続・粘液溶解

作:妖女溶解女様

(聡美がいた。)

 聡美は、智子があげた色褪せた4パッチベルボトムジーンズをはいていた。
(あっ、私があげたのだ。聡美は怒ってなかったんだ。)
智子は嬉しかった。
何事にも引っ込み思案の聡美にもっと積極的になってもらおうと、無理やりあげたものだった。
確かに効果はあったのかも知れない。
聡美のジーパン姿は、フロントボタンから股の前面のポケットに光沢が出る程色褪せた皺が何本か走り、聡美が股を動かすと、皺が蠢いて以前の控えめな聡美では考えられないエロチックな雰囲気がでていた。
智子も同じ色褪せた4パッチベルボトムジーンズをよくはいていて、そのジーパンは智子の妖艶なプロポーションにぴったりフィットしていた。
活発な智子の周囲には男性がよく集まり、
女子の同僚が「智子のジーパン姿は厭らしくて品性がない。みつめると身体が溶けそうになる。」とか
「少しばかりスタイルがよいのを自慢して男性の気をひいている」とか陰口をきいていたが、智子は持ち前の楽天的な性格で気にもしていなかった。
しかし、智子と似た体型の聡美のジーパン姿をみて、同じことを感じている自分に気が付いた。

(聡美ちょっと突然変わり過ぎかも、でもよかった。)

「聡美。どこに行ってたの。随分探したのよ。」

智子は笑って言ったが、聡美は答えず、なぜか涙で潤んだ目でじっと智子を見ている。智子が近寄ろうとすると、聡美は手で静かに制していやいやをした。
それでも智子が近づこうとすると、聡美は軽くお辞儀をするような格好をして動かなくなった。

「聡美,なにしてるの。」

聡美の肩に手を触れようとして智子は心臓が止まりそうになるくらい驚いた。
そこには聡美の身体はなかった。
代わりに、自分があげたジーパンをはいて溶け崩れていく緑褐色の粘液の固まりがあった。
聡美が着ていた黄色いブラウスがぐしゃぐしゃに濡れて平べったくなり、その表面を緑色のドロドロの粘液とともに溶け残った眼球がジーパンの股のフロントボタンに向かって流れ落ちていった。
聡美の背はだんだんと低くなり、かわりにジーパンの裾からドロドロした粘液が流れ出して来た。智子の目の前で聡美の身体は骨も残さずに溶け崩れ、ゆっくりと地面の上に流れて拡がっていった。

「さ、聡美が溶ける。聡美が、と、溶け…た。」

智子は叫んだが、あとには、聡美が跡形もなく溶けた夥しい量の緑褐色のドロドロした粘液が残っているだけだった。
聡美が溶解していく様子のあまりの厭らしい気持ち悪さに、智子は立っていることが出来なくなっていた。

(聡美が溶けてしまった。助けてあげられなかった。)

智子は、呆然として思った。急に智子は吐きそうになり、かがもうとして、智子は自分のジーパンの股を見て、短い悲鳴をあげた。今度は智子のジーパンのフロントボタンの間からドロドロした茶褐色の泡と粘液が流れ出してきたのだ。

「あぁ、溶ける。自分も聡美のように溶けちゃう。あぁっ。溶ける。溶けてしまう。助けて。誰か助けて。」

智子は叫んだ。身体を支えようとした智子の手も、ピザの熱く溶けたチーズのように糸をひいて地面に崩れ落ちていった。智子は自分の身体も聡美と同じように溶け崩れて行くのだと思った。
全身が跡形もなく崩れ去る頃、智子はこれで聡美のところに行けるという奇妙な安堵感を感じていた。

「あっ。」

気が付くと、智子は自室のベッドの上にいた。

「また夢か」

智子は言った。聡美が失踪してから1週間がたつが、未だに手掛かりが何も無い。智子は自分がジーパンを無理やりはかせたことが、聡美を深く傷つけて、聡美を失踪させてしまったのではないかと、強い自責の念に駆られていた。
聡美がいなくなってからの智子の憔悴の仕方は、いつも智子の陰口を言っている同僚がみても気の毒になるくらい激しかった。
そして…智子はこの1週間毎日同じ夢にうなされていたのだった。聡美と自分がドロドロに溶けてしまう夢。聡美に何があったのかは、皆目分からなかったが、智子は自分が聡美にあげたジーパンを買った古着屋に行けば、手掛かりがあるのではないかと思った。

「あれっ。」

古着屋に行くと、不思議なことにそこは更地だった。
周りを少し歩いて見たが、古着屋があったところはそこに間違いない。隣の文房具屋のおばあさんの顔もよく覚えている。
「すみません。隣の古着屋さんどうなったんでしょうか。」
智子は文房具屋の店番のおばあさんに聞いてみた。
「うちの隣は2年前から空き地だよ。その昔は八百屋で、古着屋はなかったけどねえ。場所を間違えていないかい。」
おばあさんに言われ、「うーん。ありがとうございます。」と智子は言ったものの、自分が間違えているとは思えなかった。
かと言って、あの人の良さそうなおばあさんが、騙しているとも考えられなかった。
(おかしい…)
智子は思ったが、今や、自分が聡美に渡したジーパンが聡美の失踪に関係していることを確信していた。

 仕事は、3日間の休暇をとっている。
休暇をとることにはいつも口うるさい課長も、智子の憔悴しきった様子をみて、快く許可してくれた。

(なんであんな余計なことしたんだろう。)

智子は、聡美に自分の殻を破れと言って、聡美がはいたことのないジーパンを無理やり受け取らせたことを激しく後悔していた。
「私のせいだわ」
智子の目に涙が溢れた。そういえば、聡美も夢の中でこんなにして泣いていた。聡美は何か私に言いたかったのではないか。智子は考え込んでしまった。

「あっ。」

涙でぼやけた視界に、夢で見たのと同じ格好の聡美を見つけたような気がしたが、すぐに路地の陰に消えてしまった。

「聡美!」

智子は追いかけたが、聡美はいなかった。
(あまり聡美のことばかり考えるから気のせいか)
智子が思った時、強い力で後ろから布で口を塞がれた。刺激臭がしたと思ったら、智子の意識は急速に遠のいていった。そのまま、智子は数人の男に運ばれていった。

 気がつくと智子は仰向けに寝ていた。

「痛っ。」

手や足を動かそうとすると何かにきつく繋がれていて動けない。
目を開けると、顔の前に眩しい大きな無影灯があり、智子は眩しさのあまり顔をしかめて横をむいた。そして、自分が、手術台の上に大の字に固定されていることを知った。周りを見ると、昔仮面ライダーの番組でみたショッカーの基地にそっくりだった。
(まさか、こんな子供じみた。また、夢かしら。)
でも、身体を動かそうとした時の手足の痛みは、とても夢とは思えなかった。
(いったいどうなってるの?)
不意に右手の電動の扉が開き、顔が見えないようなマスクをした白衣の男が3人入って来た。
1人の男は、手に緑褐色の液体がたくさん入った大きな注射器を持っている。

「真崎智子。偉大なるショッカーへようこそ。」

近くのスピーカーから声が聞こえた。

(これは夢じゃないんだ。どうしよう。)

智子の顔は恐怖でひきつった。

「状況を理解したようだな。真崎智子、おまえはこれから名誉あるショッカーの改造人間になるのだ。」
ショッカー首領の声は続けた。
「その注射器の中には、中世の魔女が使ったサバトの毒酒でつくった薬がはいっている。これをおまえに注射すれば、おまえは改造人間となるのだ。」
智子の左側の男が、智子の左手に注射しようとした。智子は激しく暴れて抵抗しようとしたが、すぐに残りの2人の男に押さえられて身動き出来なくなった。

「やめなさいよ。もしかして…聡美がいなくなったのもあなたたちのせいなの。」智子は怒鳴った。
「真崎智子抵抗しても無駄だ。最期に1つだけ教えてやろう。真藤聡美は溶けて死んだ。ただそれは我々の組織の手によるものではない。我々は、ここに来てもらうために、真藤聡美に対するおまえの思念を利用しただけだ。」

(聡美が死んだ。しかも夢の中のように溶けて死んでしまった。そんな…。聡美ごめんね。)
「聡美ーっ」
智子は叫んだが、注射器の針を刺され、サバトの毒液を注入されて智子は意識を失ってしまった。

 どれくらい時間が経っただろうか。智子は目がさめた。
(夢?)
智子は思ったが、目を開けると周囲の様子は気を失う前と全然変わっていなかった。いやっ、少し変わっていることはあった。智子の手足を固定していた鎖はなくなっていた。
(あっ、改造人間。私、改造されたのかしら。)
慌てて、智子は自分の身体をあちこち見たが、どこも変わっている様子はなかった。白のブラウスも4パッチポケットのベルボトムジーンズも着ていたものそのままだった。
(顔!)
おそるおそる顔を両手で撫でると、そこにはいつもの智子の顔があった。
(よかった。改造されなかったんだ。でも、どうして。)

 コトッ…
 音がした方を向いて、智子はもう一つ変わった事があるのに気が付いた。
無影灯が消されて薄暗くなっている部屋の3つの隅に柱が立っていて、そこに磔になっている女性がいた。
何故か3人共、夢の中で聡美が着ていたのと同じ服装だった。
黄色のブラウスに色褪せたベルボトムジーンズだ。
不意に、部屋が明るくなりスピーカーから声が聞こえた。
 
「真崎智子。改造手術は成功だ。おまえはこれから、自分の能力をじっくり味わう事になる。」

首領の声が聞こえた。
「なにいってんのよ。全然変わってないじゃない。」
智子は言ったが、「もうすぐ分かる。」とショッカー首領の声は途絶えた。

(自分の身体はこれから変わっていくのだろうか。)

智子は一瞬考えたが、まずこの3人を助けなくてはと思った。
智子は真ん中の女性のそばによって、鎖を解こうとしたが、なかなかはずれなかった。智子は一生懸命になったが、磔の女性は智子のジーパンの股を見る位置に顔を固定されていることに智子は気がつかなかった。智子のジーパンにはフロントボタンから股の前面のポケットに光沢が出る程色褪せた皺が何本か走り、智子が鎖を解こうと身体を動かすたびに、その皺が自分で意志をもっているかのように厭らしく蠢いた。

「やだ、やだ。溶けてしまう。あなたのジーパンをみていると溶かされる。やめて。やめてっ。」
磔にされている女性に言われても、智子は最初なんのことか分からなかった。
次の瞬間、女性の頭が緑褐色の粘液で汚れた。咄嗟の判断で智子は飛び下がったが、そこでおぞましいものを見てしまうことになった。
女性は頭から溶け崩れていった。
黄色いブラウスがぐしゃぐしゃに濡れて平べったくなり、その表面を緑色のドロドロの粘液とともに溶け残った眼球がジーパンの股のフロントボタンに向かって流れ落ちていった。女性の背はだんだんと低くなり、かわりにジーパンの裾からドロドロした粘液が流れ出して来た。手足を固定していた金属の輪からは、溶け崩れて細くなった手足が流れ落ちた。智子の目の前で女性の身体は骨も残さずに溶け崩れ、ゆっくりと地面の上に流れて拡がっていった。なにもかもが、夢でみた聡美と一緒だった。
(溶けてしまった。私のジーパンを見ると溶けるっていってたけど、これって私が溶かしたの?)

 「真崎智子。これがまずおまえの第一の力だ。おまえのジーパンの股をみつめた人間は跡形もなくドロドロに溶けてしまう。さあ、助けられるものならほかの2人も助けてみろ。もしお前が何もしなくても15分後には、この2人は殺人女王蟻アリキメデスによって骨まで溶かされてしまう。」
ショッカー首領の声は途絶えた。残りの2人は、智子のジーパンを見ないように必死に目を閉じていた。
(私はどうなってしまったの。どんな能力が身についたというの。でもこのままではこの2人は溶かされるしかないんだわ。助けなきゃ。)

 智子は、入り口に向かって右側の女性の鎖を解き始めた。
予想外に簡単にはずれそうだ。あとは、磔にされた女性の後ろの奥にある金具をはずせば、女性は自由になれそうだ。
(ショッカーは私が女だと思って油断したのかしら。)
「その金具をはずせばあなたは自由になるわ。でも、ここからだと手が届かないの。ちょっとあなたを押すことになるけど、我慢してね。」
智子が言うと、その女性は少し笑った。まだあどけなさが残っている、かわいい笑顔だった。
智子が女性に抱き着くようにして、思いっきり身体を伸ばし、奥の金具に手を伸ばした。
2人のジーパンの股のフロントボタンが当たってカチカチと小さな音がした。
「大丈夫?もう少しだからね。」
智子がいったが、返事はなく、
代わりに「あぁっ、うーん。」というかすかな声が聞こえた。
(もう少しで手が届く。一気にやった方が早い。)
智子は必死に手を伸ばしたが、少しずつ自分の身体が女性から受ける抵抗が少なくなっているような気がした。
(気のせいか)
とらえどころのない不安が智子を襲った。
でもその時、金具に手が届いて、智子はそれを引き抜いた。
「手が届いた。よしもう自由だよ。頑張ったわね。」
智子は言って、身体を起こそうとした。そのとき急に、智子の体は沈み、女性が磔にされていた金属の柱にジーパンのフロントボタンが当たった。

(なに?)

嫌な予感がして智子はゆっくりと下の方に視線を向けた。
足元を見た智子の目にとめどもなく涙が溢れてきた。
「そんな、ひどい。」
そこには、さっきまであどけない顔で笑っていた女性の姿はなかった。
いや、姿はあったがドロドロに溶け崩れて既に人間の原型を留めていなかった。
女性が磔にされて立っていた床にはドロドロした緑褐色の粘液が盛り上がり、ところどころ溶け残った髪の毛や黄色いブラウスの破片が付着していた。
粘液の盛り上がりは泡を立てながら徐々に低くなり、ゆっくり流れて拡がっていった。溶けた第2の被害者の身体は煮えたぎる溶岩のように、ふつふつとドロドロの粘液を回りにはね散らした。
やがて、沸き立つ粘液の溜まりは少しずつ小さくなり、数分後には完全に消えてしまった。あとには髪の毛1本残らなかった。

「どうして。どうしてなの。もう少しだったのに。」

智子は泣きながら叫んだ。
「真崎智子。これがお前の第2の力だ。お前のジーパンのフロントボタンからはいつもサバトの毒液が分泌されているのだ。人間が、たとえ服の上からでもこれに触れれば、お前が今見たように、たちまち骨も残さずに跡形もなく溶けて流れてしまう。2人目の犠牲者も、真崎智子お前が溶かしたのだ。」

ショッカー首領の声が聞こえた。

「もうこないで。あっちへ行って。この化け物。私の身体を溶かさないで。」

残った一人の女性は完全に錯乱して、手足を固定された磔の柱で激しく悶えながら呆然と立っている智子に言った。

(化け物?そう、もう私は人間を溶かしてしまう化け物なんだわ。聡美。私もうこれ以上頑張れない。あなたのところにいくわ。)

智子はそうつぶやくと、3人目の女性の前にゆっくり歩いて行き、

「これがあなたのいう化け物の末路よ」と言い放って、右手をジーパンの股のフロントボタンに当て、もだえるようにして手のひらをボタンに擦りつけた。
右手には透明な粘液がついていた。
「サバトの毒液だわ。ショッカー、あなたたちの勝手にはさせないわ。」
毒液は既に指を溶かし始めていた。
智子は、その右手で自分の顔にサバトの毒液を塗り付けた。
 3人目の女性の前で、智子の頭はドロドロに溶けて崩れていった。
と同時に智子が着ていた白いブラウスがぐしゃぐしゃに濡れて平べったくなり、その表面を緑色のドロドロの粘液になった智子の頭が、2つの溶け残った眼球といっしょにジーパンの股のフロントボタンに向かって流れ落ちていった。
智子の背はだんだんと低くなり、かわりにジーパンの裾からドロドロした粘液が流れ出して来た。女性の目の前で智子の身体は骨も残さずに溶け崩れ、ゆっくりと地面の上に流れて拡がっていった。智子は聡美と同じように跡形もなく溶けて一緒の死後の世界に行く積もりだった。

 「ひっ。溶け…溶けてしまった。助けて。もう私は助けて。」
3人目の女性が騒いだ。
「黙れ女。これからが真崎智子の第3の力だ。おまえが溶けて死ぬ前に教えてやろう。このドロドロに溶けた緑褐色の粘液が真崎智子、いや偉大なるショッカーの新怪人、妖女溶解女の本当の姿なのだ。溶けた真崎智子の身体は、少しでも触れた人間の身体はもちろん、仮面ライダーの身体も跡形もなく溶かしてしまう。そして、真崎智子は自分から溶けて妖女溶解女になった時、ショッカーの思いどおりに動くように脳の改造が終わるのだ。さあ、妖女溶解女。お前の力でこの女を骨も残さずドロドロに溶かしてしまえ。」

 3人目の女性は、なおも逃げようと激しく身体をくねらせていた。
色褪せたそのジーパンに出来た皺は、一人目の女性の全身を溶かしてしまった智子のジーパンを思わせるほど厭らしく見えた。
その時、大量の緑褐色の粘液が女性の上から崩れ落ちて来た。
智子の溶けた妖女溶解女が、壁を流れ伝って天井に這いあがり、そのドロドロの身体全てを天井から女性の上に落としたのだ。
一瞬、緑褐色の粘液に覆い尽くされた人間の形をしたものになった女性は、なおも激しく身をくねらせていたが、だんだんと高さが低くなりついには床の上に完全に溶けて拡がってしまった。
妖女溶解女が女性の身体を流れ落ちる間に、女性の身体は骨も残さずに跡形もなく溶けてしまったのだ。人間の身体だけではない。磔にされていた柱や金具は表面についていた有機物の一切を溶かされ、磨き上げたように光っていた。ものすごい溶解力だった。

 第3の被害者を溶かして床に拡がったドロドロの粘液は、すこしずつ人間の形になり、やがて白いブラウスと色褪せたボタンフライのベルボトムジーンズをはいた智子の姿に戻った。
しかし、智子の顔には、黒いペイントで描かれたような模様が浮き上がっていた。

「真崎智子、いや妖女溶解女、よくやった。実験は成功だ。お前はこれから人間を、そして仮面ライダーをドロドロに溶かしてしまうのだ。行け!妖女溶解女」

「わかりました首領。」

そういって、智子は不気味に笑うのだった。
 
(おわり)