溶ける海 異聞


作・丸呑みすと様



夏空と海は遠く水平線で溶け合っていた。
その光景を両側から挟む形で、岸壁が立っている。
切り立った岸壁に守られるかの様な入り江の中に砂浜と岩場があった。ここは関東南部の某海岸。かつては旧財閥系の幹部用のプライベートビーチとされていたところだ。
 
「・・・で、買い取ったわけ?夏しか使い道もないのに」
永橋恵美は織部芳文にいった。
恵美は22歳、この春大学卒業を機に、学生時代からやっていたモデルの仕事に専念し始めた。167cm、スリーサイズは上から88・56・84。細面の美貌。長い黒髪が印象にのこる。
「こういう隠れ家も必要さ。ヒルズは最近落ち着けなくなったしね」
芳文は返した。彼は三十歳にして年収百億とも噂される若手ベンチャーの起業家。メディアにも頻繁に登場し、時代の寵児としてもてはやされていた。
「ここなら五月蝿いマスコミもオフリミットだから、ゆっくり君と愉しめる」
芳文は恵美の尻を軽く叩いた。苦笑しながら恵美も芳文の腹にパンチを返す。
「泳ぐのもいいけど、岩場で甲羅干ししましょ」
 
「なんだ、君らは?」恵美たちが水着の上にビーチローブを羽織って岩場に上がると、そこには先客がいた。異様な風体の男女が一組。
長身痩躯で、手足と髪が長い。
「ここは、ウチのプライベートビーチなんですよ。今出ていったら何も咎めないが」芳文がそこまで言い終わら無い内に女の方が目にも止まらぬ速さで芳文に抱き着いた。
「な、なにを―」
「ちょっと、熱いぞ」
女の口からでた囁きは、なぜか男の声だった。
「おい、ふざけるぬ・・・ぬぁぁ」
振りほどこうとした芳文だったが女は離れない、どころか鉄板で肉を焼くような音と湯気が芳文の身体から上がり始めた。
「芳文さんッ!!」
駆け寄ろうとする恵美を男が後ろから抱きかかえた。
 
芳文の身体から力が抜けた。
女は今や物体と化した彼をいとも簡単に宙へ放り上げた。
175cmで80キロ近い成人男子をだ。
大きな水音がした。
ついで水面があわ立つ音がし、やがて静まりかえった。
何やら唸り声がする。
恵美は男の腕から脱出しようとあがなうが見た目からは想像つかないほど男の力は強かった。ビーチローブの前ははだけ、色白のボディに赤いビキニがフィットするのがわかる。
 
「・・・見た目 より不味かったらしい」
女が言った。
「こっちはいい身体をしている。美味そうだぞ」
恵美を抱えている男が答える。その声はなぜか、女のものだった。
抱える力が強まった。
「餌になってもらうぞ」
「や、いやッ」
背中からじわりと広がる熱さを恵美は感じていた。
 
”溶!!”
 
獣の吠え声のような叫びが夏空に吸い込まれていった。
感覚が無くなっていくのを恵美は感じていた。
(餌って何?・・・あたしは・・・死ぬの・・・)
まだ昼なのに、空が暗くなっていった。
 
男の腕の中で恵美の両手はだらんと下がり、頭も垂れていた。
男は恵美の肢体を海へと放り投げた。
 
はでな音と共に水柱が上がる。
一旦、沈んだ恵美の身体はうつ伏せになって再度浮上した。
長い髪が藻のように揺れている。
水底から大きな影が浮かんできた。
それは巨大な甲殻類の鋏だった。
鋏は恵美のくびれた腰の辺りを強く挟んだ。
恵美の身体がありえないほどに曲がったが、恵美の反応は無い。
恵美が鋏とともに、小さな渦を残して水面下に消えた後には、着水の衝撃で外れたのか、赤いビキニのブラが漂っているだけだった。
 
 
バケガニの鋏を紙一重でかわした仮面ライダー轟鬼は、その巨体に師匠譲りの音撃弦「烈雷」を突き立てた。
「雷電、激震――――!!」
海岸の洞窟の壁と空気を震わせて浄めの音が轟く!!
 
その洞穴のなかには、ズタズタになったビーチローブやビキニのボ トムがあった。