薄幸の女怪人・モウセンゴケジン

作:らいだーまん

1.発病
 
とある、地方の中心部にある総合病院。この建物の6階、内科病棟にはガンに冒され、余命幾ばくもない女、野口まゆみが入院していた。
彼女が自らの肉体の変調に気づいたのは昨年の夏の終わり頃だった。食欲がなくなり、激しい胸焼け、嘔吐感。彼女の不安は的中し、翌日からは長い闘病生活が幕を開けたのだった。
まゆみは短大を卒業後、故郷であるこの町の信用金庫に勤めていた。働き初めてもう2年。ようやく仕事に慣れたころ、偶然高校時代のクラスメートだった修司と再会し、なんとなく付き合うことになってしまった。結婚、までは意識したことはないが、もちろん体の関係もあるし、休みにはいつも会っているし、これが恋愛って言うものなのかな・・と幸福感を感じ始めた矢先の入院だった。
まゆみが5歳の頃に離婚し、それからというもの女手ひとつで育ててくれた母、直子は保険の外交の合間を縫うようにまゆみの看病にやってきては明るく振る舞い、平静を装っていた。
しかし、まゆみは自分がもう永くはないことを薄々感じ取っていた。急に明るく優しくなった母。毎日繰り返される検査。
「私はもうじき死ぬのね・・・」まゆみは毎晩のように己の不幸に涙を流した。
修司の態度がおかしい、と気付いたのは入院から半年ほど経った1月のことだった。雪が降るまでは毎日のように病室に訪れていたのが、やがて3日に1度、年末には「仕事が忙しくて・・・」などと言い訳をしながら週に1度来るか来ないか、という状態になっていた。
「ガンに冒され、日に日に美しさを失っていく私を避け始めているのね・・・」
抗ガン剤の副作用の苦しみと、たったひとつの幸せを失った苦しみとがまゆみの心と体を深く傷つけていった。
 
2.絶望
 
まゆみを絶望の淵に陥れたのは、初春の暖かな陽に包まれた穏やかな午後のことだった。何日かぶりに車椅子に乗って病院の庭に出たまゆみの視界に、数週間ぶりに見る修司の姿があった。無理に笑顔を作って気丈に手を振ろうとした瞬間、修司の横に白衣の女の姿があることにまゆみは気付いた。それはまだまゆみが入院したばかりで、大部屋にいた頃にまゆみを担当した看護婦の藤村真知子だった。まゆみより1歳年下で、背が高くスタイルがよく、色白の美人・・・まさに修司の好みのタイプ。私の見舞いなんてあの女との交際のきっかけづくりだったのね。
まゆみの目に映る光景すべてが涙に潤んで揺れていた。
放心状態からようやくまゆみが現実に戻ったとき、辺りは薄暗く夕闇が迫っていた。病室に戻ろうと、1階のロビーの奥にある病棟へのエレベーターへ向かう途中、廊下の片隅に忘れ去られたかのように埃をかぶった観葉植物のスペースがあることにまゆみは気付き、ゆっくりと車椅子を進めていった。
枯れた植物たちの中に、ただ一つ鮮やかな色を付けた奇怪な姿の植物がまゆみの眼に入った。
それは昆虫を捕食して養分とする食虫植物、モウセンゴケだった。
その触手の先にはいつ捕らえたのか蠅が一匹もう半分溶かされた姿で付着していた。
その光景を見ていたまゆみの心にある恐ろしい思いが生まれ始めた。それは彼女からただ一つ残っていた幸せを奪ったまちこほ幸福な姿、そして健康で美しい肉体への憎悪だった。
「悔しい!ゆるせないっ!!」
まゆみがそう叫んだときだった。目の前のモウセンゴケからピンク色の煙が激しく噴き出し、声も出せずにまゆみは気を失ってしまった。
 
3.改造
 
まゆみが意識を取り戻すとそこには全身白ずくめで白衣を着たアリコマンドが忙しく動き回っていた。まゆみは自分の体が手術台のようなものに固定されているのに気づいた。必死に起きあがろうとしたが全く動けない。そんなとき、まゆみの横に軍服姿でアイマスクをしたゼネラルモンスターが現れた。
「ここはどこ?私を放してください!」
「フフフ・・・ここはネオショッカーの秘密基地だ。お前は自分の体の変化に気づかないか?」
「そういえば・・・」まゆみの体からいつものし掛かっていた病魔に伴う鈍痛が嘘のようになくなっていた。
「お前の体は我がネオショッカーの科学力によって全く健康な状態に戻ったのだ。ただし、改造人間になったことを除いてな。」
「改造人間?」
「そうだ。お前は食虫植物の能力を持った怪人モウセンゴケジンに今日から生まれ変わったのだ。もう死におびえることもない。」
拘束が解かれ、起きあがったまゆみの目に入ったのは手術モニターに映るおぞましい食虫植物の姿だった。
「いやあ!こんな醜い姿じゃ生きていけない!」
「フフフ・・大丈夫だ。いつもその姿というわけではない。変身をすれば元の健康だったときの野口まゆみの姿に変身することもできるのだ。それに、今のお前には人間にはできないようなすばらしい能力が備わっている。その力と、先ほどのお前の美しい女への憎悪を我々の作戦に貸して欲しいのだよ。」
「作戦?」
「そうだ。細菌兵器を東京にばらまき人間どもを皆殺しにするのだ。そのためにもお前の憎悪心が必要なのだ。さあ、自分の力を試すがよい!
 
4.復習
 
まゆみが眼を覚ますとそこは見慣れた病室の光景だった。時計は午前2時を少し回ったところだった。
「今のは夢?」
あわてて枕元から手鏡を探し出すと、自分の顔をおそるおそる覗き込んでみた。月明かりの薄命の中、そこに映ったのは若く健康なまゆみの姿だった。
「やはり、あれは現実?」
記憶の糸を辿ろうとしたとき、病室のドアがギィィィッと開いた。
眩しい懐中電灯の光の先には、準夜勤の見回りに来た藤村真知子の姿があった。
「野口さん、眠れないの?」
「えっ・・ええ」
「昼間、見たでしょう?私たち結婚するの。ごめんなさいね。」
「・・・・」
忘れかけていた憎悪がまゆみの体の奥から沸き上がってきた。顔が熱く火照るのが自分でもはっきりとわかった。朦朧とする意識。薄れていく記憶の中、かすかにまゆみの顔を見て恐怖に歪む真知子の表情が脳裏に焼き付いていた。
 
次にまゆみが意識を取り戻すと、そこには夢だと思っていたあの手術室とゼネラルモンスターの姿があった。
「どうだ?自分のすばらしい力の感想は。」
「えっ。何のこと?」
「まぁ、記憶にないのも当然だ。みるがよい。」
ゼネラルモンスターが指さす先のモニターには、深夜の真知子との会話が映し出されていた。
 
「昼間、見たでしょう?私たち結婚するの。ごめんなさいね。」
怒りで小刻みに震えるまゆみの体がゆっくりと緑色に発光すると、そこにはモウセンゴケジンの姿があった。
「キャァァァッ!!」懐中電灯が床に落ちるのとほぼ同時に真知子の口から悲鳴が上がった。必死に逃げようと、真知子が病室のドアノブをつかみかけたときモウセンゴケジンの触手が伸び、彼女の首と両腕にスルスルと巻き付く。
「ウグッ・・・」喉元を絞められ苦しむ真知子をモウセンゴケジンは触手を巻き取るように引き寄せ抱え込んだ。
「苦しい・・・だれ・・か・・たすけ・・・て・・」全身の力を振り絞るように怪人の魔の手から逃れようと抵抗する真知子。その激しい動きに耐えきれずにナースキャップがリノリウムの床に落ちた。束ねられた真知子の髪からかすかに甘いシャンプーの香りがする。
「私を怒らせるとこういうことになるのよ!」
モウセンゴケジンは真知子の耳元にそう囁くと、頭部の触手を2本真知子の目の前に伸ばした。
悲鳴もあげられず恐怖に歪む真知子の顔。
ドビュツ!
触手の先がゆっくりと膨らんだかと思うと同時に、先端が割れ緑色の粘液が噴射された。眼の前で発射される粘液を避けられるはずもなく、真知子は額から頬にかけて粘液を浴びてしまう。緑色に染められる白衣。
シューーーッ!
と、同時に真知子の全身から白煙が立ちのぼり、その白い肌も、彫りが深く美しい顔もドロドロに溶かされていく。
モウセンゴケジンの腕の中で真知子の肉体はドロドロに崩れ、その触手の中に吸収されていく。まるで空気が抜けた風船のように、みるみる緑色に染まった白衣の中から真知子の身体が消滅していく。
「ホォホッホ!」
復讐を果たしたまゆみ、いやモウセンゴケジンの足下には緑色の粘液が付着した白衣やストッキング、ナースサンダル、キャップ、そしておそらく白かったと推測されるブラジャーとパンティーが、そこに藤村真知子という1人の若い看護婦が存在したことを証明するかのように散在していた。そして、その横には真知子が最期のときまで身につけていたと思われる指輪が懐中電灯の光の中で小さく輝いていた。
「S to M」という文字を刻みながら。