登山女子たちの受難


作・taka様




「あー、いい空気!もう最高!」

とある山の中腹で、一人の若い女性が喜びの声を上げた。彼女の名は東野由紀、都内の大学に通う21歳の女子大生だ。

「それにここからの景色もいいし、もういうことなし!」

「でしょ?ここって知名度は低いけど、とんでもない穴場なんだから」

そう由紀に言ったのは大学の同級生の片岡恵子だ。一年浪人を経験した彼女は由紀よりも一つ年上だったが、大学のキャンパスで知り合ってから間もなく、彼女らは親友となった。

その理由は様々あるが、決め手となったのは二人の共通の趣味だった。そう、登山である。大自然に足を踏み入れるわくわく感と、困難を乗り越えた先にある達成感と快感が、二人はたまらなく好きだった。

二人は大学が休みになると、時折こうして共に登山を楽しんでいるのである。

「ねえ、早く先行こう?早く頂上まで行きたーい!」

由紀がせかす。

「わかったわかった、じゃ行こう」

二人はまた山を登り始めた。しかし二人は知らなかった。この山で、もうこの半年で五人の行方不明者が出ていることを・・・


「ねえ由紀、あれなんだろう・・・?」

歩き始めて一時間ほどたった時、恵子が由紀に問いかけた。

由紀が恵子が指さす方向を見ると、自分たちの目の前に一本の大木があった。その枝の上に、体つきは人間だが、まるで蜘蛛のような毒々しい外見をした、一体の怪物がいた。

「きゃーっ!」

二人は同時に叫び、すぐにその場を逃げ出そうとした。しかし怪物は口から白い糸を吐くと、逃げ遅れた恵子の体を糸で包み込み、身動きを止めた。

「由紀、由紀助けて!」

糸にもがきながら恵子が叫ぶ。しかし由紀は怪物への恐怖で尻餅をついてしまい、足がすくんで一歩も動けなかった。

怪物は無情にも恵子に近づくと、糸の先から恵子の何かを吸い始めた。恵子の体から白い糸を通じて、小さく金色に光る何かが怪物に吸われていく。

「あ、あぁ・・・」

恵子の表情は徐々に虚ろになっていき、やがて彼女の皮膚が干からび始めた。そして怪物が糸を断ち切ったときには、恵子は糸に包まれたミイラと化していた。

「恵子―!」

惨状を目の当たりにした由紀が叫ぶ。その叫びに反応した怪物が、ゆっくりと由紀のほうに振り向いた。

「いや、いや、来ないで!」

震える声で叫ぶ由紀だったが、怪物は無情にも彼女にも糸を吐きつけた。

「うっ、うっ・・・」

何とか糸から逃れようともがく由紀だが、糸は思った以上に粘着性があり、むしろもがけばもがくほど絡みつくような気がした。

そして怪物は、由紀からも金色の何かを吸い上げ始めた。

(あ、この感じ・・・私の中身が吸われてる・・・)

そう、怪物が吸い上げていたものは、彼女たちの体液だった。由紀の体も恵子と同様、体液が吸われるたびに徐々に干からびていった。

「あ、あ・・・」

もはや彼女の口からは意味のある言葉は発せられず、体液を吸われる苦しみにあえぐ声しか出ない。

そして怪物に中身を吸いつくされた由紀の体は、完全にミイラとなって倒れ伏した。怪物は二人の人間を餌にできて満足したのか、木々の枝から枝へ飛び移り、山の奥深くへと消えていった。


それから数日後、この山に登山に訪れた男性が由紀と恵子のミイラ化死体を発見し、警察に通報した。警察はさっそく捜査を始めようとしたが、上層部からの圧力でこの一件は遺族への連絡だけにとどまり、事件性なしとして闇に葬られた。このとき圧力をかけたのが、ヒトの成り立ちを研究する人類基盤史研究所、通称「BOARD」の理事長であり、政界、経済界に大きな影響力を持つ男・天王路博史だったのだが、この時の警察はそんなことは知る由もなかったのである。