マルチレントゲンMX

作:J.K様

ここは、わが国のX線全般の研究機関「ジャパン・エックス・センター」。
事の発端は年に一度の「レントゲン」精度研究分科会での議論からであった。メンバーはエックス・センター所長A氏(55歳)、レントゲン部主幹B氏(50歳)、共に茶色のスーツ姿でこの会議のリーダー役である。
その他のメンバーは30代中心の、各セクションの責任者クラスの男性職員ばかり8名で、全員グレーのブレザー姿であった。男だけの会議でとても堅い雰囲気であった。各セクションとは、レントゲン(X線)の、光線の物質的研究をしている「研究グループ」、X線撮影の技術、熱効率など担当の「技術グループ」、それとX線写真の分析と処置の技能向上を目指す「診断グループ」。
 各グループの先月の研究報告が終わり、いつも通りの定例会議が終了するかと思わ
れた。
 ところが、所長のA氏が
「今の医療機関が医療ミスなどでマスコミに取り沙汰されている。何か世間の人に、不名誉を一掃する何かを、我々のエックス・センターで出来ないか、考えてくれ。」
「・・・・・」 
しばらく沈黙があった。
 2、3分してから、「技術グループ」のひとり、C氏が
「X線は1回に肺とか腎臓とかひとつの臓器にしか照射できない。これを1回のX線照射ですべての臓器の写真が撮れないか、もしそれが可能なら、患者さんは何度もX線を受けなくても、1回で済む
し、効率的でもある。」
 他のグループ担当者たちも納得したようであった。
そして、1年後、それは各グループたちの努力の結集で完成した。
その名は
「マルチレントゲン MX」
もちろん、動物実験、人体のテストもすでに成功し、まさに医学学会で発表を待つのみであった。
 ところが、実はこのマルチレントゲン MXの思案者C氏は見返りの大金目当てに、某外国の機関のスパイD氏へこの情報を漏らしていたのだ。
 しかしMXを知っているのはエックス・センター内の関係者だけで、昼間は厳重な警備でC氏が持ち出すこともできない。設計図のコピーも膨大の量で無理であった。
 そこでC氏はD氏が夜間エックス・センターへ侵入し、MX現物を盗み出すことを薦めた。MXは小型のビデオカメラのようなレンズから青白い光線を発するが、カメラの下部に付いているボンベのようなタンクに入ったスカイブルーの溶液がMXの正体といってもいい。この溶液を少しいただこうという魂胆であった。少しいただいたら、残りは返すつもりだった。D氏はMXが手で持てる重さであったし、実験もしてみたかった。
D氏はかつて、EBI、TGBといった組織にいたこともあり、難なくMXを手にした。さっそく自家用のベンツに乗り込み、都内某所の自国の研究機関へ急いだ。運転中D氏はこれを医療用のマルチレントゲンとしてだけでなく・・・。
彼の脳裏に、してはいけないことへの欲望が走った。
時刻は夜の11時を過ぎていた。車は人通りのほとんどない細い道に入った。この近くには大きなマンションがいくつかあるが、10月も中頃のこの時刻には人はあまり通らない。D氏はそのマンションへ帰ろうとしているらしい人影を見つけた。
車が接近するにつれ、D氏にはその人間が若い女性と確認できた。
「よし実験だ。」
車を降り、後ろから歩いて接近する。若いOLらしい、白っぽいツーピース・スーツを着た、割と髪の長い、すらっとした感じの女だった。彼女の歩く音、白のパンプスの音、
「コツ、コツ、コツ、コツ・・・」
すぐ後ろまで来たら、そのOLが振り返った。
 OLはハッとして、驚きと不安、何かされるのかと警戒し、後ろに2,3歩後ずさりした。
その時D氏はMXを彼女に向け、発射しようとした。彼女は
「誰!あなたは!何するのー!」
D氏は「レントゲンの実験さ。」 
しかしOLは恐怖に脅え、
「たすけてー!」
後ろ向きにバックしながら後ろにさがるが、「バサン、コツコ・・」OLはパンプスのバランス
をくずし、しりもちをついた。
「やめて、たすけて!」OLは路上に座り込んでも、なおも逃げようとするが、腰を痛めたのか、立ち上がって逃げる力は残っていなかった。
 D氏はカメラのファインダーの中に、完全にOLの全身が入ったことを確認するや
いなや、シャッターを押した! 
「ピカーーー!!」
ふつうレントゲンは1回の照射である。
ところが、D氏はやってはいけないことをしてしまったのだ。カメラのシャッターを押し続けたのだ。
「ピカーーー!! ピカーーー!! ピカーーー!! ピカーーー!!・・・」
OLの全身が青白い光に包まれていた。見たこともない光景だった。
照射を受けたOLの悲鳴は回を重ねるごとに、
「まぶしーい!」 「熱――い!」 「痛――い」 「苦しーーーい!!」 「ああああーーーー!!」 「ううううう、ああああーーー!!」
・・・・この繰り返しのようであったが、30回目くらいに、着衣が薄くなっていくのが確認できた。スーツ、スカート、ブラウス、ブラジャーが消えた!!
「きゃあーーー!!」 
青白い光に包まれているせいか裸になっても変な感情は沸かなかった。・・・なおも照射が続き、50回目くらいで、
「うぎゃーーーー!!」
今度は筋肉・内臓の消滅が始まっていた。この瞬間OLは命を落とした。
・・・そして100回目。白骨が浮き出てきた。
D氏は指が動かなかった。このままシャッターを押し続けていたい。何がどうなるのか? 見てみたい。 が、150回くらいのところで、照射が止まった。
タンク内の溶液がなくなったのだ。
その瞬間、
「ガラン、ゴトゴトン・・」
白骨が路上に転がった。白骨まで消滅させることはできなかった。D氏はなんということをしてしまったのか。若い女性の被害がまた起きてしまった。
  (終わり)