手にするもの、失うもの


作・丸呑みすと様

「・・・欲しくば、奪うが良い。その為の力を与えてやろう」
闇の中、声が響く。
長く鋭い爪が、横たわった人体に突き立てられた。
「我があたえし力、存分に使うがいい。ル―――――ロロロ――・・・」 

 激しい豪雨の中、日没はまだというのに車のヘッドライトは点灯された。フラッシュのような閃光に一瞬遅れ、銅鑼を叩くような雷鳴が轟く。
「こりゃあ、暫くうごけねーよ」渋い表情で空を仰ぐシュウジの言葉に同意するように松下和音も頷いた。
二人は近くの高校に通う同級生で、公認のカップルだ。
今日も放課後、街をぶらつき、河川敷を散策していた所へいきなりの豪雨に見舞われ、鉄橋の高架下に逃げこんだのだ。
「まあ、その分一緒にいる時間が延びたじゃない」和音は笑顔で返した。元々、可愛らしいルックスに加え、いつも前向きな彼女は男女問わず好かれている。左胸にエンブレムの入ったネイビーブルーのブレザーとグレーのプリーツスカートの制服もあつらえたように似合っていた。

雨の中に近づく影があった。
シュウジは舌打ちをすると、影を睨み付けた。
「おい、グジぃ。こないだシメてやったのもう忘れたのかよォ!!」
グジという名前にビクッとなった和音はシュウジの後ろにまわった。
グジ――もちろん渾名だ。グジグジして煮え切らないところや、ナメクジを連想させる鬱陶しさでつけられ、今やまともに名を呼ぶものは無い。
教師とは思えないほどノリの軽い担任の杉村も平気でそう呼んでいる。
そんなグジも人並みに感情を持っているのか、和音に何かと付きまとい始めた。ただ、恋に不器用なと言うには、あまりに異様な行動が目 立ち、和音が気味悪がっているのも事実である。そこでシュウジや彼の友人らが一度、放課後に呼び出し忠告したが、かわらずストーキングじみた行為をやめないグジを”制裁”したのである。

「いったよな、和音の半径五メートル以内に近づいたらコロすって」
グジは無言のままだ。
「てめーなんざ、やっちまっても。誰も咎めねえよ!」
べしゃ
濡れたものを叩きつける音がした。呻き声とともにシュウジの身体が崩れ落ちた。
「シュウちゃん!?」和音はシュウジを見た。
乳白色の、ゼリー状の塊を浴びたシュウジのアイドルばりの顔は、燃えさしの蝋燭のように歪み崩れていた。
グジが居るべきところに立っているのは、乳白色の体表に茶褐色のラインの入った、二本 の角を持つ怪人だった。さながらナメクジを2メートルサイズに拡大し、直立させて手足を付けたような姿だ。
恋人の無残な死。異形の怪物。有り得ざる状況に和音は気を失いその場に崩折れた。

ナメクジの怪物は、和音の足元に屈みこんだ。ミニスカートから伸びた腿 や脚は素晴らしい。「グージ、グージイ」そろそろと和音の上に覆い被さっていく。
「ハァー・・・ハァァ――」和音の胸辺りまで被さったところで、彼女は息を吹き返した。
「!!・・・や、嫌ァ―――」叫ぶ和音。だが轟く雷鳴がその声を掻き消してしまう。
怪物の顔の真中が縦に裂け、暗い洞となって開いた。恐怖に大きな目 を見開く女子高生の顔をすっぽりと呑み込む。
そりて怪物の身体は、それ自体がゲル状になって、和音の全てを包み込んでしまった。
不気味にのたうつゲルがいずこかへと這いずり去った後には、くしゃくしゃになった制服や、下着が散乱しているだけだった。

魔人ドルゲにより、ドルゲ細胞を植え付けられたグジは魔人ナメクジゲと化し、望みどおり憧れの美少女を我が物としたが、同時に人で有ることを失い、若い女の血肉を啜る真の魔人となったのである。