粘液溶解

作:妖女溶解女様

「これあげる」

 着古したボタンフライの4パッチポケットベルボトムジーンズを、仲良しの友達の智子が無造作に聡美に渡した。

「でも、私、ジーパンなんてはいたことないから。」
 
 聡美は言って少しもらうのをためらった。
智子は活発なボーイッシュな子で、ショートカットの髪にいつもジーパンをはいていたが、聡美はというとおとなしい性格で、服装の方もスカートしかはいたことがなかった。
性格は正反対の2人だが、妙に馬が合うのが周囲の同僚からみても不思議だった。
 
「そんなこと言ってないで、少しは自分の殻を破ってみなさいよ。」

 珍しく強引な智子に押されて、聡美はそのジーパンをもらうことにした。
 マンションの自室に帰ると、聡美は「智子ったら。私こういうの苦手なんだよね」と愚痴を言ったものの、「自分の殻を破って」という智子の言葉が気になった。
 
 聡美は鏡の前に行くと、もらったジーパンをはいてみた。

「私って、智子より太っているのかな。」
 
 
 ジーパンは聡美の身体には少し細く、聡美はフロントボタンをちょっと無理して留めた。
 履いて見ると、股から太ももが厭らしいほど色褪せしていて、しかもきつきつだったので、鏡に映った自分の姿を見ると何か自分が怪人や悪魔になったようなおぞましい感じがした。

「やっぱりこんなの無理。脱がなきゃ。」
 
 聡美がジーパンのフロントボタンに手をかけると不意に床が近くなってきた。
鏡を見ると、緑褐色のドロッとした粘液に覆われた人間の形をした物がジーパンをはいて溶け崩れていくところだった。

「えっ。私の身体。溶け…。」

 聡美の目に、ジーパンの裾からダラダラと流れ出るおびただしいヘドロのような液体が見えた。手を見ると夏の暑さに崩れたアイスクリームのようなものが袖から垂れ下がって床の方に溶け落ちていくだけだった。
聡美の視点は急速にジーパンの股のフロントボタンに近づいていった。
聡美は自分の全身が溶解して床の上に平べったく伸びていくのを感じた。鏡を見ると、そこには、波打ちながら流れて拡がっていくドロドロした緑褐色の粘液が映っているだけだった。
 
(溶けてしまった。)

聡美は恐怖とも快感ともつかない感覚に浸されながら、しばらく呆然としていた。

「聡美!」

 部屋の外から妹の明美の声がした。
身体だけでなく徐々に溶けていく意識の中で、(そうだ、妹が遊びにくる約束だった)と聡美は思った。

(入らないで)

 聡美は言おうとしたが、粘液がぷつぷつと弾けるだけで声にならない。
明美は鍵を開けて勢いよく部屋の中に入ると汚れた鏡の前の惨状を見て絶句した。

「なにこれ。聡美は?やだ、近よらないで。」

跡形もなく溶けた聡美の体は、もはや意識もなく、明美の方に流れていった。
明美は必死に逃げようとしたが、狭いマンションの部屋の壁の前で、逃げ場はなかった。溶けたチーズのように糸を引きながら流れるネバネバの粘液が明美の身体に触れると、明美は溶鉱炉に落ちた蝋人形のように一瞬のうちに骨も残さずにドロドロに溶けて聡美の溶解した粘液状の体に溶け込んでしまった。

 2人の姉妹の溶けた粘液は、しばらくの間泡をたててふつふつと溶け崩れた身体を周りにはじかせていたが、次第に蒸発して小さくなり、1時間もするとすっかり無くなってしまった。

 「…」
 「変ねえ。聡美いないのかしら。」 

 ジーパンをはいた感想を聞きたくて電話をかけた智子は、応答のない携帯電話を手にしてつぶやいた。
自分が古着屋で買ったベルボトムジーンズが、実はドルゲ魔人マユゲルゲが作ったものであったことも、それが聡美姉妹の身体を跡形もなくドロドロに溶かし尽くしてしまったことも智子は知る由もなかった。