとともに溶けた身体をまわりに飛散させていた。
女性はだんだんドロドロに溶けて人間の形を失ってきていた。
人間の形の塔のようなものは徐々に足もとから流れて広がって、高さがだんだん低くなってきた。
ついに完全に平べったくなり、粘り気が強い液体となってゆっくり流れはじめた。骨まで完全に溶け崩れ、4つのジーパンのフロントボタンのみを残して流れ去ってしまった。      

 智子は女性の溶け方のあまりの厭らしさに、思わず股をくねらせながら言った。「実験は成功だわ。これなら、人間を恐怖に陥れることが出来るわ。水をのんで2分で溶け始め、4分で跡形もなくなるわ。これで人間の社会を恐怖に陥れられるわ。」智子は悦び、基地に帰ろうとした。

「うっ。」
草陰で女の声がした。
智子が振り返ると、100m程離れた処にある病院の看護婦が隠れていた。
「見たな。妖女溶解女の正体を見た人間は跡形もなく溶かされてしまうのよ。」
智子は言った。
看護婦は、病院の方に逃げ出したが、恐怖のあまり、ふらふらとしか走れなかった。
その後を智子は悠然と歩いて追っていった。
(何で、走って追いかけて来ないのだろう。)
看護婦は漠然とした不安に襲われたが、いまや逃げるしかなかった。
看護婦が病院について、駐車場のコンクリートの壁にある鉄の扉を、力を込めて開けようとした時だった。
智子は、看護婦を追いかけながらジーパンのフロントボタンの粘液がついた指を自分の胸に押し込んでいた。
智子が胸の指を離した途端、溶けて開いた胸の穴からノズルで噴き出したように、緑褐色の溶解粘液が20m程離れて立っていた看護婦に向かって迸り出した。
消防車の放水のような勢いの溶解粘液の放射が看護婦の身体に当たると、当たった場所の看護婦の身体は、ナース服ごと瞬間的に溶かされて、後ろのコンクリートの壁に吹き付けられた。智子の身体は胸の噴射孔を中心にどんどんしぼみ、溶解液の噴射となって看護婦の身体に満遍なく吹き付けられていった。
雪だるまに勢いよくホースでお湯をかけたように、看護婦の身体は立ったままどんどん溶かされ細くなっていった。
智子の全身がジーパンやブラウスとともに完全に溶け、残さず看護婦に吹き付けられた時、壁の前には、直径10 cm程の太さの、表面がドロドロに溶けて流れ落ちる粘液に覆われた肉の柱が残っているだけだった。
後ろには人間の形をした緑褐色の粘液がべっとり貼り付いていたが、徐々に床に溶け崩れて流れ落ちていった。
それとともに、溶け残っていた肉の柱も更にどんどん細くなり、ついには中ほどの2か所で折れるようにして崩れ、完全にドロドロの粘液になって地面に拡がっていってしまった。コンクリートの壁には、人間の形をした染みと、溶け残ったナース服の残骸がところどころ貼り付いているだけだった。
 
 智子は人間の形に戻ると「ちょっと、やりすぎたかしらね。でも、私の正体をみたものは、凝った溶かし方で跡形もなく消してあげるわ。」と不気味な微笑みを浮かべて振り返った。
そこには、溶け残っていたナース服も完全に溶け尽くして痕跡も残ってはいなかった。

「さあ、首領に報告しないと。実験が成功して首領はきっとお喜びになるわ。」
智子は微笑んだ。

(おわり)