メイキング・オヴ・ドクロイノシシ

作:須永かつ代様

PART 1:新人AD小池育三くん(19歳)の手記より
1973年7月上旬
今日は仮面ライダーV3新シリーズの企画会議だ。 V3は1973年2月から放映が開始され、すでに2クール分の収録が完了している。変身ブームのお陰で高視聴率をキープしているが、初期の目玉だったV3・26の秘密シリーズも一段落し、正直なところ、番組としてはややマンネリの気味があった。機械と動物の組合わせという怪人のコンセプトも、動物・機械ともほぼ出揃ってしまい、新奇さがなくなっていた。このあたりで番組のコンセプトを見直す時期に来ていたのだ。

アベ(プロデューサー) 「V3も3クール目に入って、これまでの機械と動物の組合わせによる怪人というのは、もう使えないだろうな」
ヒラヤマ(監督) 「動物についてはライダー1号、2号のシリーズで出し尽くしちゃったし、機械については、ドクトルGが変身するカニレーザーでもう最高技術まで行っちゃったよね。確かにこれから作る怪人は、コンセプトをガラリと変える必要があるよ」
アベ 「もともと仮面ライダー・シリーズの基本コンセプトは『怪奇アクション・ドラマ』なんだから、ここらで一つ、原点に返って、怪奇性を追求したらどうかな」
ヒラヤマ 「大賛成だな。機械とかロボットは高技術かも知れないが、洗練されすぎちゃって、怪奇とか恐怖とか、おどろおどろしさが足りないんだよね」
オリタ(監督) 「そう、初期の仮面ライダーって、蜘蛛男とか蝙蝠男とか、暗闇の中から、平和な日常生活を脅かす恐怖とか怪奇性があって、それは面白かった」
アベ 「やはり怪奇性への回帰が必要だな。あれっ?別に洒落を言うつもりはなかったんだけど」
ヒラヤマオリタ 「………」
アベ 「……。(気を取り直して)とにかく!ドクトルGの後は、これまでのような機械と動物の組み合わせではなく、もっとこう、見る者に恐怖感を抱かせるような、そういうおどろおどろしい怪人が登場するシリーズにしよう」
ヒラヤマ 「そうだな。例えば原始獣を思わせるような…」
オリタ 「マンモスとか…」
ヒラヤマ 「恐竜とか…」
アベ 「恐竜じゃウルトラマンになっちゃうよ」
ヒラヤマ 「イノシシとか…」
オリタ 「セイウチとか…」
アベ 「そうそう。そういう獣的な動物」
オリタ 「みんな牙があるね」
アベ 「オリタちゃん、それイタダキッ! ドクトルGの後は、キバのある獣の怪人で行こうよ」
オリタ 「牙一族ですか」
アベ 「牙一族。それを率いる、ドクトルGに代わる大幹部は…」
ヒラヤマ 「キバ博士…」
アベ オリタ 「ブッ、ブー!!」
ヒラヤマ 「……(気を取り直して)キバ元帥、キバ伯爵…」
アベ 「おっ、それ良いね。キバ公爵、公・侯・伯・子・男……」
ヒラヤマ 「正直言って、牙一族シリーズがうけるかどうか、やってみないと分からないところもある。うけなかったら、適当なタイミングで打ち切って、新しいシリーズに変える場合もあるだろうし、ここはまあ、そんなに位を高くしなくても、取りあえず男爵くらいで良いんじゃないの?」
アベ 「牙男爵、キバ男爵、……。良いね、キバ男爵。カタカナでいこう!」
ヒラヤマ 「新しいシリーズは、キバ男爵が率いるキバ一族ということだね。うん、なかなかおどろおどろしくて、良いね」
オリタ 「新シリーズの最初の怪人は、どうしようか?」
アベ 「さっき言ってたね、マンモスとか、イノシシとか……」
ヒラヤマ 「マンモスはいかにも原始獣の王者って感じだな。これはキバ男爵の正体に相応しいんじゃないかな?取りあえず、第1回目はイノシシにしたら?」
アベ 「イノシシはイノシシで良いんだけど、何かワンポイント、怪奇性とか恐怖性が欲しいね」
オリタ 「イノシシ、……、キバ・イノシシ、……」
アベ 「イノシシにキバは当たり前だよ。それにこれはキバ一族なんだから」
オリタ 「……、白骨イノシシ、……」
アベ 「それ、キカイダーでやってる。白骨ムササビ」
オリタ 「……、イノシシ、ドクロイノシシ、……」
ヒラヤマ 「おっ、ドクロイノシシ! 良いねえ、おどろおどろしくて。ドクロイノシシ。イノシシのキバに刺されると、たちまちのうちに人間はシャレコウベになっちゃう。怖いねえ、恐怖だねえ。怪奇だよねえ」
アベ 「よし!新シリーズ第1回はキバ男爵の出現と、ドクロイノシシにしよう。決定!! じゃ、ヒラヤマちゃん、シノプシス(粗筋)書いてよ」
ヒラヤマ 「……、ははあ」
オリタ 「じゃ、この回の監督は私、やりましょう。ヒラヤマさんがシノプシス書くとして、脚本は誰に頼みますか?」
アベ 「イガミさんがいい。彼なら、気が乗るとあっという間に脚本の2-3本、書き上げてくれるよ」
ヒラヤマオリタ 「賛成!!」

 

……かくして、仮面ライダーV3、第31回目からの新シリーズはキバ男爵率いるキバ一族との闘い、そしてその最初の怪人はドクロイノシシと命名されたのだった。次回の会議は7月中旬、イガミさんによる脚本が完成して、それに基き、撮影プランを練る予定。



1973年7月中旬

イガミさんによる脚本は1週間ほどで完成し、今日はドクロシノシシの回の撮影に関する会議を行っている。風見志郎が出てくる本編の会議はすでに完了し、残るはこのシリーズのイントロに当たる、キバ男爵とドクロイノシシの登場シーンに議論が集中していた。

アベ 「……。イガミさん、キバ男爵とドクロイノシシが登場するところの科白は申し分ないんだけど、この若い女性が生け贄になるってところ、もう少し具体的に書いて欲しいんだけど」
イガミ(脚本家) 「んー?具体的い? そんなの、任せるよお。若い女が縛られている。でもってドクロイノシシの犠牲になって命を落とす。あとは演出家のし・ご・と」
オリタ 「……。いや、もちろん僕だって、考えろって言われりゃ、考えるけど、この生け贄の女性には科白はないの?」
イガミ 「うーん、じゃあ、キバ男爵が登場したところで、こう入れるか。『きゃああっ!』」
アベ ヒラヤマオリタ 「……」
イガミ 「だって、これはあくまで犠牲者でしょ?犠牲者が状況を全部把握していて、それに対して何か判断して、論理的な科白を吐くってほうが不自然でしょうが。やっぱ、生け贄とか犠牲者ってのは、『きゃあああっ』とか『助けてえっ』とかが定番で、それ以外は空々しいって思うわけよ」
ヒラヤマ 「……。まあ、イガミさんの言うことにも一理あるか。じゃあ、科白の方は現場のアドリブに任せるにして、この生け贄の女性をどう死なせるわけ?」
イガミ 「それはイノシシなんだから、キバで女を刺しちゃうんですね。で、女は溶けてシャレコウベになっちゃう
ヒラヤマ 「オリタさん、女は溶けちゃうんだって。これ、どう撮ろうか?」
オリタ 「そうですねえ……。SMチックに女の衣服を引き裂き、胸を刺し、鮮血が迸る!あれっ?これって『南総里見八犬伝』で毒婦・船虫が天誅を下されるのと同じ方法だなあ」
ヒラヤマ 「いや、そうじゃなくって、溶けちゃうんだよ、この生け贄の女性。どうやって溶けちゃうのを撮ろうか?ってこと」
アベ 「また、あれやったら?ほら、発砲スチロールで人形作って、酸、かけて溶かしちゃう方法」
イガミ 「あ!俺、それ反対。あれって、よっぽどうまく作らないと、人形だってこと見えみえになっちゃうもん。バロム1のランゲルゲ見た?あれ、ちょろいよねえ。人間と人形が入れ替わったとこ、バレバレ」
アベ 「(このヤロー、脚本、手を抜いておきながら……)じゃ、ドクロイノシシにキバで刺されたあと、カットを変えて白骨標本と入れ替えるか?」
ヒラヤマ 「いや、バロム1のホネゲルゲがそのやり方だったけど、それじゃやっぱりおどろおどろしさとか、怪奇性が出ないよ。新シリーズは原点に帰って怪奇性を追求するのが狙いだし、それにこれは生け贄の女性なんだから、それ相応の演出がないと、恐怖感も出てこない」
オリタ 「洋服に風船を入れて、空気を抜いて、洋服だけ萎びさせる……」
ヒラヤマ 「それじゃ、溶けて白骨化するってことにならない。ドクロイノシシなんだから、シャレコウベはどうしても欲しい」
……幾つかの案が提起されたが、これという決定打を欠いていた。僕はふと思うところあって、手を挙げた。
コイケ 「あのう、僕も発言していいでしょうかあ?」
オリタ 「何だあ?あん?コイケかあ?」
コイケ 「あ、いや、スンマセン。チャックします」
ヒラヤマ 「良いよ、いいよ。遠慮するな。言ってみろ」
オリタ 「つまらないアイデアだったら、はっ倒すぞ」
コイケ 「あのう、これは人間が溶けるシーンですよね。溶けるっていうのは、つまり、肉体が溶けて、液状化するんですから……」
オリタ 「当たり前のこと、言ってんなよ」
アベ 「まあ、まあ、オリタくん。最後まで聞こうじゃないか」
コイケ 「……で、ですね、ドクロイノシシがキバを刺したあと、女優さんに何かの液に濡れてもらって、で、ドロドロになってもらえば、溶けた感じになるんじゃないでしょうか
オリタ 「駄目だめ、そのアイデアは前にウニドグマの時にやったけど、あんまし評判にならなかったし、それに何より、役者さんが身体を汚すのを嫌がるからな」
アベ 「いや、オリタちゃん、ちょっと待ってくれよ。確かに役者さんは嫌がるかも知れないけど、それは一番リアルな方法だよ。なるほど、ウニドグマの時はそんなに評判にならなかったけど、あれは画面が暗いのに茶色いチョコ・シロップみたいなのを使ったから、良く見えなかったとも言える。今度はもっと明るい色調の液を使えば、ヴィヴィッドになるかも知れない」
ヒラヤマ 「なるほど。それから、ウニドグマの時は夫婦者がもう殺されてしまったという設定だったから、じっと動かないで顔面にチョコ・シロップかけただけだったけど、例えば今度は、顔面にドロドロかけて、生け贄の女性が苦しそうに悶える演技をさせれば、これはもう、生きながらにして溶けてしまうという、恐ろしい、恐怖たっぷり、怪奇性タップリの絵に仕上がるんじゃないかな?」
オリタ
「そうか!よしっ!それで行こう!コイケ、それで行くぞうっ!」
アベ 「コイケくん、じゃあ、君も撮影に参加したまえ。それから君、どういう液体を使ったら一番リアルな絵になるか、しばらく検討しておいてくれよ」
……かくして僕の提案したアイデアは採用された。来週はいよいよ配役も決まり、クランク・インとなる。



1973年7月下旬
困ったことになった。
本編の撮影は順調に進んでいるのだが、キバ男爵とドクロイノシシ登場の場面だけ、撮影に取り掛かれないでいる。僕の考えた、女優さんの顔の上にドロドロの液体を浴びせるという案が余りに強烈で、肝心の生け贄の女性を演じる女優さんが決まらないのだ。

アベ 「参ったなあ。こんな端役が決まらないなんて」
オリタ 「コイケ、お前の責任だぞ」
コイケ 「……すみません」
「コイケくんのせいじゃないよ。女優さんは誰でも、顔を汚されるのは嫌がるもんだ。だからこれまでも、女性の溶解シーンってのはあまり撮れなかったんだ」
アベ 「そうだな、確かに男性の溶解シーンってのは結構撮ったけど、女性のはなかったね」
ヒラヤマ 「彼女に頼んだらどうかな?ほら、ハエ男の時にシェービング・クリームを顔に浴びてくれた、ポッチャリした娘」
オリタ 「ああ、スナガ・カツヨちゃんね。駄目ですよ、彼女もあの時、そうとう嫌だったみたいだし。それに一度、顔面に溶解液を浴びた女性が、番組が変わったからといって、また画面にアップで出て殺されるってのは、見ている子供にチョンバレだし。やっぱ一度、脚光を浴びた女優さんは、二度三度と似たような役はやってはいけない」
コイケ 「(そんなもんか?結構、同じ役者さんが別の回に別の役で出てたりするんじゃないか?)」
オリタ 「もっとも重要なのは、これが生け贄であるからには、若く線の細い女性でなきゃいけない。カツヨちゃんは、ある意味で可愛らしいけど、線が細いとは言えない」
コイケ 「(生け贄って、線が細くなきゃいけないって、いつ誰が決めたんだ?)」
ヒラヤマ 「さて、困ったな。じゃあ、マツモト・ハツヨちゃんは?」
アベ 「彼女はバロム1の第1回目に、ドルゲに抱きつかれて爆死している」
イガミ マツオ・エツコさんは?」
アベ 「シラキュラスの時に看護婦の役をやって、どアップで血を吸われている。あと、彼女はほかにも、地獄サンダーの時に、アリ地獄に吸い込まれて死んじゃってる」
オリタ 「こうしてみると、なかなかいないねえ」
ヒラヤマ イシハラ・キヨミさんはどうかな?」
アベ 「彼女はウツボガメスの時に毒ガスを吸って、やはり白骨化してるよ」
ヒラヤマ 「でも、あれは彼女だけでなく、ほかにも数人白骨化してるし、彼女一人のアップじゃなかったから、ここで彼女を起用してもほとんど気づかれないんじゃないか?」
コイケ 「(そんなこと、気づく奴、いるんだろうか。いたって、よほどのオタクだ)」
オリタ 「うん、彼女ならタッパはあるけど細身だから、撮りようによっては、線が細く見えるな」 アベ 「もう放映まで時間もない。よし!彼女に頼もう」
ヒラヤマ 「でも、顔を汚すのを嫌がったら……」
アベ 「仕方がない、今回は特別にギャラを奮発しよう」
直ちにイシハラ・キヨミさんが召集された。
アベ 「キヨミちゃん、ちょっと辛い役だけど、今回は目をつぶって、何も言わずに受けてくれ」
キヨミ 「どんな役ですか?」
アベ 「怪人にキバで刺されて殺される役なんだが、そこで溶けちゃうシーンがあるんだ」
キヨミ 「溶けるって、いつものフェイド・アウト、フェイド・インでカットを入れ替える…?」
オリタ いや、今回は仮面ライダーの原点に帰る、重要な作品なんだ。恐怖や怪奇性を前面に出す必要があるんだよ。その関係上、溶解シーンもリアルにしなくちゃならない」
キヨミ 「というと、具体的に何をすれば良いんですか?」
ヒラヤマ 「ちょっと苦しいけど、ドロッとした液体を頭から被ってもらいたいんだ
キヨミ えっ!!そんな!!
ヒラヤマ 「ごめん、こんな汚れ役、おいそれと頼めないことは分かっているんだが、さっきもオリタくんが言った通り、今回は仮面ライダーの原点に帰る、重要な回なんだ。そのためにいつもとは違う撮影方法をとる必要があるんだよ。キヨミちゃんには申し訳ないけど、汚れ役を頼まれて欲しい」
キヨミ 「それはまあ、お仕事は頂きたいんですが……」
アベ 「頼むよ。今回はギャラをはずむから」
キヨミ 「(ちょっと嬉しそうに)そうですか、じゃあ、お受けします。で、撮影はいつですか?」
オリタ 「もう時間がない。明後日の明け方ということでどうかな?」
キヨミ 「分かりました。じゃ、寮の方へ車の手配をお願いします。あと監督さん、ギャラ、お願いしますね」
ヒラヤマ 「我々に任せておきなさい」
一方、僕はオリタ監督に言いつけられて、大至急、生け贄の女性が着る衣装を調達しなければならなかった。線の細い生け贄の女性に相応しい、清楚でお嬢様っぽい衣装を用意せよとの指示だ。いつも衣装の協力をしてくれる東京衣装さんに相談する。
コイケ 「……とまあ、こういう設定なんですが。もちろん、撮影後、クリーニングしてお返ししますが、何かお嬢様っぽい、清潔感のある衣装、無いですかねえ?」
東京衣装 「キヨミさんって、結構、タッパがあるんですよね。彼女のサイズに合わせるとなると……」
……こうして見ると、ヤラレ役とは言え、キヨミさんは立派な悲劇のヒロインだなあと思う。
コイケ 「清楚と言えば、やっぱ、白のブラウスですかね」
東京衣装 「そうだね(白の衣装に白い液なら、汚れてもあまり目立たないし、クリーニングで奇麗になるし)」
コイケ 「じゃ、このレース飾りのついた、ブラウスにしましょう。あとはスカートだけど……」
東京衣装 「最近は、ミニよりマキシの方がオシャレですよ」
コイケ 「えっと、この黒のマキシ・スカートは、確かヒーターゼミの回で別の女優さんが来ていたと思うけど」
東京衣装 「そう。あの、ヒーターゼミに変身する女優さんね。エレガントだったでしょ?」
コイケ 「分かりました。じゃ、このブラウスとマキシでお願いします。撮影は明後日、朝4時からです」
東京衣装 楽屋まで確実に届けときますよ」
……いよいよ、明後日は撮影本番である。



PART2:仮面ライダーV3 第31回「呪いの大幹部 キバ男爵出現!」台本(抜粋)

♯1 デストロン戦闘員が、二つ並んだアフリカ太鼓を叩いている。左から手のみ撮影。
♯2 怪しげな人面模様の描かれた盾が5枚、暗い背景に浮かび上がる。右から左へパンニング。
♯3 前身ごろにレース飾りがついた、白いブラウスを着た若い女性が、両腕と、胸の上を十文字に鎖で縛られて柱にくくりつけられている。女性は気を失っていて、身動きしない。
♯4 暗い背景に盾が2枚浮かび上がっている。最前面には炉があり、炎が燃え上がっている。炉の向こうに、KKKのような尖がり頭巾のついた黒いマントを被った、デストロンの一味が3人跪いている。 デストロンの一味「デ〜ストロ〜ン……」 3人は炎を崇拝するように、両手を上げて1回礼拝する。正面から撮影。
♯5 今度は後ろから撮影。3人はもう1回礼拝する。 デストロンの一味「デ〜ストロ〜ン……」 背景奥の中央にはサソリをかたどったデストロン首領の司令灯があり、その下に炉の炎が燃え上がっている。それを左右から囲むように、4本のマンモスの牙があり、さらに人間のシャレコウベを連ねたトーテムポールが2本立っている。左のトーテムポールには、先の若い女性が直立した状態で縛られている。両腕は上に引っ張り上げられた格好。
首領の声 「お前たちに、デストロンの新しい大幹部を紹介しよう!」
♯6 再びアフリカ太鼓を叩く戦闘員。正面上方から、手のみ撮影。
♯7 ♯5より接近して、デストロン首領の司令灯と炎、それとトーテムポールを形作る巨大なマンモスの牙左右2本ずつ、ややアップで撮影。
首領の声「アフリカの奥地、コンゴ河上流に数百年栄え続ける、トーブー教の大魔術師……」
周囲が暗くなり、司令灯と炎だけが光りに照らされる。
♯8 炉の炎のアップ。
♯9 ♯7の背景で、中央に黒い人影が立っている。
首領の声「……その名は、キバ男爵!」
首領の声と同時に周囲が明るくなり、司令灯の方に向かっているキバ男爵の後ろ姿と、彼を取り囲む巨大なマンモスの牙4本が浮かび上がる。ゆっくりと正面に向き直るキバ男爵。周囲を威圧するように、右手にもったマンモスの牙で作った杖を床の上に突き立てる。
♯10 2つ並んだアフリカ太鼓を打ち鳴らす戦闘員。今度は正面からアップで撮影。
♯11 画面左手にキバ男爵の後ろ姿。先の黒いマントを被ったデストロンの一味3人がキバ男爵の前に跪き、礼拝を続ける。
デストロンの一味「デ〜ストロ〜ン……」
背景には怪しい人面模様の描かれた盾が2枚かかっている。 ♯12 マンモスの骸骨を頭に被った、キバ男爵のアップ。
キバ男爵 「デストロンの新怪人は、このキバ男爵が引き連れた、キバ一族だと知れい!」 左手を大きく振りかざすキバ男爵。
♯13 再びキバ男爵の後ろ姿。♯11より遠くに引いて撮影。キバ男爵の後方にはマンモスの牙2本が見え、その右手にはシャレコウベを重ねたトーテムポールに縛りつけられた若い女性の後ろ姿。2人の戦闘員が大きな棺を運び込み、キバ男爵の前に置く。
♯14 キバ男爵のアップ。♯12よりやや引いて撮影。右手に牙の杖を持っている。
キバ男爵 「生け贄を捧げるのだ!」
キバ男爵は右手に持った牙の杖を、傍らに縛りつけられている女性の方にかざす。左にパンニングして、女性のアップ。それまで気を失って、顔を右下にうな垂れていた女性は、杖をかざされたことで意識を戻し、虚ろな表情で左側を向く。キバ男爵の異形に驚き、ハッと仰け反るところで、女性の顔にズーム。
若い女性 「ぃやああぁーーっ!」
女性は恐怖に顔を歪め、頭を振り動かす。 ♯15 ♯13と同じアングルから、棺のみアップで撮影。
♯16 正面からキバ男爵のアップ。キバ男爵は杖を振り回しながら、魔法の呪文を唱えるように言う。
キバ男爵 「目覚めよ、キバ一族の一員……。ボルネオはアンギュラ山脈に生まれ、暴れまわった凶暴なイノシシ。ドクロイノシシよ。さぁ起きて、生け贄の肉を食らい、血を啜りて、悪魔の力にせよ!」
キバ男爵は右の杖を強く床上に叩く。
♯17 棺の蓋の上にかたどられた、あやしげな人面模様の盾のアップ。人面模様の両眼が光り、周囲に黄白色の閃光を放つ。そして棺の蓋がギィ〜ッと持ち上がる。
♯18 若い女性の右斜め後方から肩越しに、棺の蓋が開くのが見える。棺の中にはドクロイノシシが横たわっている。ゆっくりとドクロイノシシが立ち上がる。カメラはドクロイノシシの動きを追って、正面からその上半身にズーム。怪人の雄叫び。
ドクロイノシシ グワーッ!グワーッ!
♯19 恐怖に顔を歪め、首を左右に振り動かす (顔のアップ。女性は悲鳴を上げる。)
若い女性 あーっ!あーっ!あーっ!!
♯20 ♯18の初めと同じく、女性の右後方から肩越しに、近づいてくるドクロイノシシの上半身を撮影。女性の後ろ頭と、縛り上げられている右腕が激しく揺れる。
♯21 ♯20とちょうど反対のアングル、すなわちドクロイノシシの左後方から肩越しに、柱に縛りつけられ、恐怖に顔を歪める女性のアップ。そのままドクロイノシシが接近してくる。カメラは女性の顔の表情と、ドクロイノシシの黒い牙の影に焦点を定めながら、女性にズーム。女性は上半身を激しく揺するが、鎖は解けない。絶叫する女性。
若い女性 あ…、あーっ、ああああああーーーーーーーっ!!!
♯22 女性のブラウスの左胸のあたりをアップ。そこにドクロイノシシの牙を当てて、牙でブラウスの前身ごろを引き裂く。ブラウスの裂けたところから、白い肌が少し見え、鮮血が迸る(牙はドクロイノシシの着ぐるみとは別に、牙だけの単体で、中にチューブが仕掛けられている。そのチューブを通して牙の先から赤い血のりを注ぐことができる)。
♯23 正面からドクロイノシシのアップ。ドクロイノシシは女性の身体から離れ、血のついた牙を揺すりながら雄叫びを上げる。
ドクロイノシシ グアーッ!グアアーッ!!
♯24 正面から、右後方に頭を仰け反らせた女性のアップ。瞼や唇を真一文字に引き縛って、顔を苦悶で歪める女性の顔面がドロドロに溶けてゆく。溶け落ちた肉体は顎から首をつたって、白いブラウスの襟元を汚し、そこからさらに前身ごろへと流れ落ちる。苦しそうに顔を左右に揺する女性。徐々に焦点をぼやかして、カット(この場面は、女性の頭上から顔面に白い液を垂れ流す。この液は顔面に良く絡み、全体を覆いつくすような、粘性のある液が望ましい。例えば白いシャンプーとか、小麦粉と片栗粉を水で溶いたようなもの)。
♯25 トーテムポールに白骨死体が縛りつけられており、まだ肉体が溶解した液の残りを滴らせている(頭蓋骨の真上から、先と同じ白い粘液を垂れ流し続ける)。焦点がぼけた状態からフェイド・インし、骸骨に焦点を合わせる。シャレコウベのアップから、上半身が映るくらいまで後方へ引く。戦闘員たちの驚きの声。
戦闘員たち 「イーッ、イーッ!!」
♯26 正面からドクロイノシシのアップ。 ドクロイノシシ「見たか、ドクロイノシシの力を。俺の牙に触れるもの、すべてこうなる!」 自慢げに両腕を広げるドクロイノシシ。後ろにはデストロンの戦闘員、黒マントの一味が立っている。
♯27 ドクロイノシシの右肩越しに、キバ男爵の上半身。キバ男爵は左手をかざして命令する。 キバ男爵「行け、ドクロイノシシよ!人間どもを恐怖のどん底に突き落としてやれ!」
♯28 ドクロイノシシの正面からのアップ。雄叫び。
ドクロイノシシ「グアーッ!グアアーッ!!」 カット。(後略)


PART3:仮面ライダーV3 第31回「呪いの大幹部 キバ男爵出現!」撮影現場より
(小池君の手記)
大変なことになった。イシハラ・キヨミさんの溶解シーンは、僕が責任をもって設定することになったのだ。設定する、と言えば聞こえは良いが、何のことはない。誰もが嫌がる、顔面に粘液をぶちまける、その役を僕が仰せつかったということだ。そりゃ、言い出しっぺだし、一番の下っ端だから、お前やれと言われれば、断りようがないけど・・・。 93年7月末日、明け方4時。スタッフは皆、撮影所入りした。皆と言っても、取り残ししているシーンは第31話の冒頭だけなので、役者さんは、キバ男爵役のゴウ・エイジさんとデストロン一味を演じる大野剣友会の面々、それと生け贄の女性を演じるイシハラ・キヨミさんだけである(首領役のナヤ・ゴロウさんは、今朝は来ない)。ゴウ・エイジさんは、さすが有名な役者さん(実兄はシシド・ジョウ、夫人はチアキ・ナオミである)なので、スタジオ入りは一番最後だ。 イシハラ・キヨミさんが、僕が調達した真っ白なブラウスと黒地に円を連ねたような模様のあるエレガントなマキシ・スカートを着て、スタジオに入ってきた。髪型はウェーヴがかかっていて、少し肩にかかるくらいの長さ。目元にシャドウと口に紅をさして、いつになくメイクが決まっている。但し、これから顔面を汚されるので、ファンデーションはやや厚めになっている。 キヨミさんを鎖でトーテムポールに縛り付けるのも僕の仕事だ。
「おはようございます。僕、ADのコイケです。早速ですみません。鎖を付けますので、こっちのトーテムポールの前に立って頂けますか?」
キヨミさんはやや緊張した面持ちで僕の方を見た、「あ、おはようございます。ハイ、こっちですね。どんな風にしますか?」
僕は応えた、「ええっと、まず両手をこう、上に挙げてくれますか?まず手首とこの柱とを結びますから・・・」
そう言いながら、僕はキヨミさんの左手にプラスチックで作られた黒い鎖を3−4回巻き付けた。そして、鎖のもう一方の端を、柱の影にあるフックに引っかけた。一丁上がり。次いでキヨミさんの右手にも、同じように鎖を巻き付け、反対の端を柱の後ろに回した。
「それから、すみません、今度は鎖を胸の前で十字に、タスキがけさせてもらいます」
「ハイ、どうぞ」
鎖をタスキがけしたことで、キヨミさんの乳房をクローズ・アップさせる感じになった。とは言え、それほど大きくはなかったが・・・・・・。
さて、これでいよいよ、撮影準備完了だ。
撮影開始。まずシーン♯3から。柱に縛りつけられた状態で、キヨミさんは目を閉じて、右下の方に俯いている。気を失っている格好。これをカメラは彼女の右斜め上からアップで撮る。
「キレイだよ、キヨミさん!」
僕は本当にそう思った。これから悲劇が彼女(キヨミさん=生け贄の女性)を待ち受ける運命にもかかわらず、いや、悲劇が彼女を待ち受けているからこそ、キヨミさんはとても儚く、繊細で、そして美しく映っていた。 そのまま、別のアングルから、シーン♯5を撮影。これはキヨミさんの、スマートな全身がカメラに納められた。 撮影は快調。すでに、シーン♯13まで進んでいる。この間、僕は何もしていなかったわけではない。スタジオの片隅で、大きなバケツの中に白い水溶液を掻き回していたのだ。これは小麦粉に少しばかり片栗粉を混ぜて、粘り気を出した粘液で、冷たくならないように、バケツを温水の桶の中に浮かべて、その状態でずっと混ぜていた。と言うのも、小麦粉が良く溶けないで、ダミが残っていては、せっかくのドロドロ溶解液が台無しになってしまうからだ。長い待ち時間、ずっと掻き混ぜていたお陰で、ダミはほとんど無くなった。あとは、この粘液をいかに上手に、キヨミさんの顔に注ぐかだ・・・・・・。
シーン♯14。いよいよキヨミさん=生け贄の女性が覚醒する。キバ男爵の杖の気配を感じて、目を開けたキヨミさんは、ゆっくりと首を上げ、左の方に向く。う〜ん、さっきの気を失っていた時の顔に比べると、この表情はちょっち・・・・・・ですね。
キヨミさん「ぃやああぁーーっ!」
カット! シーン♯19。キヨミさんの演技は再開される。恐怖に打ち震え、左右に頭を激しく揺するキヨミさん。迫真の演技だ。
キヨミさん「あーっ!あーっ!あーっ!!」
顔を歪めて絶叫するキヨミさんは美しい。少なくとも♯14の虚ろな表情よりは。別のカメラが別のアングルから撮っている。これはシーン♯20に使用される。
シーン♯21。ここが中盤のクライマックス。恐怖に打ち震える生け贄の女性に向かって、ドクロイノシシが近づいてくる。ドクロイノシシは後ろ姿だけで、ただ牙のみが影になって見える。メインは震え慄くキヨミさんだ。このシーンはほぼ同じアングルから、2台のカメラで撮影する。1台は本編用、もう1台は予告編用に使用する予定。
キヨミさん「あ…、あーっ、ああああああーーーーーっ!!!」
と悲鳴を上げるキヨミさん。その歪んだ表情をカメラがズームで追ってゆく。僕はハッとなった。「なんて美しいんだ!!」思わず萌えてしまった。想像もできない恐怖、戦慄、そして悲劇の予感が、生け贄の女性=キヨミさんをこの上なく艶っぽく見せていた。カット! さて、いよいよ僕の出番だ。とは言っても、まずシーン♯22から。ここは中に血のりのチューブが入った牙の模型を使って、ブラウスを引き裂く場面。実を言うと、ブラウスを引き裂くという設定は、東京衣装さんには言ってなかった。こりゃ、撮影後、衣装を返す時に揉めるな・・・。
「キヨミさん、失礼します」
「・・・・・・(唾をゴクリと飲み込んだ様子で)、どうぞ」
レース飾りのついた白いブラウスの左の前身ごろ、乳房の少し上のあたりに牙を引っ掻け、それから下に向けてブラウスの生地を引き裂く・・・。しかし、牙がそんなに鋭利ではキヨミさんの肌を傷つけてしまうのではないか?心配無用。実は、このブラウスには仕掛けがしてあって、引き裂きやすいように、予め挟みで切り込みが入れてあったのだ。それを目立たないようにかがっておき、それから牙を引っかける・・・。こういう仕掛けだ。 さて、ブラウスの下に白い肌が見えてきたら、今度は牙に仕掛けられた血のりを注ぐ。僕は仕掛けのスイッチを入れた。血のりがダラダラと流れる。しかしこのシーンは、カメラのアングルのため、流れる鮮血が牙の影になって、あまり目立たなくなってしまった。「しまった!」と思ったが、これはもう後の祭り。ブラウスはもう赤く汚れてしまったから、遣り直しはきかない。まあ、メインは血ではないから良いか。 いよいよである。シーン♯24。 シャレコウベを積み重ねたトーテムポールの柱の背後に、カメラには入らないように、脚立を立てる。その上に登って、例の白い粘液をキヨミさんに注ぐためだ。上に人が立つと、その人の影が映ってしまいがちなので、照明さんが最新の注意を払ってライトの角度、位置決めをする。僕はと言えば、いよいよのギリギリまでバケツの中の水溶液を掻き回していた。ネットリと、それは柔らかい粘液が準備できていた。
「キヨミさん、いよいよ行きます。少しの間だけですから、我慢して下さいね」
「・・・・・・、はい」
心なしか、キヨミさんも緊張している。
「シーン♯24、行きます!はい、スタート!!」
キヨミさんが大きく息を吸い、唇をキュッと強く結び、瞼をしっかり閉じ、顔を上の方に向けた。僕は脚立の上から、白い液の入ったバケツを傾けた。
パシャッ!!!
「うっ!」
粘液がいきなり、キヨミさんの顔面とブラウスの左の前身ごろのあたりにかかった。
「しまった!!」速すぎる!粘液はトロ〜リと、顔の上を流れていかなければならない。そうでないと、人間が溶けるというイメージにならないのだ。
「カーーーーット!!!」オリタ監督が大きな声で叫んだ。
「バッキャロー、コイケッ!そんなに一気にぶっかけて、どうするんだ!!?」
「すみませんっ!ごめんなさいっ!!」僕は脚立の上で大いに焦って、動けなくなった。
「ぷはっ!!」 カットがかかったので、キヨミさんは一回、息をついた。彼女の顔は粘液で真っ白になっており、ブラウスの左胸には水溶液がベッチャリついていた。そのまま目も開けれず、キヨミさんが口を開いた、「え〜っ、やり直しですかぁ〜?」 監督はすぐキヨミさんの前に寄っていって、彼女の顔とブラウスの汚れ具合をチェックした。
「うーん。ま、いっか。どっちにしても、顔一面を覆うくらい、全体に流さないと、らしくならないから。おい、コイケッ!液をもっと緩くして、トロトロと、ゆーっくり流すんだ。分かったな!」
「ハイッ、スミマセン!!」ようやく脚立を降りて、僕はキヨミさんに謝った。
「ごめんなさい、キヨミさん。本当にごめんなさい!」
だがキヨミさんは、このままの状態で撮影を継続するというオリタ監督の決定を聞いて、明らかに落胆していたようだ。
「・・・・・・。何でも良いですから、早く撮って下さい・・・・・・」柱に磔されて、顔面を真っ白な液で染められ、目も開けることができず、「ハーッ、ハーッ」と口だけで息をしているキヨミさんは、実に哀れな格好になっていた。僕は本当に申し訳ないと思った。
「シーン♯24、再開します!」 先の水溶液はまだ「硬い」と判断したオリタ監督の指示に従い、バケツには暖めた牛乳が注ぎ足された。この「緩さ」なら、トロ〜リと注ぐことができそうだ。僕は心を新たに脚立に上った。 「スタート!!」 キヨミさんは再び息を大きく吸って、口を結んだ。開き直ったのか、瞼を閉じた表情に力みがなくなっている。頭を右後方に仰け反らせて、上を向く。その僕はその真上からキヨミさんの顔面目掛けて、白く緩い粘液を垂れ流した。 どろーーーり 顔面はすでに白く染まっていたので、まず左頬から首筋、左肩へと、ゆーっくりと垂れ流す。 どろどろどろ・・・・・・・・・。 キヨミさんがゆっくりと頭を正面に向ける。すでに顔全体が粘液に覆われており、暗い背景の中にネチャネチャになった顔が浮かび上がる。スライム状の白い粘液の下に、息もできずに苦しみ悶えるキヨミさんの表情が読み取れる。
どろどろどろどろどろどろ・・・・・・・・・・・・・・・・。 その間も、僕はキヨミさんの顔に白い液を浴びせ続けていた。粘液はキヨミさんの顎から首をつたって、白いブラウスの襟元に絡みつき、さらに前身ごろへと流れ、つたい落ちる。上にいた僕には分からなかったが、カメラは次第に焦点をぼかして、いつしかカットとなった。しかし僕は、真夏の日の溶けたソフト・クリームのような顔になったキヨミさんを見ながら、恍惚とした気持ちで、バケツが空になるまで、粘液を注ぎ続けた。 どろどろどろどろどろどろどろどろーーーーー・・・・・・・・。 液が尽きた。ふっと我に返って、僕は急いで脚立を下りた。 トーテムポールの前に回ると、頭のてっぺんから顔一面、ブラウスの前身ごろ全部と、黒のマキシ・スカートの腰と腿の辺りをべっちゃりとした粘液で白く染めて、キヨミさんがうな垂れていた。
「ぷ、はーーーーっ。・・・・・・。ぺっ、ペッ、・・・・・・ぺっ!!」
粘液が少し入ったのだろうか、キヨミさんはさかんに口の中のものを吐き出そうとしていた。相変わらず、目は開けられないでいる。
「タオル下さい〜」
彼女は泣き出しそうになりながら頼んだ。
「はいっ、ただいまっ!!」僕は急いで用意してあったハンド・タオルをキヨミさんに渡そうとした・・・・・・。渡せるはずがなかった。だって彼女は鎖で縛られていたのだから。仕方なく、僕はキヨミさんの顔を、まず瞼、次いで鼻、そして顎から首回りにかけて拭ってあげた。水溶液を浴びたせいで、キヨミさんのメイクはところどころ流れ落ちていた。
「はーっ、しんど。やっと終わりですかぁ?」
キヨミさんはようやく目を開けて、ため息をついた。
「いやあ、キヨミちゃん。良く頑張ってくれた。さ、早くシャワーを浴びてくると良い。コイケッ、何ぼんやりと突っ立ってんだ?早く、キヨミちゃんの鎖を解けっ!」
「はいっ、ただいまっ!!」またまた僕は焦りながら、鎖を解いた。 キヨミさんは髪の毛についた粘液をバス・タオルで一生懸命拭った。それから彼女は、ベタベタになったブラウスとマキシ・スカートを着たまま、スタジオの隅にあるドアの方へと歩いていった。
「お疲れ様でした〜」そう言うと、キヨミさんはドアの向こう、撮影所の外れにあるシャワールームへと消えていった。 うーん、なんて礼儀正しいんだろう。それに、幾つかのシーンで垣間見せた、あの艶っぽさ、官能美、そして名演技。素晴らしかった。ADが失敗してもあまり動じず、撮影が終わるまで、演技し続ける粘り強さ、役者魂。キヨミさん、まさにあなたはスターだ、大女優だよ!僕は深い感銘を受けていた・・・。 キヨミさんは去ったが、撮影はまだ残っていた。こんどは右側のトーテムポールに、キヨミさんと同じような姿勢で白骨標本を括り付ける。本来ならば、この骸骨にキヨミさんと同じブラウスとマキシ・スカートを着せたいところだが、衣装はキヨミさんが着たまま帰っちゃったし、それにスカートはともかく、ブラウスを白骨に着せるというのは至難の業だ。よってこれまでも白骨に服を着せることは、ほとんどの特撮でやっていない(但し、これは東映系の場合。円谷系の「怪奇大作戦」の「人食い蛾」などは、ちゃんと白骨死体に洋服を着せている。さすがと言うべきか)。白骨を柱に縛り付けたら、あらためてバケツに作った小麦粉の水溶液をシャレコウベの上から注ぐ。初め焦点をぼかして、前の♯24から円滑につなげれるようにし、しだいに焦点を合わせてフェイド・インしてゆく。こうして最後のシーン♯25が完了した。 撮影が終了して、びちゃびちゃになった床の掃除も僕に回ってきた。
「あーあ、せっかく特撮史上、まれに見る素晴らしい溶解シーンを作ったのになあ。これじゃ、浮かばれないよ」 しかし、それがADの仕事なのである。 その後のキヨミさんについて言えば、ドクロイノシシで女優として素晴らしい演技をした彼女は、東映系特撮のヤラレ・ガールとして大活躍を続けた。代表作は「仮面ライダー・アマゾン」第1回でクモ獣人の糸で捕えられる若い女性、「イナズマン」のエノグバンバラの回で、美術展においてエノグバンバラの毒ガスを吸って敢え無く果てる若い女性などが挙げられるほか、「Gメン75」などにも出演している。だが「ドクロイノシシ」以後、このような体当たりの演技による溶解シーンには、さすがに挑戦することはなかった。 (おわり)