妖女溶解女(前編)

作:妖女溶解女様

真崎智子は、3日間の休暇後、会社に出社した。

「聡美のこと何か解った?」
同僚の五十嵐佳子が聞いたが、
智子は「何も分からないわ。」力なく言った。
智子は黄色のブラウスにボタンフライの4パッチベルボトムジーンズのいつもの服装だったが、股から太腿の色褪せは休暇前の時よりさらにひどくなり、少し歩くだけでフロントボタンから前面のポケットに厭らしい光沢をもった皺が走り、厭らしい感じが強くなっていた。
智子自身も自分がドロドロに溶解して、そのあと人間に戻るたびに、ジーパンの股から太腿の色褪せが徐々にひどくなり、更に厭らしくなっていくのを感じていた。

(自分で見ても溶けてしまいそうになってきたわ。)

智子は思っていたが、歩くときも智子は微妙に股から太腿をくねらせながら歩き、ただでさえ妖艶な肢体のラインが強調されて、挑発的なエロチックな感じを漂わせていた。しかし、その一方で同僚たちは、今までにない智子の何か冷ややかな雰囲気を感じていた。

 退社時間後、五十嵐佳子は
「智子。聡美の妹の明美も行方不明なんだって。姉妹で何か事件に巻き込まれたのかも知れないわ。」と話しかけた。
「佳子さん。実は解ったことがあるの。私のマンションまで来て下さる。」
智子の言葉に、佳子はうなずいた。

 マンションにつくと、智子は佳子にダイニングの椅子を薦め、前の机にコーヒーをおいた。
「何もお構い出来ないけど、コーヒーで良かったかしら。」
智子に言われ、
佳子は「ありがとう。で、さっそくだけど、何が解ったの?」と言った。
佳子は、課長から気に入られている至極真面目な事務員だった。
知性を感じさせる顔を、トンボ眼鏡でわざと隠しているが、なかなかの美貌の持ち主である。青いワンピースを着ていたが、清楚な感じで、今や厭らしいほどエロチックな智子の姿とは対照的だった。
智子は股を左右に少しくねらせながら、
「溶けたのよ。」とあっさりした言い方で言った。

「溶けた?どういうこと。」

いぶかしげな佳子に
「聡美は身体が溶けてしまったのよ。骨も残さずに跡形もなくドロドロにね。」と智子は自分のジーパンの股をくねらせながら言った。

「智子からかうのはよしなさいよ。あと、ジーパンをくねらせるのは止めて。色褪せが厭らしくて見てるとどうかなりそうだわ。そんなことするから、みんなが智子のジーパンを見ると身体が溶けるなんていうのよ。でも、だからと言ってわたしにもそんなこと言うなんて。もう、帰る。せっかく心配してきたのに、明日みんなにあなたがひどい人だって言ってやるわ。」
佳子は怒って立ち上がろうとした。

「それは無理よ。佳子さん、あなた自分の身体をよく見てみなさいよ。」
冷ややかな笑いを浮かべて智子は言った。佳子が自分の手を見ると、手は机の上に貼りついていた。佳子が無理に引き剥がそうと力をいれると、溶けたチーズのように糸を引いて腕が伸びてしまった。足も同じだった。床の上にストッキングを破って広がり、床に貼りつくようになっていた。

「何これ。私、えっ?」

佳子は何が起こっているか分からず慌てていた。

「だから言ったでしょう。あなたも聡美と一緒で溶けるのよ。私のジーパンの股を見つめた人間は骨までドロドロに溶けちゃうの。あなたの身体はもうすぐ跡形もなく溶け崩れて流れてしまうわ。」
智子は更に挑発的に股をくねらせながら言った。

「身体が、と、溶けてしまうなんて。た、助けて。と、溶けてしまう。と、溶け…。」

 そこで佳子の言葉は途切れた。
佳子の頭は既に形を失い、斜めに傾いた眼鏡をしたままで、溶け崩れて机の上に流れ落ちそうになっていた。
机の上には、両腕が熱で溶けたバターのように平べったく崩れて滑らかに広がり、ドロドロした緑褐色の粘液が反対の机の端から長い滴を引きながら滴りおち始めた。溶けて広がった手の上に今や粘液の塊と化した頭が崩れて癒合し、机の上に更にトロリと広がっていった。
佳子が来ていた青いワンピースは、机の上に寄り掛かるように崩れ、それも平べったく濡れて襟元からドロドロの粘液が流れだした。
椅子の上と足元にも夥しい量のドロドロの緑褐色の粘液の塊があり、机の上と合わせて3つの粘液の塊の間は、熱く溶けたチーズのような何本もの糸状の粘液で繋がれていた。すでにワンピースは穴だらけになりボロボロになってその穴から溶けた佳子の身体が流れ出していた。
机と椅子の上の溶けた佳子の身体は徐々に床の上にズルズルと流れおち、床の上にドロドロの粘液の溜まりができた。
椅子の上には溶けたワンピースの残骸が残っていたが、暫くすると跡形もなくなった。佳子は、智子の言葉通り、骨も残さずに跡形もなくドロドロに溶け崩れてしまった。残ったのは、机の上の眼鏡だけだった。
   
「人の言うことはちゃんと聞くものよ。でも、随分気持ちの悪い溶け方ね。座ったままの人間を溶かすのはちょっと考えた方がいいわね。あぁっ、私の身体も溶けてしまうわ。」
智子は、右手を拡げて、掌をジーパンの股のフロントボタンに当て、指でまさぐりながら思い切り悶えるようにして手のひらをボタンに擦りつけた。
智子は、たちまちドロドロに溶けて崩れていった。智子は溶け崩れながらも悶えるのを止めなかった。ぐねぐねと蠢きながらやがて智子の身体は骨も残さずに溶け崩れ、ゆっくりと地面の上に流れて拡がっていった。
智子のドロドロに溶け崩れた身体は、なおも波打ちながら悶えていたが佳子のなれの果ての緑褐色の粘液に混ざり、佳子の溶けた身体を更に溶かし尽くして吸収してしまった。佳子の身体を吸収するときに、2つの泡が擦り合わせられるような、厭らしい音がした。その音を聴きながら、智子は自分がエロチックな快楽の絶頂にあるような感じがした
 やがて、床に拡がったドロドロの粘液は、すこしずつ人間の形になり、やがて黄色いブラウスと色褪せたボタンフライのベルボトムジーンズをはいた智子の姿に戻った。

「ドロドロに溶けた人間の身体って美味しいわ。それに、ドロドロに溶けて人間を吸い取るって気持ちいいわ。」


智子は、更に色褪せて、厭らしい皺のよったジーパンの股をくねらせながら微笑んだ。


 翌日、職場では五十嵐佳子が出勤せず、自宅に課長が電話しても誰も出ないので騒ぎになった。

「真崎君。昨日は、五十嵐君と一緒に帰ったんじゃなかったかね。何か今日のことを聴いていないか。」
課長に聞かれて智子は「いえ。私すぐ別れましたから。」と答えた。
真藤聡美、五十嵐佳子と相次ぐ失踪に、総務課は、警察に連絡する事を課長に奨めたが、自分の管理能力に糾弾が及ぶのを恐れた気の小さい課長は、もう少し様子を見ることにした。

 その日の退社の時、智子は後ろから強く肩を掴まれた。
「あなた嘘ついているでしょう。」
同僚の沙織だった。
「私たち昨日あなたが佳子さんと一緒にあなたのマンションに入るところ見たのよ。」
一緒にいた山口理恵が言った。
2人はいつも智子の事が気に入らず、なにかと陰口を言っていた。2人は智子を無理やり人気のない公園の隅に連れていった。上を高速道路が通っていてその下の陰になっている場所で、物騒なので昼でも人が行きたがらない場所だった。確か過去に凄惨な殺人事件があった場所だった。
「ここは、誰も通らないからね。騒いでも無駄よ。ちょっとばかりスタイルがいいからって、厭らしいジーパンなんてはいてさ。さあ、何があったのか白状しな。」沙織が、やくざのような脅し方で言った。
2人はいつも仲が良かったが、お揃いのTシャツに少し色褪せたジーパンを穿いていた。理恵は、しのばせて来たのかジーパンの尻のポケットから折り畳みナイフを出して智子の頬に当てた。
「あんたら、スケバンみたいね。やめなさいよ。」
智子がいうと「みたいじゃなくて、スケバンだったのさ。課長の前では猫をかぶってるけどさ。沙織姉さんが白状しなと言ってるんだ。さっさと言わないと、見られない顔になるよ。」
沙織は本気のようだった。 

「わかったわ。本当のことをしゃべるわ。だから、ナイフをどけて。」智子は静かに言った。
「逃げたりしたら殺すからね。」沙織はナイフをジーパンの尻ポケットにしまった。
 
「佳子さんは溶けたの。」
智子は言った。ジーパンの股を左右に少し厭らしくくねらせていた。
「溶けた?いいかげんな事言うんじゃないよ。」
沙織は気色ばんだ。
「本当よ。私が、骨まで跡形もなくドロドロに溶かしたの。」
智子が言うと、理恵がいきなりナイフを一閃した。
智子の頬に赤い筋が入り、血が流れた。
「命が惜しけりゃ、もっとまともな事を言いな。」
沙織が言った。
智子は頬を手でさすってみたが、右手に血がついているのを見ると、一瞬の沙織の隙をついて沙織に抱きついた。そして、沙織のジーパンの尻ポケットに両手を当てて強く引き寄せると、思い切り自分のジーパンの股をくねらせながら沙織のジーパンの股から太腿に、自分の厭らしく色褪せたジーパンのフロントボタンから太腿をぴったり押し付けつけた。
「おまえ、何するんだ。どけ!」
理沙が智子を沙織から引き剥がそうとした時、理沙は恐ろしいものを見た。
「う、うっ、うわーっ。何これ。溶けてる。沙織が溶けてる。」

 理沙の眼の前には、ぐしゃぐしゃに濡れて地面に崩れたTシャツとジーパン、それに煮込まれたカレーのようにふつふつと飛沫を周りに飛ばしながら沸き立っているドロドロの緑褐色の粘液が見えた。
ドロドロの粘液は少しずつ溶け崩れて周りに平べったく拡がって行った。いまやTシャツとジーパンは穴だらけにボロボロになり、それも少しずつ溶けていった。
「あなたたち以前から私のジーパンを見るとあまりの厭らしさに溶けるって言ってたでしょ。だから希望どおり骨まで溶かしてあげたのよ。跡形もなくドロドロに。」
沙織の溶けた身体は、もう蒸発して消滅してしまっていた。あとには、ジーパンのフロントボタンとジッパーが残っているだけだった。
「私はショッカーの怪人妖女溶解女。理沙、あなたも残さず溶かしてあげるわね。私のジーパンに触ると身体が溶けるの。佳子さんは私のジーパンの股を見ただけで骨も残さずドロドロに溶けて行ったわ。」
智子は、思い切りジーパンの股をくねらせながら理沙に迫った。智子は右手をジーパンのフロントボタンに艶めかしく這わせ、
「もし、私から逃げられたら溶かさないであげるわ。」と言いながらエロチックに悶えた。

「助けて。やだ。助けてーっ。」
大声を出して走り去る理沙に、智子は右手についた透明な粘液を一滴投げつけた。粘液は飛んで、理沙の首筋に付いた。智子のジーパンの股のフロントボタンから分泌されるサバトの毒液も、智子が溶解を繰り返している間に威力を増してきていた。たった一滴がついたそれだけで理沙はそれ以上人間の形を保つことは出来なかった。
次の一歩を理沙が踏み出すと、地面の上に原形を留めぬほどドロドロに溶けた頭が流れ落ちた。勢い余った足は溶け崩れた頭を踏んでもう一歩進んだが、その時は両腕はすでに骨まで溶け崩れて流れ落ち、地面の上に2本の緑褐色の筋になってじくじくと流れていた。
股から上もジーパンの上に溶け崩れて地面に流れ落ちていった。  

 最後の一歩で、ジーパンが崩れ、両足の裾からドロドロした粘液が流れ出した。完全に溶け崩れた理沙の身体はふつふつと飛沫を周りに飛ばしながら沸き立っていたが、段々と小さくなり、あとには、ジーパンのフロントボタンとジッパーを残して消滅した。

 この時、退社してきた青木課長が、粘液を手につけて自らも溶け始めた智子を見つけた。「真崎君!」課長の呼ぶ声を聞いて、
智子は、(しまった。見られた。)と思ったが、
激しく悶えながら
「助けて。課長。沙織さんに、沙織さんに、私、身体を溶かされる。身体がドロドロに溶けていく。助けて。あぁーっ。」と叫びながら、自分の全身を同時にドロドロに溶かしていった。青木課長は智子が着ていた黄色いブラウスがぐしゃぐしゃに濡れて平べったくなり、その表面を緑色のドロドロの粘液になった智子の頭が流れ落ちていくのを見た。智子の上半身はジーパンの中に滑らかに崩れて溶け込んでいくように見えた。かわりにジーパンの裾やフロントボタンの隙間からドロドロした粘液が流れ出して来た。
智子は悶えながら溶け崩れていった。人間の形を失いつつも、ぐねぐねと蠢きながらやがて智子の身体は骨も残さずに溶け崩れ、ゆっくりと地面の上に流れて拡がっていった。智子のドロドロに溶け崩れた身体を見て、

「うへーっ。人間が溶けた。真崎君がドロドロに溶けてしまった。」と青木課長は叫びながら一目散に逃げていった。    

 地面に拡がったドロドロの粘液は、すこしずつ人間の形になり、やがて黄色いブラウスと色褪せたボタンフライのベルボトムジーンズをはいた智子の姿に戻った。
「課長に見られたからにはもう職場には行けないわね。課長もドロドロに溶かしちゃえば良かったかな。でも騒ぎが大きくなるといずればれるし、これで私も被害者ということになったし。まあいいか。」智子は呟いた。

 青木課長は警察に駆け込んだ。
窓口に現れた婦人警官に、喘ぎながら言った。

「そこの公園でうちの職員がドロドロに溶けてしまったんだ。」

「溶けた?あなたお酒でも飲んでるの。」
婦人警官は顔をしかめて言った。きりりと引き締まった顔つきの美人だった。そうは言ったものの、青木課長の様子に、ただならぬ切迫したものがあることを婦人警官は見てとった。
「警察官の山根美鈴です。あなた、えぇと、青木さん。あなたの仰ることはにわかには信じられないけれど、順序立ててお話戴けませんか。ここは、安全な所ですから心配はいりません。」
婦人警官の山根に言われて、青木課長は話し始めた。
課内で真藤聡美・五十嵐佳子の2人の女性職員が相次いで失踪し、今日は帰宅途中でドロドロに溶けて流れていく真崎智子を見たこと。
真崎智子は溶け崩れながら、川田沙織に溶かされたと言い残したことを話した。婦人警官の山根は、青木は気の小さな男だが、言っていることに嘘は無い気がした。
「これから現場に行ってみましょう。」山根は言って、青木を促した。青木は智子が溶けていく場面を思い出して一瞬ためらったが、何事もてきぱきと進める婦人警官の勢いに押されて同行することにした。

 「真崎智子さんはどこで溶けていたのですか。」
山根の問いに、青木は高速道路下の暗い場所を指さした。そこは、磨いたようにコンクリートの表面が光っていた。
「確かにここだけ周りと色が違うわ。あら。あそこにも地面の色が違うところがある。これなにかしら。」
山根は、沙織が溶かされた場所に落ちていたジーパンのフロントボタンとジッパーを拾い上げていった。
「これって、ジーパンのボタンとジッパーね。随分きれいだわ。服の繊維の切れはしもついていないわ。まるで本当に他の物は全て溶かされてこれだけ残ったっていう感じね。青木さん。他にも溶けてしまった人を見なかったの。あっ、あそこにも。」
山根は、更に理沙が溶かされた場所でもジーパンのフロントボタンとジッパーを拾い上げた。山根は考え込んでしまった。青木は、ほかにも溶けた人がいなかったかと聞かれて吐き気がしてきた。これ以上ここにいると、どんなおぞましい事に巻き込まれるか分からなかった。
「あのぅ、気分が悪くなってきたんで、今日のところは帰っても良いでしょうか。必要があれば、またお話しますから。」
青木が言ったので、ハッとなった山根は、「そうですね。近日中にまたお願いすると思います。気をつけてお帰り下さいね。」と言って、2つのフロントボタンとジッパーをビニール袋に入れると警察署に戻って行った。

 署に戻ってそれまでのいきさつを話した山根に対して同僚の警察官は、
「美鈴ちゃんも随分物好きだな。からかわれたんじゃないの。」と大笑した。
山根美鈴はちょっとムッとしたが、確かに非現実的な話には違いなかった。
ただ、失踪した2人も気になったし、真崎智子が溶けてしまったと青木が言った場所には、何も溶け残ったものがなかったのが納得できなかった。青木は真崎智子はいつも黄色いブラウスと色褪せたボタンフライのベルボトムジーンズをはいていたと言っていた。それなら、ジーパンの4つのフロントボタンが溶け残っていても良さそうである。それに、残っていたジーパンのボタンとジッパーもあと2人の犠牲者がいた事を暗示している気もする。
「からかわれたのかなぁ」山根は言ったが、もう一度だけ現場を検証することにした。ただ、また皆に笑われるのを嫌って、山根は誰にも言わずに現場に向かった。公園に行って真崎智子が溶けたと青木が言った場所はよく見ると、たしかに、そこは周囲と地面の色が違っていた。よく見ると、周囲の地面にはある、埃などが一切無くなっているのだ。

 「ごみも一緒に溶かされたのか。」山根が呟くと、
「婦警さん。」と女の声がした。
振り返ると、股から太腿が厭らしく色褪せたボタンフロントの4パッチベルボトムジーンズをはき、黄色いブラウスを着た女性だった。
「ここでドロドロに溶けてしまった人のことを調べているの?」とその女性は言った。
「あなた何で知っているの?あなたも見たの?あなたもしかして真崎智子さん?」山根は立て続けに質問した。
女性は暫く黙っていたが、急に倉庫が立ち並ぶ一角の方に走り去ってしまった。
「ちょっと待ちなさいよ。」
山根が走って探していると、「きゃーっ。」けたたましい悲鳴が聞こえた。
(さっきの女性の声だ。この倉庫の中から聞こえた。)

 何人もの女性が被害者になっている可能性のある事件だ。
しかも一人はドロドロに溶けてしまっている。山根は、署に連絡をしたいと思ったが、周囲の金網のせいか携帯電話のアンテナが立たなかった。
仕方なく山根は拳銃を構えると、広くはなさそうな倉庫の中に入った。扉がひとりでに閉まると中は真っ暗だ。
女性の悲鳴はしなくなっていた。山根は懐中電灯を持ってこなかったことを後悔した。
(やはり、署に言ってから来るべきだった。)
山根は、倉庫の壁を探ると、電灯のスイッチを探した。声はしないが、何かがいる気配はある。山根は全神経を集中し、これから起こる可能性のあることに備えた。山根は、壁に飛び出した硬いものに触れた。
(スイッチだ。)
それと同時に、ひんやりとした空気が流れてきた。
(何?)
一瞬躊躇ったが、山根は電灯のスイッチを入れた。

 「何これ。」

 一瞬眩しい照明に眩惑された山根は、倉庫の中をよく見て混乱した。
狭い部屋の中には、ドロドロした緑褐色の粘液でできた糸が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「私はここよ。」
入口の右隅に色褪せたボタンフロントの4パッチベルボトムジーンズをはき、黄色いブラウスを着たさっきの女性が厭らしく皺のよった股を左右に幾分くねらせながら立っていた。
(あっ。厭らしいジーパンね。公秩良俗に反するわ。)
山根は、呑気なことを考えたが、公園で残っていたジーパンのボタンとジッパーの事を思い出し、直感的に女性のジーパンから目をそむけた。
「あなたの推理通り私は真崎智子よ。公園に落ちていた2つのジーパンのボタンとジッパーは私が溶かした同僚のものよ。2人とも私のジーパンの股のボタンから出る粘液に触れたら一瞬でドロドロに溶けたわ。一人なんか3歩歩く間に跡形も無く溶け崩れたわ。それに五十嵐佳子は、私のジーパンの色褪せた股を見ただけで骨まで跡形もなく溶けていったわ。あなたは賢い人ね。普通の警察官はこんな絵空事には首を突っ込まないわ。それに私のジーパンから目をそむけたりしない。でも、婦警さん。あなたのその賢さは私たちショッカーの活動には邪魔だわ。特別に教えてあげる。私はショッカーの怪人、妖女溶解女。この蜘蛛の巣は私が自分の溶けた身体から出た溶解粘液で張り巡らしたのよ。ちょっとでも触れば人間の身体なんてたちまちドロドロに骨まで溶けて崩れてしまう。この溶解粘液を水道にいれて人間たちに飲ませたらどうなると思う。楽しみでしょ。ショッカーの人間溶解計画よ。」智子はジーパンの股をくねらせながら喋った。

「一体何人の人を溶かすつもりなの。そんなことをしてタダですむと思っているの。あなたの狙いは何なの。」
山根は噛み付いたが、智子は感情を見せずに
「ただ溶かすだけじゃつまらないでしょ。人間どもが恐怖で気が狂いそうになる位厭らしい溶け方がいいわ。私の溶けた身体を女に飲ませて実験するのよ。見ただけで、見た人間が溶けて崩れてしまいそうになるぐらい気持ち悪い溶け方を。あなたが嗅ぎまわると折角の実験に邪魔がはいるわ。あなたは賢いし綺麗だから、ジーパンなんかでは溶かさないで、飛びきり気持ち悪い方法で、ドロドロに溶かしてあげるわ。私の目の前で跡形もなく溶けて、溶解粘液の網になっておしまい。」
そういうと智子は壁に張り付くように、あとずさった。

 「溶かされるなんて冗談じゃないわ。」
山根は倉庫を出ようと振り向いて青ざめた。自分の後ろにも粘液の蜘蛛の巣ができていた。蜘蛛の巣の網目は5cm位で、とてもすり抜けて逃げられるようなものではなかった。
「このままでは溶かされてしまう。」
山根は焦った。その間にも溶解粘液でできた蜘蛛の巣はだんだんと山根に近づいてきていた。
「あっ」
ついに山根の左手が蜘蛛の巣に触ってしまった。
「溶ける!」
山根の左手はたちまち溶けて、蜘蛛の巣の上を緑褐色の粘液になって流れていった。
ただ溶けるのではない。
鋳型の中を流れるように溶けた身体が蜘蛛の巣の上を四方八方に広がって行くのだ。
「溶けて網になる!」
山根は自分の全身が溶けて、粘液の網になってしまう姿を想像して恐怖におののいた。溶解は肘を超えて進み、いまや山根の左手はすべてドロドロに溶けて蜘蛛の巣の上を流れて広がっていった。
「私溶けてしまう。助けて、きゃあ、右手も。溶ける。溶けて網になっちゃう。誰か、助けて。溶かされ…」
上から垂れ落ちてきた粘液の蜘蛛の巣に、右手も顔も足も接触してしまった。
山根の身体は蜘蛛の巣に触れたところからどんどん溶けて、蜘蛛の巣を伝って広がっていった。山根の美しい顔もドロドロに溶けて網状に拡がっていった。
山根の美しい肢体はもはや全く原型を留めていなかった。
溶けて網になっていた。あとには、山根の身体がドロドロに溶けてできた緑褐色の粘液がポタポタと滴を垂らしながらプルンとふるえる厭らしい蜘蛛の巣とその中央に溶けて穴だらけになったボロボロの婦人警官の制服が残されただけだった。
  
 蜘蛛の巣は徐々に崩れて、床の上に緑褐色の粘液の溜まりを作った。
智子は山根の溶けるさまを悶えながら見ていたが、とうとう我慢できずに股を触って自分もドロドロに溶け崩れていた。
智子の溶けた身体は山根が崩れて地面に拡がったドロドロの緑褐色の粘液に合わさり、更に山根の身体を溶かし尽くして残さず吸収した。
泡同士が擦れあう厭らしい音は部屋中に響いていた。緑褐色の粘液は、少しずつ人間の形になり、やがて黄色いブラウスと色褪せたボタンフライのベルボトムジーンズをはいた智子の姿に戻った。    

「綺麗な人を溶かして食べると格別ね。それに気持ちいい思いをさせてもらったわ。お礼に、少しだけ痕跡を残しておいてあげるわ。」
そう言って立ち去った智子の後には、僅かに溶け残った婦警の制服の断片と拳銃それに手錠と笛が残っていた。
 
(つづく)