蒼に還る


作・丸呑みすと様

 この年も熱帯夜は続いていた。じっとしてても何時しか玉のような汗が肌を伝う。
だが、安斉沙織はさっきから震えが止まらない。
 それは彼女が夜の19時を過ぎたにもかかわらず、白い三角ビキニの上から丈の短いビーチローブを羽織っただけの姿のせいだけではない。
 「あんな、化け物がいるなんて・・・」
沙織の記憶はほんの数時間前に遡っていった。

 「いいよ、沙織ちゃん」
カメラマンがOKを出す。
沙織は豊かなバストを強調する姿勢を解いた。
彼女は今年21歳の現役女子大生にして売り出し中の新進グラビアモデルだ。
お嬢さまっぽいルックスと164・85・57・87の抜群のプロポーションで人気急上昇中だ
 今日は某海岸沿いにある廃業したホテルや水族館に「蒼に還る」という企画物グラビアの撮影でやって来た。
撮影は概ね順調だった。あの水族館に入るまでは・・・・

「ぐあああーーーっ!」
カメラマン助手が獣じみた絶叫と共に倒れ見る見るうちに毒々しい紫に染まった肉体が解け崩れていく。
パニックに陥る撮影隊に渦巻模様の黒装束の一団が奇声をあげて襲い掛かった。
怒号と断末魔乱れ飛ぶ中、沙織は無我夢中で逃げた。彼女が逃げ込んだのは水族館に隣接したホテルのフロントだった。じっと、息を殺して潜んでいたのだった。

(せめて、携帯があれば)沙織は思った。
助けを呼ぶ事も、或いはこの異常事態を知らせられるのに。
乾いた音がした。沙織愛用の携帯だ。

「探し物はこれか?」
声の方を見て、沙織は悲鳴をあげた。
濃い紫に彩られた2メートルを超える怪人だ。
左手は長い鞭状で顔の中央には不気味な一つ目が光っていた。

「俺はドルゲ魔人、ナマコルゲ様だァ、俺の姿を見た物は殺す」

「嫌ーーーーーッ!!」
 ナマコルゲは頭部を少し下げると、頭頂から紫の液体を沙織めがけて噴射した。
 液体は沙織の端正な顔から胸元、下腹部、そして長い脚までまんべんなく振りかけられた。
白いビキニもディープ・パープルに染まる。
「う、うあああああーーーッ」
絶叫する沙織は手で顔を覆う、がその指先はズブリと顔にめり込む。
油炒めのような音と共に沙織の全身から煙が上がる。
乳房が熟しすぎた柿のように落ち肋骨が覗く。
濡れ雑巾を叩きつけるような音がして、沙織だったものが倒れた
 
 数刻後、紫がかった青い液溜りの傍で、主を失った携帯の着メロが虚しくレクイエムを奏でていた。

 失踪したカメラマン助手繋がりで、まず、木戸松五郎が乗り出し
さらに、沙織のファンだった木戸猛が続くのはまた別の話である。