妖女ミダス
(妖女溶解女完結編)

作:妖女溶解女様

 婦人警官の中田美佳は、パトロール中にショッカーの戦闘員に拉致され、ショッカーのアジトに連行された。
ショッカーのギリシャ支部は、地中から触れたもの全てを金に変えてしまう「ミダスの手」を発掘していた。
しかし、長い年月の間に「ミダスの手」は変質し、別の恐ろしい能力を発揮するするようになっていた。
ショッカーは、中田美佳のDNAにこの能力を活性化する塩基配列があることを突き止め、美佳を誘拐したのだった。 
 中田美佳は鏡の前に机と椅子が置いてある狭い部屋に強引に連れ込まれた。
「放しなさい。」
中田美佳は、必死に抵抗したが、戦闘員たちに無理やり机の前の椅子に座らせられた上、長い針を腕に刺され、注射筒に入っている多量の汚い褐色の液体を残さず注射されてしまった。
「あっ、うぅー…。」
中田美佳は、腕の激痛に殆ど気を失いそうになり、力が抜けて崩れるように机に突っ伏してしまった。

 
ぐちゅっ。じゅるうっ。

 厭らしい音に、何気なく鏡の方を見た中田美佳は息が止まりそうになった。
そこには美佳の姿は映っていなかった。
いや、人間すら映っていなかった。
ただ人間の形をした黒いドロドロした粘液が、青い婦警の制服を着て座って、苦しそうにグネグネと股をくねらせてもがいていた。
美佳は自分の手を見ようと持ちあげたが、そこにはドロドロした黒い粘液で覆われた細くなった棒があるだけ…。
指は既に溶け崩れて黒い棒の先から糸を曳いて机の上に落ちて、流れて拡がり、机の端から床の上にトロトロとしたたり落ちていた。
 
(私の身体が溶けている!)
 胸を見ると制服は平べったく変形して黒い染ができ、黒い染みは徐々に拡がっていった。ついには制服に穴があいて、ドロドロした黒い粘液が溢れ出して流れ落ち始めた。
美佳の視線は徐々に下に垂れ落ちて制服の股に近づいて行ったが、そこに開いた穴からも溶けた身体は流れ出し、上から流れ落ちてきた胸や上半身と一緒にゆっくりダラダラと流れ落ちていた。
制服の裾からは夥しい量の黒い粘液がグチョグチョと流れ出し、熔けたバターのように床を広がっていった。
 
(もう駄目。完全に溶けて…助け…誰か…。)
 途切れ途切れの意識の中で中田美佳は思ったが、今や美佳の頭は完全に溶け崩れ原型を留めていなかった。
胸から上は机の上に崩れおち、徐々に平べったくなって拡がっていった。
机の上や椅子の上に溶け崩れた中田美佳の身体は糸を曳いて床の上に流れおち、ゴボッという厭らしい音を立てながら跡形もなく液化して床の上を拡がっていった。
 既に鏡には人間の形をしたものは何も映っていなかった。
骨も残さずに跡形もなくドロドロに溶け崩れて流れていく、かつては中田美佳であったおびただしい量の黒い粘液と、ぐちゃぐちゃに濡れて崩れ落ちた婦人警官の制服だけが映っていた。

 部屋の扉が開いて死神博士と真崎智子が現れた。

「中田美佳は跡形もなくドロドロに溶け崩れたか。最後の仕上げだ。」
  
そう言って、死神博士は、中田美佳の身体がドロドロに溶けて出来た黒い粘液の上に、粘液が見えなくなるほどの多量の白い粉をかけた。
「ミダスの手」を砕いて作った白い粉は、溶けた中田美佳の身体を吸って徐々に黒く濡れ、ねっとりと混ざっていった。

「さあ、真崎智子。ドロドロに溶解して妖女溶解女となり、この液体に混ざれ。」
 真崎智子は、いつもの黄色いブラウスに色褪せたボタンフライの4パッチベルボトムジーンズ姿だったが、緊張に顔が青ざめていた。これと混ざりあった時、自分の身体がどうなるかは、実のところ誰にも分からなかった。
しかし、真崎智子は、(妖女ミダスになるんだ。)と念じると、意を決したように白い粉薬を溶かしこんだ中田美佳の溶解したドロドロの黒い粘液の真ん中に踏み込み、目を閉じて祈るような格好をしたまま、一瞬でドロドロに跡形もなく溶け崩れた。

ぐちょぐちゅう。じゅるるう。

 聴いているだけで身体が溶かされそうな厭らしい音をたてて、真崎智子の溶けた緑褐色の粘液と中田美佳のなれの果ての黒い粘液は暫くの間喧嘩をするように、その境目で小さな泡を立てていたが、次第に黒い粘液が緑褐色の粘液に飲み込まれるように混ざっていった。
 暫くすると死神博士の目の前には、デロリとした汚い黒褐色の粘液の溜まり拡がっているだけになっていた。死神博士は満足そうな不気味な笑みを浮かべてゆっくりと部屋から出て行った。
黒褐色の液体は徐々に盛り上がり、ゆっくりだが確実に人間の格好になって来ていた。
 翌朝、閉鎖された部屋の中には1人の人間の姿があった。
服装は真崎智子が着ていた黄色いブラウスに色褪せたボタンフライの4パッチベルボトムジーンズ姿だったが、顔は中田美佳のものだった。

「お目覚めかな、妖女ミダス。」

 部屋のスピーカーからショッカー首領の声が聴こえた。
「お前は妖女溶解女を改造して出来たショッカー最強の怪人だ。
全ての有機物を溶かす妖女溶解女と違って、お前がその手で触れると、無機物有機物を問わずあらゆるものがドロドロに溶け崩れて流れてしまうのだ。
行け、妖女ミダス。お前の能力を確かめて来るのだ。」


 夜の住宅地を、中田美佳の顔となった妖女ミダスはひとりで歩いていた。
自分の能力を確かめる犠牲者を探していたのだ。
 運悪く、後ろから中田美佳の後輩の2人の婦人警察官水野裕子と川越佳子が乗ったパトロールカーが近づいてきた。

「あれっ、今の中田先輩じゃない?」

運転していた水野裕子が突然叫んだ。
「えーっ、あの堅物の中田先輩がジーパン穿いているのなんて見たことないよ。車止めてよく見たら。」
川越佳子は相手にしない様子だったが、「やっぱりそうだよ。車止めるよ。」
水野裕子はバックミラーを見ながら言うと、車をとめてパワーウィンドウを開けた。
 窓から顔を出して「中田先輩。水野と川越です。突然連絡がつかなくなってどうしたんですか。分からず屋の署長がかんかんに怒ってますよ。」
大きな声で、水野裕子は言った。中田美佳は無表情にパトロールカーに近づいてきた。  

「裕子、ちょっとやばそうだよ。あれ中田先輩じゃないよ。逃げようよ。」
恐怖に駆られた顔で川越佳子が言った。
川越佳子は普段から勘が鋭いので有名だった。
水野裕子も妙な胸騒ぎがしたが、「中田先輩。中田美佳先輩じゃないんですか。」ともう一度声をかけたのが命取りになった。

 パトロールカーに近づいて来た中田美佳が、右手で水野裕子の頭をちょんと触った。
その瞬間、水野裕子の全身は溶鉱炉に投げ込まれた蝋人形のようにドロドロに溶けて崩れ始めた。
溶けた水野裕子の頭は車のドアの外を流れ落ち、車内の制服も身体が溶けるにつれてぐしゃぐしゃに萎み、骨まで溶け崩れた身体が、シートから床に流れ落ちていった。しかし…溶けているのは水野裕子の身体だけではなかった。
跡形もなく溶け崩れた水野が触れたハンドル、シートそれにドアまでもがドロドロに溶け始めた。

「うぁーっ。と、溶けちゃった。わたしも、わたしも溶かされちゃう。」

 佳子は叫んだが、すでにフロントガラスはドロドロに溶けてなくなっていた。
佳子は椅子の隙間から後部座席にすり抜け、ドアを開けて逃げようとして真っ青になった。
(しまった。パトロールカーの後部座席は中からはドアが開けられなくなっているんだ。どうしよう…。)
半べそをかきながら、佳子は携帯電話を取り出し、署に電話をした。
「お願い。誰か出て。早く。」
佳子は半狂乱になっていた。
「はい、県警です。」
携帯電話から待望の声が聞こえた時、佳子の頭の上から溶けたパトロールカーの天井が流れ落ちてきた。

 ドロドロの液体を全身に浴びて、佳子もたちまち液化しはじめた。
溶けたシートや天井とごちゃまぜになりながら、佳子の身体は崩れ、熔けたバターのようにトロトロになって、穴だらけになった婦人警官の制服から流れ落ち、車の床の上をグジュグジュと拡がっていった。
「もしもし誰ですか。」
佳子が溶け崩れながらも最後まで持っていた携帯電話は、虚しく声を立てていたが、すぐに溶けて形を失い流れ落ちた。
間もなく、路面にはドロドロした黒褐色の粘液が溜まっているだけになった。

 中にいた2人の婦人警察官ごとパトロールカーをドロドロに溶かし尽くした妖女ミダスは、不気味な笑みを浮かべて黒褐色の粘液を見つめていた。

「すごい溶解力ね。これなら、人間を建物ごと溶かしてしまえるわ。」と呟くと、妖女ミダスは、定期演奏会に賑わう市営公会堂に向かって歩きはじめた。

(おわり)